倫理を抜いた作品

 酒を飲んでバイクを運転すると、世界が変わるほど爽快な気分になれると友人に聞いたので、僕は早速ビールをジョッキ一杯飲み干した後、居酒屋を出てバイクに跨った。

 ヘルメットの中にアルコールの臭いが充満して少しだけ気分が悪い。

 でもそんな気持ち悪さもすぐに消えると友人は言っていたので、早速エンジンを吹かして走り、深夜の大通りを駆け抜けることにした。

 スピードメーターには目もくれず、ただ周りの景色だけを見た。全てが線のように後ろへ通り過ぎて行く。光は光線となり、物音も風にかき消され、自分を取り囲むのは風だけ。

 確かに気持ちいい。

 もっと速度を上げた。

 風を置いていく感覚がした。

 空を飛んでいるような快感に包まれた。

 俺が。最速だと。

 一番速いと。

 思った。

 周りがゆっくりに見える。

 全てがスローモーションで浮かんでいる。

 地球を飛び出し宇宙空間へ?

 宙を漂っているもの。

 破片。

 破片。

 破片。

 タイヤ?

 破片。

 ガラス。

 羽虫が破片にぶつかって死んだ。

 天地逆様。


 俺も羽虫になるのだろうか?


 ∅  ⇒  !

 

 僕はベッドに寝ていた。

 フカフカで心地いい。

 多分病室だ。

 母親が本を抱えてやってきた。退屈しのぎにはちょうどいい。

 その中にアルバムが入っていた。

 中には写真が入っていて、どの写真にも小さい頃の僕が写っている。

 母親は、僕の顔とアルバムを交互に見ながら、不安そうな表情を続けている。焦ってるようにも見える。

「ダメみたい」僕はアルバムを閉じた。

 持ってきてくれた数冊を見てみると、どれも僕が好きな小説ばかりだ。何度も読み返したからあらすじもほとんど覚えている。でも好きだから読んでしまう。

 僕は読みながら、母親にあるお願いをした。

 図書館で適当に何冊か借りてきてほしい、と。承諾してくれた。

 夕方になって、母親は帰っていった。

 

 


 翌日、数冊の見知らぬ本を前に、僕はワクワクしていた。

 図書館で、他の人が、好みも関係なく敢えて適当に借りてきた本を読むのは、知らないことを知るような高揚感がある。本屋で目的を持って本を買うのとは違う。これから僕の知らない本を読む。


 僕にとっての昨日。

 世界にとっての五日前。

 身体中の痛みと引き換えに、至福の時間が手に入った。

 ずっとこの時間が続いてほしいと、心から思った。








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