VTuber氷喰数舞の試し書き小説
氷喰数舞
イヤーピースの怨念
音楽を聴くのが大好きなアラタ君は、ある日新しくイヤホンを買った。
これまでアラタ君が買ってきた中でも一番高級なものだった。
そして、耳に違和感を覚えた。
最初に気づいたのはイヤホンの異変。
イヤーピースがなくなっていたのだ。
アラタ君はしばしばこういうことをやらかす。
イヤホンを外す勢いが強すぎて、イヤーピースが耳の中に残ってしまうこともしょっちゅうある。
耳の中にまだ何か残っている感触があったから、今回もそうだろうと思い、アラタ君は耳の中を触ったけれど、そこにイヤーピースは残っていなかった。
高級なイヤホンは、イヤーピースも高級だ。
アラタ君は家に帰るまでの道のりを逆戻りした。下を向いて道路に向かって目を細め、イヤーピースが落ちてないかどうか。
結果から言えば、あった。
でもそれは、どれもこれも、アラタ君が落としたイヤーピースじゃなかった。
イヤーピースに執着するあまり、アラタ君は地面に落ちているイヤーピースを手当たり次第に拾い集めてしまったのだ。
そのどの中にも、アラタ君が落としたものは無かった。
集めたイヤーピースを洗って、とりあえずなんとか代わりにならないかと、手当たり次第にイヤホンに嵌めて、耳で感触を確かめてみた。
ダメだ。
うまくいかない。
あるものは大きすぎて耳に入らず、あるものは小さすぎてすぐに落ちる。落ちてからだいぶ経った古いものに至っては、たとえ丹念に洗ったとしても、とてもつける気になれなかった。
なんとなく、一縷の望みをかけて、アラタ君はもう一度自分の耳の中を探した。
当然、あるはずもない。
だけどやっぱり何かおかしい。
周りの音がくぐもって聞こえるのだ。
まるでイヤーピースだけを耳につけたような。
まるで穴の空いた耳栓をしているような。
そんな感触が両耳にある。
アラタ君は耳鼻科へ行った。
しかし異常はないと医者は言った。医者の言葉も相変わらずくぐもって聞こえる。中途半端に耳を塞いだ時の変な音と一緒に。
医者は根を上げた。
「これはどうにもなりませんね。耳には何の異常もないのに、症状はまだ続いているようですから」
医者は紹介状を書いた。
書かれた場所で、再度診断を受けろということだとアラタ君は理解した。
しかしたどり着いたのは、「耳鼻科」の文字がどこにもない、普通の雑居ビルだった。
何かおかしいと思い、改めて紹介状を見てみると、実際は紹介状でもなんでもなかった。
なにしろ病院の文字一つ無いのだ。
とりあえずアラタ君は案内された3階の奥のドアをノックした。
出てきたのは、白衣なんて着てもいない、薄暗く気味の悪い老人だった。
「私は医者としては働いていません。医者は病気を治すものです。でも君の症状は病気ではないんです。霊障です。だからここに君は来たのです」
アラタ君は拍子抜けした。呆気に取られたまま、何もできない。霊障というと、幽霊が取り憑いて悪さをするというやつだ。
イヤーピースが悪さをするのか?
アラタ君は不思議に思った。
「君は、最近、イヤホンをなくしませんでしたか?」
「いいえ。イヤホンではなく、イヤーピースをなくしました」
「そうでしたか。今回の霊障はそのせいかもしれません。もう一つ質問なのですが、イヤーピースはまだ見つかっていないのですね?」
「はい。見つかっていません。でも、代わりにならないかと思って、道に落ちてるイヤーピースを片っ端から拾いました」
「ああ、なるほどそういうことでしたか。無意識に落とされ、探されることも気に掛けられることもなく、忘れ去られた哀れなイヤーピース達。一つ一つの怨念は弱いですが、一箇所に集まったりすると大変です。怨念が束になって、怨霊ができてしまう。そして君にイヤーピースの霊障をかけてしまったわけです」
アラタ君は今ひとつわからなかったが、とにかくイヤーピースを集めたのがいけなかったらしいと理解した。
そして同時に、子供の頃に神社の御守りを集め過ぎると良くないと言われていたのを思い出した。
こういうことが起きるから良くないと言われていたわけだと、アラタ君は納得した。
「どうすれば治りますか」
「拾ってきたイヤーピースはまだ持ってますか」
「持ってます」
アラタ君はカバンからビニール袋に入った大量のイヤーピースを取り出した。
アラタ君は病院に行く道中でも、このビルにやってくる道中でも、熱心にイヤーピースを拾い集めてしまっていたのだ。
「ではそれを供養しましょう」
老人はそう言って、何か変な呪文を唱えたかと思うと、火をつけてイヤーピースの山を燃やしてしまった。
「これで大丈夫です。どうですか?」
老人の声がハッキリと聞こえるようになった。
これで万事解決。
……うん?
アラタ君の頭の中では、何かまだ違和感がモヤモヤと渦巻いていた。
それはアラタ君が落としたイヤーピースがまだ見つかってないからだった。
しかし怨念が祓われて耳の違和感も消えたので、アラタ君は仕方なく帰ることにした。
お祓いの料金を払うための財布を取り出そうと、カバンの中に手を突っ込んだ。
ふと、指先にグニャグニャとした感覚が伝わった。
小さなゴムみたいな感触。
まさかと思い、取り出してみた。
それは、失くしたはずのイヤーピースだった。
どうしてだろうとアラタ君は思った。
そして思い返してみると、アラタ君は微妙に思い違いをしていたことに気づいた。
アラタ君が耳に違和感を覚え始めたのは、アラタ君がイヤーピースを山のように拾うよりも前だったからだ。
ならばイヤーピースの怨念とはなんだったのか?
アラタ君はもう一度考えた。
ふとアラタ君は、自分がしばしばイヤホンを買ってはイヤーピースを頻繁に失くしていることを思い出した。
とても単純な話だった。
アラタ君の耳に悪さをしていたのは、アラタ君が拾ったイヤーピース達の怨念ではなかった。
アラタ君がこれまで落としてきたイヤーピース達の怨念だったのだ。
それ以来、アラタ君は決してイヤーピースを落とさなかった。
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