第63話 “愛”を伝える文化祭④
【恋愛ゲーの世界で謎を解きながらモブキャラ攻略に励む宮田景人。
ヒロイン達を相手にしながらも、文化祭にてメイド喫茶の仕事を完遂。
一旦の休憩を挟み、いよいよ初日のトリである演劇に挑む……】
「ずっとキミが好きだった……俺と、付き合ってくれ!」
目の前に映るのは、煌びやかな衣装を着用した
ああ、この光景は前にも見たことがある。初めて演劇部に入った時と同じだ。
恥ずかしくて顔が紅かったし、言葉少し上擦っていたことも覚えている。
「…………はい」
あの時と違うのは俺が成長したこと、そして――
「これからはずっと一緒ですね。王子様」
俺の言葉に返答した彼女の存在だった。
***
今の時刻は午後一時。あと三時間ほどで、演劇部による本番の幕が開かれるわけだ。
自分のクラスでやらないといけない仕事は既に終わらせたので、後はこれに集中できる。
「失礼します」
そんな思いを胸に秘めながら、部室の扉を開けた。
「あ、来たね」
部室に入ると数名が台本を片手に自主練を行っている最中だった。
何人かは忙しいのにも関わらず、こちらのメイド喫茶に来てくれた先輩も居たけど……。
「これ、キミの台本だよ」
「ありがとうございます」
城花先輩は最後まで来ることは無かった。当然、部長である彼女はそんな暇も無かったんだろう。
しかし、それだけじゃない気がする。この人が、俺のクラスに来れなかった理由。
「遅れましたーっっ!」
と、ほんの少しだけ流れた不気味で気まずい雰囲気を断ち切る声が、先ほどまで俺が居た扉の向こうで大きく聞こえた。
汗を額から垂らして、ダメな行為だとは理解してながらも我慢できずに廊下を走って来たであろう幼馴染。
「最後の演技確認までやりましょうかっ!」
ちょい役の穂乃花が言うものではない気がして、でも、俺にとってそのちょい役がどれだけ大事なのかも分かっていた。
「――そして、最後に後輩くんが私の手にキスをする」
もう何度も練習をし、通しまで行ったので恥ずかしさなんていうものは存在しない。
これが本番だとどうなるのかはある種の興味もある。それに、俺も確認したいことがあるしな……。
***
舞台袖から、ちらりと客席の方に視線を向けてみる。
疎らに空いている所もあったが、大方埋まっていた。いや、埋まってしまっていた。
「あれ、景ちゃん緊張してる?」
「流石にしてると言っていいな……」
今までは同じ部活の先輩後輩の目だけだったのに、今は数百近い眼が全て俺たちの方を向いている。
元々目立つことが苦手な俺にとって、こんな状況はまさに蛇に睨まれた蛙と一緒。
(……あいつらはどこかね)
逃げれるなら今すぐにでも逃げたい。なんて冗談は頭の中で思うだけにしておこう。
今の俺は演劇部所属、主役である城花先輩を救って愛を伝えるサブキャラクター。
「あ、ちなみに千代ちゃんたちはあそこだよ。特等席を用意したの」
「特等席? どこだよそれ――って」
立っている俺の下に潜り込み、まるで団子のように重なって客席を見る穂乃花。
彼女が言う特等席がどこかを探し、気付き、用意したこいつの頬を伸ばしてやった。
「一番前の真ん中じゃねーかっ!」
「ふぁ、ふぁ~伸ばさないでェー」
ええい!どちらにせよ見られるのなら真ん中でも構わないだろうが、俺。
むしろこうして決心を付けさせてくれた彼女に感謝するべきかもしれない。
「やっぱり良くやった」
「わーん景ちゃんが良く分からないぃ……」
【始まる】
[毒の雨が王国に降り注いだ]
舞台が暗転し、語り部の声が体育館内に響き渡る。
先ほどまで少しだけ聞こえた喧騒も途端に収まり、客の人たちもしっかり物語に入り込んでくれているようだった。
『おお! 何という事だ……お主も流行り病に罹ったというのか』
俺が登場するのは中盤辺り、それまでは音響係等の手伝いをしながら見守っておく。
何度も何度も見るのは駄目だと分かっているが、客席を覗いてあいつらの様子を伺ってみる。
