第59話 秋の知らせと猫模様
夏の暑さも少しづつ鳴りを潜め、散歩をするには心地よい日々が続いている。休日はどこへ向かうでもなく歩いて、良い景色を見つけたら写真を撮るのが習慣だった。
今日もまた、この心地よい静かな時間が訪れる。――と、思っていたのだが。
「けいとー、お姉ちゃんもう疲れちゃった」
「御崎姉が一緒に行きたいって言ったんだろ」
いつもと違って後ろに一人いる。何を隠そうそれは自分の姉であり、理由は分からないが散歩に付いてきた。まだ歩き始めて三十分ほどなのだが既に疲れたらしい。
「運動不足か?」
「うんそうかも。だから景人はお姉ちゃんをおんぶしてほしいな?」
ああ成程そういう魂胆ね。意図が見え見えな姉に構いながらも歩き続け、気付けばとある公園に足を踏み入れていた俺たち。
存在は知っていたが一度も来たことは無く、辺りを見回しても広大に広がっている様から大きさは中々の物。……ま、折角だし休憩でもしようか。
「あそこにベンチがあるから、遅かった方がジュース奢りな」
推定100mほど先にあるベンチまでの競争を提案。これでだらけきった姉のやる気を出させつつ、俺が走りで勝って奢られる算段である。
「じゃスタートね」 「!? いや待て――」
開始の合図と共に凄まじい速さで俺を越してくる姉。速い。速すぎる。運動神経が悪いとは思ってなかったが、逆にここまで良いとは予想外なんですけど。
「わーい勝ったよぉ。えっとね、炭酸系以外なら何でもおっけー!」
「も、もう嫌だこの姉……」
初速で負けたとはいえ言い訳できない。が、全力で走って追いつけないとは……。体力はあるが運動神経は普通の自分を恨みながら、言い出しっぺの俺は自販機を探すことに。
「ちなみに公園入る前の道路にあったからねぇ」
やばいこの人の掌の上で転がってる気がする。
***
無事に自販機へとたどり着き、姉の分とついでに自分の飲み物を買うことに成功。
もしあの人が負けて買いに行ってた場合、何を選んでたか分からなくて怖かったので結果的には良しとしよう。
(とはいえ負けたのは悔しいが)
再び公園の中に入り、今度はゆっくりと歩きながら景観を楽しむ。走ってたせいで最初は上手く気付かなかったが、とても雰囲気が良い場所である。
秋の紅葉を感じさせる木々、ゴミ一つ無い地面には所々落ち葉があり、それもまた情景を感じさせる。どれ、折角だし姉の所へ戻る前に一枚撮ろうか。
「…………んん?」
そんなことを思いながらカメラを構えると、画角の隅に一人の女性が写り込む。いったい誰だと自分の眼で改めて確認すれば、それは俺の見知った人物だった。もっと言うならヒロインだった。
「ち、千代? お前、こんな所で何やってるんだ」
俺の声掛けにびくりと反応し、後ろを向いてるのに顔が赤くなってきたのが分かる。ああそういえば、一か月程前にもこんな状況に出くわしたのを思い出してきた。
「……であんたは」
「え?」
あの時と同じ、猫と戯れている美少女と会うシチュエーションのはずなのだが。
「なんであんたは、私の行く先行く先に現れるのかしら!?」
怒りと羞恥が入り混じった表情で俺を睨み据える。怖いようでとっても可愛いんだけども、その言いがかりには全くもって納得いかない。
「待て待て千代。お前が動物好きってのは、俺以外知らないから安心しろ」
「そのあんたに二度も恥ずかしい場面を見られてるからイヤなのよ!」
わーわーと騒ぐ千代だが、すぐ近くに猫が居る事を思い出し静かになった。流石の彼女も純真無垢な瞳の前には勝てないようで、この隙に俺がここに来た理由を話す。
「……なるほどね。じゃあ、あんたは姉と一緒に散歩してて辿り着いたと」
「ああ」
俺の口から“姉”という単語が飛び出してから、千代の表情はどこかぎこちない。何を隠そう彼女は御崎姉のことを俺の彼女だと勘違いした前科があり、加えて千代と姉はまだ会ったことも無いからだ。
「そうだ、折角だし会って行くか?」
千代は何も言わない。否定も肯定もしないので、俺は彼女の手を掴んで歩き出す。嫌なら離すつもりだったが、黙ったままなので構わないのだろう。
これから肌寒くなってくる時間帯が故に、千代の掌から伝わってくる体温がとても暖かい。傍から見ればデートしてるように見えるのではないか。やばい俺もちょっと恥ずかしくなってきた。
「……おや? ちょっとちょっと景人ー、ナンパしたの?」
「するか」
二人揃って姉が待つベンチに到着。変わらない冗談を飛ばしてくるが、よく見れば姉の隣には既に先客が座っている。そこ、本当なら俺の場所なんだがな……。
「見てみてこの子、気付いたら足元にすり寄って来ててさ」
そう言いながら膝の上に手招きすれば、なんとしっかり命令を聞き入れて膝に乗った。うちの姉が懐かれやすいのか、それともこの“野良猫”が甘え上手なのか分からない。
「あ、あの!」
おっとここで千代が動く。先ほどから緊張の面持ちを見せていたが、意を決したのか姉の前に立った。まあそんな恐れるような相手で無いと思うけども。
「んー?」
「私、宮田景人くんの友達の、山村千代って言います……こんにちは」
(なんだその自己紹介)
今日は普段と違う千代が色々見られて面白い。と心の中で小さく笑いながら、二人のやり取りを黙って眺める俺。――あ、そうだ折角ならあれをしよう。
「えっと、普段から景人くんにはお世話になってます」
「うんうん」
「先ほど出会った時に、お姉さんと来てると言われまして」
「うんうん」
「折角なら挨拶をと思い、一緒に同行させていただきました」
結婚の挨拶か。
「結婚の挨拶か!」
同じことを言うんじゃない。こんな所で何故か血の繋がりを感じつつ、改まり過ぎた千代の挨拶に突っ込む姉を更に眺めていく。真面目も行き過ぎると面白いな。
「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。
いつも弟と仲良くしてくれてありがとうね」
「こ……こちらこそです!」
段々と打ち解けてくる二人。気づけば話も弾んでいき、詳しくは分からないが俺についての何らかの話題を語り合ってるようで。ベンチに座る姉と千代、そして膝の上にいる一匹に向けて俺は言った。
「二人とも」
「はい、チーズ」
――秋の紅葉を背に、不思議な姉と真面目な委員長のツーショット写真。間に挟まる可愛い野良猫を含めて、うむ。中々に乙な一枚が取れたものである。
【文化祭まで あと1週間】
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