理解させない意地悪な独り言

 俺には兄貴が二人いた。

 血の繋がってる方と、繋がってない方だ。俺の本当の兄貴はブライアンといって、もう一人のソウルメイト的な兄貴の方はマーツォって名前なんだ。

 マーツォには従兄弟がいた。弁護士の従兄弟だ。名前はブレア。ブレアは裏社会の犯罪を帳消しにしてしまう敏腕弁護士で、いろんな組織から重宝される貴重な存在だ。

 俺が初めてやらかしたとき、ブレアは俺を助けてくれる代わりにこう言った。「サリバンと話をつけろ」って。

 サリバンってのはマーツォの妹で、俺は彼女と関係を持ってた。マーツォは知らない。今も知らないままだ。これから先も変わらない。ブレアにとって、「話をつける」ってのは、どっちかが死ぬって意味なんだ。

 サリバンも同じようにやらかしてブレアに助けてもらってた。だから多分、境遇が同じだったのさ。愛するもの同士お互い殺し合ってどちらか生き残った方を助けてやるってことだったんだろ。

 仕方なしに俺はサリバンを殺した。交通事故で死んだと聞かされたマーツォはかなり悲しんでたよ。それで、その事故を引き起こした運転手を殺してやると吹聴してた。

 マーツォは知り合いのクラウスに依頼して、サリバンを轢き殺した犯人を探し始めた。クラウスもまたやけに腕の立つ探偵で、助手のアイリーンと日夜ヤクに溺れながら問題をあれこれと解決してたんだ。

 で、アイリーンは俺を見るなりこう言った。「自殺しちゃった方が楽なんじゃない?」って。さすがは敏腕探偵の助手って感じだと思ったよ。彼女には初めから俺が殺したってわかってたんだ。ブレアとは何のつながりもないってのに。

 俺は観念して自らクラウスとアイリーンに協力し、ブライアンを売った。俺が兄貴を名前で読んでることからしてもうわかってるとは思うが、俺はアイツを兄貴とは思っちゃいない。マーツォの方が真っ当に兄貴をやってくれてたさ。

 だがその次の日、アイリーンが死んじまった。

 クラウスはアイリーンの分のヤクを一度に浴びて、丸二日かけて怪しい奴を殺していった。遠くから撃たれた、たったの一発で死んじまったことから、狙撃手として名高い殺し屋を中心に犯人探しと処刑を一緒くたにやったんだ。ベアー、ファルス、クリムゾン、アーサー、カトラリー。みんなみんな死んだ。

 クラウスはそれでも満足しなかったらしくて、狙撃手以外も殺され始めた。

 ブレアはカンカンさ。ファルスを殺されたあたりからずっとだ。お得意様を殺されたんだからまぁ当然だよな。ファルスはマーツォと知り合いだったから一緒になって怒ってた。俺もそうさ。殺されたみんなのことをよく知っていたし、仲も良かったからな。

 次第にその他大勢がクラウスを恨んでいった。ただの助手の復讐にしちゃ、あまりにも犠牲が過ぎるって感じで。だがクラウスは強過ぎた。アイツに復讐を試みた奴らの全員が返り討ちに遭って、その度に犠牲が増えていった。理不尽が過ぎる。こんなにも仲間を失わなきゃいけない理由があるのかって思ったね。

 ブレアは同盟を組んでる別の組織から人を呼んだ。アダムって名前だ。サリバンの旧友で、葬式の日に一緒に泣いて以来の再会だ。

 アダムは一人では来なかった。セオドアとリンドベルって名前の手下を連れてた。二人はそれぞれ片腕が無くて、お互いがお互いのもう一つの腕の役割をしてたんだ。よく覚えてる。二人が同時に銃を抜いて、クラウスを撃ち殺すところを、俺はまだ鮮明に覚えてるよ。

 でもその次の日、マーツォが殺されたことを知った。俺の兄貴が。アイリーンが死んだその時、兄貴は確かに俺と一緒にいた。だからアリバイはあるってのに、クラウスは最後まで聞かなかったらしい。マーツォのどこが怪しくて、逆に俺は怪しくなかったのか気になったが……クラウスが死んだ今じゃわかるわけがない。アダム一派に殺される前にどうにかして兄貴を尋問して拷問して殺したらしい。確かにセオドアが言ってた。兄貴がクラウスの事務所に乗り込むのを見たと。その場で止めてほしかったけど……一派にそんな義理はない。あいつらはブレアの仕事仲間ってだけで、もともと俺には何の関係も無いのだから。


