閑話③ 誘いの一文

「明日の文化祭、一緒に回りませんか? ……いやなんか固いな私」


 ベットに横たわり、微睡みの中で意識を携帯の画面に向かわせる少女。学生らしい一日を終えて後は寝るだけの彼女がやり残していたのは、明日に向けての“誘い”。

「景ちゃんは午後から店番で、私もそっち担当だから――」


 常日頃から気になっている男子と文化祭を回りたい。そんな思いのままにメールを送信しようとして、しかし指は動かずにいる。普段ならば軽快に跳ねている指は止まり、次の一文字すら決められなかった。


「いやダメダメ! 今送らないと、他の子が景ちゃんを誘ってるかもしれないし!」


 この海永穂乃花の場合、ほぼ毎日を共に登校してるが故にメールの必要性はない。と、そんな考えで胡坐をかけば他の者に後れを取る可能性もあるため前日に誘わなければならないと考えたのである。

「は~……景ちゃんから誘ってくれないかなぁ」



***



(夜更かしをするつもりは無かったのだけれど――)

 ちらりと時計に目を移せば、短針は11に止まっていた。普段はこの一時間前を平均として就寝している山村千代にとって、この時間まで起きてるのには理由がある。


「なんで! この私が! メールのたった一通も送れないのよっ」

 枕に携帯を投げつける。低反発素材のため少しの跳ねで終わった。と言っても、それを理解していたために投げたのだが。

「私のバカ……」


 クラス委員で実行委員のため、彼女が文化祭を楽しんで回れる時間は少ない。だからこそ自分が一番“回りたい人”が誰かと考えた時、脳裏に浮かんだのは一人の顔。


「でも、そろそろ本当に送らないと時間的に迷惑よね」

 日常会話やメール上でも強い口調で当たってしまうことに少しの罪悪感を持っていても、素直にはなれない。それが巡り巡って、誘いのメール一つも送れない現状。


「向こうから誘ってくれないかしら……なんて甘い考えね、私」



***



 勉強机の上には、乱雑に置かれた教材がある。少し前まで続けていた勉強を終え、整理整頓をする前に携帯を開きメールをした。そう、文化祭への“お誘い”を。

「よーっし、送信カンリョー!」


 誰よりも楽観的で、その裏には断られないという絶対的自信を持ったうえでの行動。東郷可憐は隣の部屋で寝ている兄を起こさないくらいの鼻歌を奏でながら机上を片付ける。


だナ~! なんかエモい雰囲気とかになってほしいし」


 就寝直前、ふと携帯を見る。未だに相手からの返信がないことに一抹の寂しさを感じながらも、すぐに笑顔で瞳を閉じた。明日になればすべてが分かると知っていたから。



***



「今宵も良い月だ」


 大きな窓から外を眺める行為に飽きは来ない。毎日毎日違った顔を見せる月に思いを馳せながら、慣れない携帯に視線を戻す。さて、どのような一文を書き記そうか?


「ボクが初めて送るメッセージ……彼に届くと信じたい」


 厳しい家柄上、初めて連絡先を交換した相手に向けて。長くなった前髪の隙間から映る画面を見ながら、まるで詩を綴るように丁寧に打ち込んでいく。

「………………ふふ」

 普段から感情を表に出す事が少ない西園茜璃が、唯一“素”を出せる彼。この文を送ってどのような反応をするのかを考えるだけで笑みが零れた。


「文化祭では、共に星を見ようじゃないか――宮田景人」



***



「……お姉ちゃん、まだ寝ないの?」

「うん。もうちょっとしたら寝るよ」


 二段ベッドの下に向けて語り掛ける。普段ならばもう眠っている時間帯であるのに、姉は未だに誰かと連絡を取っていた。春野美子にとって、その相手が誰であるかは察している。恐らくであろうことは。


「――よし。気にさせてごめんね、美子」

「メール送り終わった?」


 ベッドから顔を出して下を見ると、姉である春野美玖と目が合った。それ以上話さずに頷いた彼女に「おやすみ」とだけ呟いて、豆電球を切る。


(あんな奴の何が良いんだろう……明日会ったら本人に問い詰めようかな)

(宮田くんと文化祭を回れるの、楽しみだな……明日は精一杯楽しもう)



***



 『何人もの目が見える』


 始まりは小さな「ズレ」だった。ここに居ることに違和感もさほど覚えず、ただ生きて何年経ったのだろう。そして、この想いを伝えられるまでに何年経ったのだろう。


「――貴女のことが好きです」


 やっと言えた。この言葉を聞くまでに色々あったけど、ようやくだ。他の女性も色々考えていたのは知ってる。でも最終的に、きみはこちらの胸に飛び込んでくる。


 だってそうでしょう。仮初の言葉だとしても、きみの初めてはわたしが貰うのだから。


【文化祭まで あと0日】

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