第61話 “愛”を伝える文化祭②
【恋愛ゲーの世界で謎を解きながらモブキャラ攻略に励む宮田景人。
待ちに待った文化祭当日、下準備として体育館に来ていた宮田と千代。
軽口を言い合いながら体育倉庫に入った二人は閉じ込められてしまい……】
「文化祭が始まるまで、あと30分くらいか?」
少し強めに扉を引いてみる。が、ビクともしない。恐らく表側で何かがつっかえているんだろう。もしくは内部が破損したのか。
「サイアクよサイアク……こんな所に閉じ込められるなんて」
頭を抱えながら体操に使うマットに座り込む千代。こんな展開で二人っきりなるとは俺も思わなかったよ。
さてどうしようかと考え、携帯を使って穂乃花辺りを呼び出せばいい事に気づく。
「あ、俺置いてきた」
「私もなのよ……はぁ」
現代人の悲しい性か。我らはあの小さくも高性能な機械が有ればいいという安直な考えで思考を放棄してしまっているらしい。
生憎とここは体育館内に造られた倉庫であるが故に、外と繋がる窓らしきものも目で見た限りは存在しなかった。
「とりあえず叫んでれば誰かが気づくかも」
「大きい声はアンタの方が似合うから頼むわ」
なんだ似合うって。ただまあ実際の所、千代はあまり大声のイメージはない。怒鳴り声の方はあるけど。
「――駄目だな、反応も何もない」
割と頑張って叫んだつもりだが、扉の向こうからはそもそも物音一つしなかった。
俺は午後から演劇で喉も使うため、叫びすぎにも注意せねばならないという状況。
「恐らく体育祭の開始も迫ってるわね」
きっと今頃、校舎の教室では各々の出し物の最終調整等を行っている所だろう。
「こりゃあ先生が来るまで待つしかなさそうか」
「仕方ないから一緒に怒られてあげるわ」
滅多に叱られることのない優等生である千代がそう言うってことは、少なからず負い目らしきものがあるらしい。
まあそもそも発端は彼女が「体育館での準備は二人で」などと提案して人数を削減したのが始まりである。
「……そりゃどーも、心強いよ」
が、しかし。俺は現在の状況に不満があるかと言われれば全くない。だってあの千代と二人きりだぞ。
普段はツンとした彼女も、少し不安なのかしゅんとした気配で座り込んだまま。
何も一生出れない訳じゃないし、折角なら二人きりを楽しみたい。それが叶うのならば、この後にどれだけ怒られようが俺は無敵である。
「言っとくけど近づいたら殴るわよ。ケダモノ」
いや凄い拒否られたんですけど。ケダモノて。お前、俺の事一体どういう目で見てるんだよ。
「まだこの密室に閉じ込められた原因がアンタの可能性も疑ってるわよ」
「何パーセントくらい?」
「…………40パーセント」
結構高いんですけど。俺ってそこまで卑劣な行動を取った事は……少なくとも千代には無かったはず。
確かにこの状況に多少の喜びを感じてるのは事実だが、半ば強引に密室トリックを作り出すわけもない。
「は、秀才の山村千代ですらそんな荒唐無稽な可能性を考えるんだな」
なんて、ちょっとだけ意地悪な言い方で返してみる。
「あら何よ……アンタはキツイ口調の方が興奮するタチだったかしら」
そしたら、千代も変にノっちゃって強めに言い返してきて。
「真面目!」とか「変態!」みたいに言い合いしながらすったもんだしてたら、不意に足が絡まって。
「あ」
「あ」
後ろに倒れた俺だったが、幸いなことにマットがあったため怪我はない。というかこの体制は……。
普通なら逆なようにも感じるけれど、まるで千代が俺の事を押し倒したようにも見えるじゃないか。
「ち、千代? 重くはないが離れてくれると助かる」
「…………」
何故か無言のまま、俺に跨って考えるそぶりを見せた千代。先ほどまであんなに口が回っていたのに、二人揃って無言タイムに突入。
目が合うのは気まずかったので横を向けば、外――つまり体育館内の様子が分かる格子状の隙間があった。当然ながら向こうには誰も居ない。
「さっきアンタは大声を出しても気づかれなかった」
「なら、今から何をしてもバレないってことよね……?」
その理論は絶対に違うと思うけれど、何故だか今の千代を止められる気がしない。
跨った状態から、次第に覆いかぶさる体制へと変わっていく。
(ま、マジか? 今まで一番の展開――ってかこれ以上は流石に)
彼女の荒い吐息が耳に掛かって何も考えられなくなりそうにあるが、気合で持ちこたえる。
自分の中で残っていた理性のトリガーと言えば、この文化祭を台無しにしたくないということだけ。
もしもこれが自宅で発生していた場合、俺は我慢できなかったかもしれない。
「ここにいるのかー?」
唇と唇が触れ合う直前、あんなにも堅かった扉をいとも簡単に開ける音がした。
瞬間的に二人揃って距離を取って、音がする方向に視線を向ける。
「まだ椅子の準備が出来てないようだけど…………って」
「後輩くんじゃないか! それにきみは山村千代さんだね」
城花 明子さんだ。恐らく準備が遅かったために生徒会の一人として伺いに来てくれたんだろう。
明るい笑顔を俺たちに振りまく姿は母親のようだった。
「あの、実は――「さあもう時間が無いよ! 協力して椅子を出そう!」……っ」
?今、千代が何かを言いたそうな顔をしていた気がする。
しかし先輩にやや強引に引っ張られたことで、彼女も話そうとすることを辞めたようだった。
「ほら後輩君も、きみならわたしよりも沢山持てるだろっ!」
「いや城花先輩が大半を担いでるんですが!?」
……先ほどまでの甘い空間は完全に終わったらしい。嬉しいような、いやかなり悲しいような、だな。
とりあえず千代とは恥ずかしくてまだ顔を合わせられないが、一先ず準備を終わらせて俺たちも教室に戻ろう。
***
「あ、遅かったねー二人とも。何かあったの?」
「……いや」
「……なにも」
穂乃花のピュアな視線が眩しすぎる午前九時の教室内。
何とも言えない雰囲気を千代と醸し出しながら、ついに文化祭は始まった。
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