第58話 vs山村 千代
「――それではこれより、文化祭の出し物を決めたいと思います」
教壇の前に立った千代がそう言って、俺の戦いが始まった。
***
(さて、どんな感じで言い出せばいいだろうか……)
他の生徒から候補を聞いている千代を尻目に、俺は心の中で考える。如何せん俺が文化祭でやりたい出し物が、女子――そう特に千代から反対を食らいそうな代物なので困っているのだ。
「ねぇねぇ、景ちゃんは何かやりたい出し物ってある?」
前の席に座る穂乃花がいつもと変わらぬ笑顔で聞いてきた。ふむ、穂乃花ならば別に言っても構わないかもしれない。というより味方になってくれる可能性もあるか。
「実はな――メイド喫茶をやってみたいんだ」
「そっか。…………えっ、着たいってこと?」
「ちげーよ」
真剣な顔で言われると怖くなってくる。俺は決してそんな趣味があるわけではない。ただ単純に見たいのだ、ヒロインたちのメイド服姿を!
「ちょっとー、じゃあ千代ちゃんとか美玖ちゃんが来てるところ見たいんでしょ」
「本音を言うとそうだ。勿論、お前のメイド服も見たいぞ」
珍しく下心丸出しで打ち明けてるが、これには理由がある。まず第一にして最大の理由に彼女達のコスチュームチェンジをこの目に焼き付けたい。そしてもう一つは飲食店にすることによって他クラスにいるヒロインと会話をする確率も高くなるのだ。
「わ、私は良いと思うよ。メイド喫茶でも!」
どこか照れている穂乃花を味方につける事には成功。あとは頑張って男子軍を仲間にするのと、何より千代を言い負かさねばならない。
「――最後に宮田君、文化祭の出し物は何がいいですか?」
普段は“あんた”なんて呼び方をする千代だが、委員長モードの時は丁寧である。逆に違和感も凄いがそれは置いておき、こちらに近づいてきた彼女に向けて答えた。
「め……メイド喫茶とか、どうかね」
空気が凍る。先ほどまで穂乃花と小声で話していた時と違って周りにも聞こえるような声量だったため、他のクラスメイトに加え当然春野さんの耳にも入っただろう。
俺の提案に千代は真顔のままだが、黒板に書きに戻らないという事は異議申し立てはありそうだ。冷ややかな目線で俺を見られると、嬉しいような怖いような不思議な気持ちになる。
「“あんた”、本当に言ってるのっ?」
肩を掴まれ耳元でぼそりと囁かれる言葉は、否定というより驚きの方が強く感じる。確かに難しいのかもしれないけれど、俺だって引けないぞ。お前ら3人のメイド服が見たいのだ俺は。
「まーまー落ち着け。とりあえず提案しただけだ」
黒板に書かれている候補を見れば、ほぼ半数の生徒が“喫茶店”を提案している様子。これはつまり最初に言った人に続いて「別に何でもいい」という派閥が多いことの表れだ。当然誰もメイドとは付けてないが。
初めはざわついていた周りも、落ち着きを取り戻してからは反応も変わっていく。特に男子生徒は大多数が「面白そう」と俺を支持してくれる流れが生まれ、段々と男vs女の様相を呈してきた。
「私はそれで良いと思うなーっ!」
ナイス穂乃花。女子からも男子からも人気なお前がそう言えば、どっちつかずな生徒も傾くわけだ。今まで別の出し物を提案していた人たちも、少しづつ“メイド喫茶”に好意的な意見が増えていく。
「当然メイド服を着用したくない人は着なくてもいい」
「男子生徒もウェイターや呼び込みを担当できる」
ここで俺がダメ押しを言うと、クラスの大半は可決を望む声が大きくなった。うちの教室がノリの良い生徒が多くて助かった。良くも悪くも先生は俺たちに深入りしないタイプだし。
「は、春野さんは? ……あなたはどう思う?」
「わぇ! わたしですか?!」
これまでの出来事を黙って見ていた春野さんは、突然千代から話を振られて驚きを見せる。確かに彼女が出し物として提案した“動物写真の展示会”とは種類が違うけれど、多分春野さんなら――
「えっと……わたしは、楽しそうだから良いかなって思います」
よし。ちなみに俺は多数派を無理やり作って少数の意見を潰すつもりは無く、つまり春野さんや他の生徒が出した提案も出来うる限り叶えられるようにはするつもりだ。
「反対意見はほぼ無いようだぞ、山村千代さんよ」
「……あんた、文化委員と同じくらい手伝いなさいよね。装飾とか」
膝を軽く蹴りながらも納得してくれた様子の千代は、黒板に新しく文字を書いていく。それもでかでかと。
「私たちのクラスが文化祭で行う内容は、“メイド喫茶+α”に決まりました」
生徒達の拍手を耳に入れながら、同じタイミングで席に座った俺と穂乃花は小さくガッツポーズをした。
***
「――って感じで、俺たちのクラスは決まったかな」
「はい! 宮田くんの提案が、とっても情熱的で……」
全ての授業が終わり、いつも通り写真部の部室へと到着した春野さんと俺。雑談の話題として軽く触れられた文化祭の出し物を、既に居た二人に話す。
「へえ。随分と強引なやり方だね。美しくはない」
「メイド喫茶を可決させるにはこうするしかなかったんでな」
椅子に座って窓の向こうを眺めるセンリは「それも嫌いじゃないよ」と微笑みながら言い、徐に立ち上がって自前のカメラを手に取った。
「キミは着ないのかい?」
うちの幼馴染と似たようなことを言うのはやめろ。そして撮るつもりなら全力で阻止させていただくからな。
「可憐さんのクラスは何をするつもりなんですか?」
「んー、ヒミツかな! やっぱ当日に見せたいっしょ」
……ああそういえば、自分の教室以外がどうなってるかはまだ何も知らないな。可憐もセンリも美子ちゃんも、城花さんのクラスも出し物がなにかは当日の楽しみか。
(――といっても、俺は自分の所と演劇部の掛け持ちなわけで)
まともに文化祭を見て回れるのはそれが終わってからになりそうである。
【文化祭まで あと2週間】
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