第57話 写真×演劇

「それじゃ、行ってきます」


「帰りにアイスよろしくねぇ」

「分かった分かった」

 9月9日。普段の登校より遅い時間に家を出て、普段の到着よりも遅い時間に学校へと着く土曜日の朝。

 まだまだ暑さは続いているが、しかし夏とも秋とも言い切れない奇妙な季節を生きている。



 ブレザーを雑に鞄の中に詰め込み、校舎に入って先を進めば春野さんが撮った写真とご対面。見ているだけでやる気を貰える素晴らしい作品に視線を奪われつつ、軽い足取りで階段を上り三階へ。

「おぉー! 今日も元気そうな顔をしてるな、後輩くん! おはよう!」


 と、部室の扉に手を掛けた俺を呼ぶ声が隣の教室から聞こえてくる。その芯が通ったハキハキとした声の正体は、窓から身を乗り出して手を振ってきていた。――相変わらず朝から元気ですね、城花先輩。

「お、おはようございます……って、その手に持ってる袋は一体?」


「ああ、これはみんなから貰ったプレゼントを纏めてるんだ。

実は今日が誕生日でね、私!」

 それは勿論存じているけど、今日は土曜で会う人も少ないはずなのにその量って。リアルにこの学校で一、二を争うほど人気なんじゃなかろうか。噂ではファンクラブ的なものも作られてるって聞くし。

「城花先輩、実は俺も誕生日プレゼントを渡そうと思ってまして……」


「! 本当かい、それは嬉しいなぁ」


 ふにゃりと柔らかい笑顔を見せる先輩は、窓から引っ込んで今度は扉から現れる。開いたまんまの窓からふいに演劇部内を覗いてみたが、何故かいつもより部員が少なく見えた。


「……二年生の子がね、一人辞めちゃったんだ」

「!」

 俺の視線が違う方を向いてることに気づいた城花先輩はそう言って、少しトーンを落としたまま言葉を続ける。なんでも、当初決まっていた劇の重要な立ち位置を演じる予定だった生徒の転校が決まってしまったらしい。

「それで、今日は私を含めた上級生と舞台に上がる人だけ集まって会議中でさ」

「なるほど……」


 おいおいそれは――なんとタイミングが良いのであろうか。



「でも気にしないでくれ! 必ず成功させ――「あの!」……る?」


 俺は城花先輩が言い切るその前に、彼女よりも大きく声を上げて言葉を被せた。きっと写真部の皆も演劇部の方々も驚いてることだろう。だがしかし、ここで引いてはいられない。

「先輩にあげる予定だったプレゼント、これなんです」


 本当なら下校時にでも渡すつもりだったのだが、心の準備が出来ないまま廊下で見せることになるとは。鞄からひと思いに取り出した“それ”は読み込み過ぎてぼろぼろである。


「……これは。 …………あの時渡した、台本?」


 ――城花先輩が部長を務めている演劇部は、ほぼ毎日演技の練習をしながら二か月に一回公民館などで新しい“劇”を開催している。俺が今彼女に渡したのは、七月に舞台でやった際の台本だった。

「はい。あの時は結局、俺は一度も舞台に立たず体験入部を終えましたが……」


「今月行う劇では、何の役でも良いので好きに使ってください!」


 深々とお辞儀するのは、恐らくこの人に対してだけだろう。まるでプロポーズをするかのように、俺も先輩も真剣な表情である。気づけば演劇部の他部員たちも窓から見てるし、写真部の奴らも扉の向こうから聞き耳を立てている。影が見えすぎだぞ。


「……そんな。いや、むしろ本当に構わないのかい?」

「さっき私が言った事を含めれば、後輩くんがする役は――」


「ちょ、ちょっと待ってぇー! 今から練習するのは流石にきつくない?!」


 うわびっくりした。いきなり先輩の背後から現れるんじゃない穂乃花よ。


 手を振りながら慌ててる幼馴染が、俺のバカみたいな誕生日プレゼントに色々と突っ込んできた。まあお前の言わんとすることは分かるけど、後は先輩達と顧問の許可を得られるかどうかなのだ。