 それから色々手続きを済ませて、俺は兄貴の後を継いだ。色々反対する奴も多かったさ、例えばマリアやジェイクがそうだった。だけど俺が敵組織の幹部であるところのリンドバーグを、生首だけで持っていったら、その日から言うことを聞くようになった。後から調べたら、マリアもジェイクもその敵組織のスパイだったらしくて、二人ともどこかに消えちまった。リンドバーグの肉親だったアンジェラの指示で、おそらく二人とも海に捨てられたのかもしれない。

 俺があんたたちのところに電話をかけてるのは、あんたたちの施設の中にアンジェラの手下の日本人が働いてるかもしれないって思ったからだ。名前はアズマ。喘息Asthmaって名前の変わった日本人なんだが、巷じゃ死神って呼ばれてるの、あんた知ってたか?

 なんでも、組織が所有してる特殊ルートを使って、特定の人間に電話をかけてるらしい。異例だろ? あんたたちから電話をかけることはないそうじゃないか。規則で決まってると聞いた。

 アズマは規則を破ってるぞ。奴を止めないと、この先さらに死人が出ることになる。情報屋のエディから聞いたが、アイツはブレアの商売敵だったリックを七日間かけてゆっくり殺したと聞いた。そんな凶悪な奴を働かせてるのか?

 ジェイミーがこれを聞いたらどんな顔をすることか。アイツもまたデカい組織の幹部だから、何かしら仕掛けてくると思うぞ? リックとは仕事以上の関係だったんだからな。

 彼はまだリックを失ったことを知った段階にいるんだから間に合うさ。運が良ければアズマの仕業だとまだバレてもいない。正直に話せば、この一件はこっちで引き受けてもいいんだ。サミュエルの件は片付けてやっただろ。それと同じようにやるだけなんだから、さっさと白状しちまえ。すぐ終わる。確かにネイモアの件に関して借りはあるが、今回のはそれを帳消しにしちまうレベルなんだ。

 アズマはスパイなんだろ?

 お前のとこの。

 あのアンジェラにすら気づかれていないんだから相当立派じゃないか。同じスパイのジョナサンには見習ってほしいもんだよ。

 まぁ、もしも協力してくれるなら、今度こそ本当に金輪際、こちらからは電話しないし、あんたたちに関わることもない。俺はもう疲れた。これ以上仲間が死ぬのを見たくない。特にシュライヒの死に様なんかがそうだ。あんな惨たらしいのはたくさんだ。

 だから早くしてくれ。

 いい加減にしないと、俺も我慢の限界が近いぜ。エメリが死んだのはもう知ってるよな? あれはファルスがあの手紙を読み終えてからってのは知ってるか? 発作を起こして死んだのもわかってるよな?

 わけがわからない?

 わからないだろうなぁ。そりゃそうだ。俺だってわからない。俺が理解したのは、俺以外の全員が死んで、俺だけが生き残った後だってことだけだ。じゃあそのわけを教えてやろう。俺がなんのためにこんな話をしてるのか。あんたがどういう決断を下すのか。それを見届けるためにこうして長々と喋ってんだ。

 俺は今、ブレアの事務所の跡地の前にいる。

 あんたの目の前にあるその建物だ。

 そして、そこで何が起こったのかを、俺は知っている。

 リヴァイヴ。

 お前のせいだ。

 お前のせいで、俺はみんな死んじまった。俺の家族が、仲間が、友人が、俺の大事なものが、全部、ぜんぶ、消えたんだ。どうして俺を一人にした? 俺を孤立させて、いったい何をしたかったんだ? 答えてくれよ、リヴァイブ。

 ああ、そうか。

 そうなのか。

 わかった。ようやくわかった。

 そういうことだったのか。

 クラウスの死に様を俺に見せたのもそういうことか。俺に罪を償えと言うわけか。

 俺が苦しむ姿を見たいんだな?

 俺を散々利用した挙句に、最後にこういう形で復讐するつもりなんだな?

 兄貴を殺したのも、そういう意図だったからだな?

 それで満足か?

 ふざけんな。

 許さないぞ。絶対に、一生かけてでもお前を許さない。地獄の底でもお前を探し出して追いかけて、そこでも必ず殺してやる。

 覚悟しろよ、クソ野郎。

 じゃあな。

 地獄で会おうぜ。

















「クラウスはあんたの兄貴を殺しちゃいないよ」













 なんだって?

 なんて言った?

 今?















「あんたの兄貴は自殺したんだ」












 その大事な大事な弁護士の腕。

 切り落としてやる。

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