『その者の血があれば治るやもしれません』
千代と美子ちゃんは内容自体を楽しみつつも、どこか演じてる人を見ているようで若干やりづらい。
かなめと可憐はなんか既に感動してるのか涙目になってる気が……逆光で良く見えん。
センリは何故か恍惚とした表情を浮かべながら見ていた。怖いから見なかったことにしておく。
「もうすぐだね、頑張って景ちゃん!」
「ああ。でもまあ、後はやるだけだ」
穂乃花に背中を強く押され、否が応でも気合と緊張の波が最高潮に達する。
舞台に上がればもう客席などまともに見れない。だから、最後に彼女の顔を確認したかった。
(! ……春野さんがいない、だと。それにうちの姉も見当たらない気がする)
少しだけ胸の奥がざわめいたまま、俺は舞台に飛び出した。
「ずっとキミが好きだった……俺と、付き合ってくれ!」
いよいよ場面は最終局面。
初めてこの台詞を台本で見た時は、何とも軽い言葉を使う王子様だと思ったこともある。
しかしこうして役に入り込みんだ今ではそれが彼らしく、芯の通った言葉だと理解出来た。きっと、見ている人たちもそうだろう。
「…………はい」
「これからはずっと一緒ですね。王子様」
満面の笑みを浮かべた姫様の優しく掴み、俺はその手の甲にキスをした――。
***
舞台の幕が閉じ、盛大な拍手と共に俺は全てが終わった事を実感する。
一息ついたところで袖に居た部員たちに囲まれ、労いの言葉を掛けられた。
(やべ、なんか泣きそう)
実年齢は二十を過ぎている俺がこんななんだから、そりゃあ当人たちの喜びはさらに上だった。
これで引退となる三年生の方々は、特に……な。
「城花先輩」
「ん? ――なにかな」
俺は彼女の元へ駆け寄る。他の部員と会話をしている途中に割り込むのは失礼だと、承知の上で。
「先輩と同じマンションに住んでる後輩の――「あぁ、春野くんかい」……はい」
俺が全てを言い切る前に悟られた様子だった。どうやら先輩も少しだけ気にしていたらしい。
少なくとも先輩が確認した限り、やはり春野さんは客席には居なかったそうだ。
理由は俺も分からない。少なくとも数時間前、昼休憩の時には居たはずだが……。
「!」
「!」
と、その時。脇に置いていた自分の鞄から携帯の通知音が鳴った。
当然マナーモードにしていたはずだが、何故だろう。まあ本番中に聞こえなくて良かったと思おう。
「…………」
俺は先輩に会釈し、鞄の方へ足を進める。
横に付いた小さなポケットからスマホを取り出し、通知の内容を見た。
(……!! 春野、さん?)
とても大きなざわめきと焦燥感に襲われながら、俺は春野さんからのメールを確認する。
「ねえ後輩くん」
こちらに近づく足音と声。
「今日この舞台を終えて、ついにキミは演劇部を卒業となるね」
そのメールの文面を見てからというもの、彼女の方を向くことが出来ていない。
「寂しくなるなぁ。……だって変な話だよね」
この内容が意味する真実とは。春野さん、貴女は一体何を知ったんだ?
「物語の王子と姫は、ずっと一緒に居るのにね」
そして御崎姉は――何を教えたというのだ?!
『突然こんなメールをしてごめんなさい。
宮田くんの舞台、こっそりと見てました!
本当に感動して、思わず涙が出そうで……。
今すぐにでも口で伝えたかったんですけど、それは出来ません。
私はいま、宮田くんのお姉さんと一緒に居ます。
御崎さんから色々と教えてもらいました。
宮田くん、明日の文化祭に私は来れません。
だけどもし、会うことが出来たなら……その時は沢山感想を言いますね。
最後に一つだけ、これも御崎さんから聞いた話です。
実は私も薄々思っていたことで、ようやく分かったことですが。
城花明子さんには、もう近づかない方がいいです』
終わりの足音さえも迫り来る。
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