第64話 パン・新聞・星

「やべ」

 最初の目覚ましでは起きれなかった。理由は、まあ前日の疲れということにしておこう。

 既に学校へ行ってるかなめと、昨日の朝から姿を見せていない御崎姉が居ない家は広く感じる。

「朝飯は……良いか」

 不思議と腹も減っておらず、そもそも今日は楽しむだけの日であるため、まともな用意もせずに家から出た。

 文化祭二日目。自分のクラスに加えて演劇部にも出たお陰か、周りの皆が気を遣って今日は仕事が何もない。


 つまりはヒロインたちの出し物を思う存分楽しめるというわけだ。

(ま、一緒に見回る人が居ないんですけどねぇー……)

 こっそりと二人で行く約束をしていた春野さんは二日目に来ないと連絡もあったし、俺と同じく仕事免除の穂乃花は別の案件で大忙し。

 若干の寂しさを感じながらもぼっちで楽しむとしよう。……それに、もあるしな。


***


「さて、どのクラスから見に行こうかね」

 学校に到着した俺は校内に足を踏み入れる。当然一番近いのは美子ちゃんが居る1年生の教室か。

 そんな事を考えながらも、何だかんだ歩いていれば自然と空腹が向こうの方からやってくるものだ。

「確か食事を提供してくれる出し物は……」

 予め配られた察しに目を落としつつ廊下を歩けば、食欲を活性化させる美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。

 幸いなことに人もそこまで並んでいないので、数人ほど待てばご飯に在り付けるだろう。


「イラッシャイマセー……って宮っちじゃん! オハヨー☆」

「おはよう。真面目に店員をやってるじゃないか」

 席に案内され少し待っていると、一人の見知った店員が現れる。

 俺たちのクラスがメイド喫茶ならば、このクラスはそうだな……ギャル喫茶だろうか。

「宮っちには特別サービスで全部の商品半額するヨン」

「真面目にやれ」

 往年のギャルが着ているような衣装、加えてルーズソックスも完備した仕様に懐かしさを覚える。

 と言っても実年齢二十代の俺すら世代直撃ではないのだが。

「えーっと、じゃあ朝だしパンと甘い物を頂こうか」

「オッケー分かった! じゃあオススメはねー」

 それにしても、よくこの案が通ったな……。ギャル喫茶なんて賛成派が少なそうなものだけど。

 周りを見てみると店員は全員がノリノリでやってるし、それだけでクラスに於ける可憐の立ち位置が分かるというものだな。

「ハイパースーパーミックスギャラクシーブレッド~ストロベリーキスを添えて~かな!」


 ごめんちょっと聞いてなかった。いやちゃんと耳に入れてても聞き取れなかっただろうけどさ。


***


「へぇ……こんな事件もあったんだなぁ」

 ――可憐の店で食事を楽しんだ俺は、当初の予定であった1年生である美子ちゃんのクラスにやってきた。

 ここの出し物は“過去十五年間の愛恋学園名スクープ集”とのこと。

「え、城花先輩って一年の頃から生徒会に居たのか」

 自分の知らない歴史を文字と共に追っかけることが出来るのは面白い。

 十中八九この案を出した美子ちゃんの姿は見かけないけど、ここで午前中は時間をつぶしても良さそうだ。

(やっぱこういう新聞を見ると、ヒロイン達の個性の強さが分かるな……)

 “話題の城花明子、入学!”だとか、“転校生の西園茜璃、初日から大人気!”なんて見出しを見ると思わず笑ってしまう。


「…………ん?」

 初期から現在までの人気記事を拝見して、ようやく今月分まで追いついた。

 しかしその先にもまだある。他と同じように額縁に入れられたに書かれていた見出しは――

「宮田景人、圧巻の演技にファンクラブ創設か……!? って」

 流石にあれだけで人気者になるわけないだろう。なんだこのデマ記事はまったく。

 それにしても昨日あった出来事を次の日に書き切るとは、随分と優秀な部員が居たものだ。


***


「――それで、ここに来るまでに一年の女子数人に追い掛け回された」

「何故だい?」

「連絡先交換してくださいとか、名前を呼んでくださいとか」

「ああ……大変だね。分かるよ」

 センリの穏やかな声が、俺に眠気を与えてくる。

 結局あの記事は嘘だったんだけども、確かに俺は一年女子から多少の憧れを持たれてしまったらしい。

「ボクもファンクラブに似たものを作られたからね」

「お前だけだよ、この話題にちゃんと乗っかれるの」


 俺が今居る場所は、西園茜璃率いる2-Cの教室。そしてその出し物に浸っている。

「大変だったね……今はゆっくり心を落ち着かせると良いよ」

 このプラネタリウムの世界に身体を落ち着かせて早十分ほどだろうか。

 他の客よりも少しだけ長い時間を許可してもらい、こうしてセンリと共に隣合わせで空を見る。

「昼に星空ってのも、変な話だな」

「そうかい? 星は常に浮かんでいるモノだよ」

 普段ならば染みを数えるくらいしか面白みのない教室の天井も、今だけは最高の絶景スポットだ。

「……ところで、ハーレム作りは順調かな」

 あんまりヒロイン側から聞かれることの無い話題だが、その問いに対しては首を縦に振って良いのかもしれない。

 少なくとも彼女達での修羅場なんてものは殆ど起こっておらず、どちらかと言えば俺とヒロインの間で起こりがちだ。


 ……まあ、もしかしたら今後起こりうる可能性もあるけど。


「センリと喋ってると落ち着くよ」

「ボクも同じさ……王子様」


***


(王子様……?)

「さっきから何考え事してんのよ」

 午後になり、俺が行きたかったクラスも残り一つになった。

 最後は当然ここ。メイド喫茶を運営する2-Bである。

「客に対して口が悪いな」

「正確には従業員よ、アンタは」

 陽射しの当たる素晴らしい座席にて、香りの良いコーヒーを嗜む時間に幸せを感じる。

 思っていたよりも苦味が強くて驚いたけど、高校生の身体になってから苦味に弱くなった気がするんだよな。

「昨日に比べて客足も少ないし、彼女が居なくても大丈夫だったわね」

「春野さんか。今日は欠席扱いなんだったっけ」

 流石のマネジメント力を見せた千代。こいつは将来人の上に立つ仕事をするだろう。

 メイド服姿も随分と様になってて可愛いし、何よりも正確がメイドっぽくないのが逆に良い。


「アンタこの後の予定は?」

「ここ終わったらもう帰るかな」

「あら、そう」

 何か言いたげな表情の千代は、少しだけ口ごもると俺に耳打ちをしてくる。

「ちょっとだけ私の頼みを聞いてくれないかしら」

 囁き声に一瞬だけ驚きながらも、珍しい千代からの頼みに内容を聞く前から受け入れる態勢に入った。



「帰りに、お見舞い品を持って向かってほしいの。


 ――春野美玖さんの家に」

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