第60話 “愛”を伝える文化祭①

「……ん」


 いつもと変わらぬ目覚め。外ではカラスが鳴き、結露で濡れた窓に映るは晴天だった。良い文化祭日和じゃないか。

 大きな欠伸を一つして階段を降りると、そこには既に朝食を頂いてる妹の姿。気合が入っていて何よりだが、相変わらず派手なパジャマを着ているな。

「おはよう」

「お兄ちゃんおはよ。……顔、先に洗って来たら?」


 寝起きの顔に対して突っ込まれ、リビングに着いたと同時に洗面所の方向へUターン。俺の分の食パンを温める音を聞きながら、冷たい冷たい水を顔面に受ける。


「御崎姉は?」

「まだ寝てるし、多分起きるのもお昼頃だと思うよ」


 深夜まで聞こえていた物音を思い出し、あの感じだと確かに朝目覚めることは無いだろうと察する。ま、あの人が文化祭に来るとしても午後からだろうしな。

「あれ、お兄ちゃんって今日も穂乃花さんと一緒に行くんだっけ」


 一足先に朝食を済ませたかなめは、自分で自分の皿を洗いながら聞いてくる。俺はその問いに対してNOと伝え、食べ終わった皿を流し台に置いた。

「あとは俺がやっておくから、かなめは登校の準備してて良いぞ」


 が、かなめは傍から離れない。何か言いたげな表情でこちらを見つめて、目と目が合った。

「かなめ?」



「――お兄ちゃん、久しぶりに二人で登校しよ」



 頬を赤らめながらも誘ってくる妹……朝っぱらから良い物が見れた。当然断る理由もなく、未だに眠っている姉を放っておきながら俺たちは用意を済まし、玄関を開けて外の世界へと飛び出した。



***



「……で、俺と妹は仲睦まじく登校したってわけさ」


「じゃあその片側だけ赤くなった頬は何なのよ?」


 流石に誤魔化せなさそうだった。やるじゃないか千代め、穂乃花も春野さんもこれで簡単に騙せたというのに。いやあの二人がピュア過ぎるだけかそれとも。


「ま、大方あんたが変態行為をしたんでしょうけど」


 俺の心にズブリと突き刺さる言葉。山村千代は俺をどういう人間として見ているのかが少しわかった気がする。……いや、確かに正解なんだけどさ。

 未だに感じる頬の痛みと共に、ラッキースケベで胸に触れた感触を思い出す。「柔らかかった」と言葉に出せば、いよいよ千代からも逆側に攻撃が飛んでくるだろう。


「それより早く、あと保護者用の椅子を出しましょ」


「こいつ……俺の善意を軽く扱いやがって」


 正確に言うと善意ではない。殆ど無理矢理流れを作って“メイド喫茶”を多数派にした俺は、対価として文化委員に似た役割を任されることになったのだ。これはその最初の仕事。


「ほらほら早くしないと、文化祭始まっちゃうわよ~?」


 何故か知らんが今日はテンションが高いな、千代よ。普段きっちりしている分こうして体育館に二人きりの状況が嬉しいんだろうか。ふりふりとスカートを揺らしながら、パイプ椅子を体育倉庫内に取りに行く姿が愛らしい。


 俺もそんな彼女の後を追って倉庫へ入ると、奥に積み上げられたパイプ椅子の数にため息を零す。こりゃ、どう見ても百席以上あるな……。


「使うのは午後からだけど、一旦外に出しましょう」

「――だものね? うふふっ」


「! な、まさかお前も見に来るのかッ!?」

 倉庫の扉を閉じながら、千代はいやらしい笑みを浮かべた。まずい。ただでさえ人前で演技するのが恥ずかしいのに、よりによって千代に見られるのはもっとまずい。


「可憐に聞いたのよ……ま、知らなくてもいずれ分かったでしょうけど」


 ほれみろ口が軽いじゃないかあの偽ギャルめ。グッドサプライズは成功したけど、代わりにバッドサプライズを持って来られた気分だ。


「ぐおぉ……うちの妹も見るって言ってたし、

 この調子じゃ知り合い全員来そうだな」


 両手に約二十席ほどを持ち、今日の午後から始まる舞台を思って嘆いた。決して嫌なわけじゃないんだけども、俺の性格上、表立って何かをやる経験なんてあまりないし……。


「舞台に立つ以上は、客が多い方が嬉しいものよ。



 ――――あら?」


 いやしかし俺はこの世界に来てから、主人公という立場的に割と目立ってしまっている印象だ。体育祭で最後に壇上に立たされたり、恋愛専門店とやらを探したり……。

 俺はハーレムを作りながら春野さんと付き合うという目標が最優先なのだから、この文化祭が終わったらもう目立つ行動を取るのは――「うそでしょ!?」……?



「と、扉が……開かないわっ」


 …………エッ?




【文化祭スタートまで:残り45分】

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