「内容を覚えることに関しては安心しろ。既に台本を何度か読んでもう知ってる」

「い、いつの間に……」「お前が机に置いてたのを勝手に見た」


 「それってアリなの!?」と驚いてる穂乃花は一先ず置いておき、改めて城花先輩に向き直す。まあ、仮とはいえ一時は俺も演劇部だったんだし、台本を読むくらい大丈夫だろう。


「――それで、城花先輩。どうですか」


 彼女の背後からは他の先輩方からの声も聞こえる。少しのざわめきだったが、語られていた内容は否定よりも喜びが大半のようで一安心。さあ、後は城花先輩と顧問だけ。

「当然」


 長らく口を閉じていた先輩の一言に、周りの話し声は途端に消える。それだけ、彼女の影響力は強いということだろう。あの穂乃花ですら、無言のまま背筋を伸ばしている。



「きみは、本当に面白い子だな。 ――許可するに、決まってるだろう?」


「!!」


 落ち着いてるふりをしていた心臓が、大きく跳ねた。それと同時に包み込まれる“温かみ”。俺は今、城花先輩に抱き着かれているようだった。

「でも勝手に台本を見るのは頂けないけどね……」

「い、痛い痛い痛いっ。 すいません先輩――」



「ふふ…………ありがとう」



***



「痛てて……あの人ってあんな力強かったのか」


 腰をさすりながら椅子に座り、一息ついたところで彼女達の視線に俺も合わせ返す。影でバレバレだったが、よく声を出さなかったじゃないか。


「あたしさ! マジで宮っちが告白したと思ったかんね?!」

「勘違いさせたようで悪いな」


 にこにこ笑顔で俺たちを見ている春野さん、一歩離れた所で疑問を浮かべているセンリ、そして目の前で一人舞台をしてるかのように動き回る可憐がいるこの部室。

「ってかちょっと待って、もしかして宮っち……写真部辞めるの?」

「そんな訳ないだろ。あっちは今月やる劇に出たら終わりだよ」


 ほっと安心したような表情の可憐。どうやら俺の演劇部の方々とは違い、密室だったが故に俺の声は詳しく耳に入ってきていないようである。


「……一つ聞いてもいいかい?」

「ん」

 ここまで無言を貫いて、というよりも何らかの考え事をしていたセンリが口を開く。が、十中八九彼女が何を聞こうとしてるかは察しているつもりだ。


「大切な先輩のために一肌脱ぐ行為に水を差すつもりは無いけど――


キミが入部してるのは写真部だ。ボクらは良くても、部長の許可は?」


 センリの言ってることはもっともだ。そもそも俺と春野さんが誘った二人に対しある意味不義理な行動をし、少なくともこのひと月は違う活動をすると言うのだから。

「ああ、実はな――」

 だが俺はそれも織り込み済みだ。この世界で何か月も過ごしてきて、そんなヘマをするわけもない。部長である春野さんには、一週間ほど前に話をしている。



「……やられたよ。ボクとしたことが、二人の談合に気づけなかったなんて」

「部長と副部長特権っしょそれー! あたし達も先に聞きたかったしー」


「センリはともかく、可憐に言ったら誰かに口を滑らしそうだったからな。すまん」

「ごめんね二人とも……ただ、やっぱり誕生日はサプライズです!」


 俺が春野さんに話した当初から、やけに彼女の気合が凄い。もちろん誕生日を祝うという意味でのやる気もあるが、それよりも違う何かが原動力になってる気が……。


「残った私たちは、宮田君が出る劇の写真を撮りましょう!」


 ……え、聞いてないですそれ。普通にこの三人に見られるのも恥ずかしいけど仕方ないと思ってたのに、更に写真に撮られるだと。ああほら、センリも可憐も急に元気になってき「それに――」……。


「――今月やる舞台は文化祭本番で披露するって城花さんが言ってました!」


 え


「こ、公民館ではなく?」

「はい! なんでも、文化祭一日目の最終ステージらしいです」


 え


体育館で?最後だから生徒のほぼ全員が見てる中?この三人はともかく、千代もかなめも御崎姉も見に来る可能性があるってことか……?


「こ、これは――」



 大忙しの文化祭になりそうだ……!

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