第56話 明かされる謎、深まる謎
お、俺の目の前にいる女性はまさか……春野さんの妹なのか?
「自己紹介も済んだので、早くそこをどいてください」
「! あっ――ああ、すまない。邪魔してしまった」
二歩ほど横に移動し、掲示板に新聞を張り付ける彼女を眺める。顔自体は確かに似ているが、おさげ髪というだけで春野美玖さんはおろか櫻野とも雰囲気は全然違う。
「私の顔に何か?」
黙って春野美子の顔を見ていると、冷たい視線をこちらに向けて来て冷や汗をかいた。なにこの後輩こわい。
「いや、えーっと、そうではなくて……君がさっき俺を記事にすると言ってたから」
咄嗟に先ほどの会話を思い出し、何となく内容を察していながらも別の話題にはぐらかす。どうせ記事になる理由はあれだろ、俺が女子生徒とよく一緒に居るみたいな――。
「ちょっと、近づかないでください」
会話と共に一歩足を踏み入れた俺に言葉の棘が刺さる。千代みたいなツンデレとは違い、本当に嫌がってるっぽい声色と表情で言われた。俺、死にそうなんだけど。
「宮田先輩は新聞部でも時折話題になってますから……女たらしって」
や、やはり……。ハーレム主人公とは確かに言い換えればそうなるな。この世界で何か月も生活してきたが、ここに来て改めて事実を打ち明けられると立つ瀬がない。
「――まあ、今は記事にする予定だけです。
ただしこれ以上目立てば、次の一面に貴方の顔が乗ることになるかもしれませんが」
「き、気を付けるよ…………って」
最後の最後に脅し文句的な台詞を残し、彼女は背を向ける。恐らくもう少しすればチャイムが鳴るだろうと、向こうで聞こえる他の生徒達の声がそれを教えてくれていた。
「まだなにか? 私はこれから部室に――「君は、見ないのか?」……え?」
「俺の気のせいだったらごめん。
この張られている写真に対して、君は何故か目を向けないようにしてる気がしてさ」
立ち止まり、振り返ってこちらを見てくる。今までの堅物って感じの表情とは違い、口を尖らせている様は図星なのかもしれない。
「……別に理由なんてありません。私にとって、写真なんてどうでもいいです」
そう言いながら再び近づいてくる彼女は、どこか悲しそうな瞳のままで掲示板に近づいた。アクリル越しの写真に手を置き、穢れなきこの作品を見る彼女の顔はなぜか暗い。
「君のお姉ちゃんは“春野美玖”さんだろ? 俺、隣の席だからさ」
「! ――なるほど、だからですか」
そういえば言うのを忘れていた、とばかりに自分と春野美玖さんの関係を話す。何故か納得したような仕草をすると、再び睨み据えたまま俺から離れていった。
「私の姉がよく話しますよ。……面白い男の子がいるって」
ああそうか、美子ちゃんは俺が“女たらし野郎”って事は知ってても俺の交友関係自体は知らなかったのか。――って、春野さんが俺の話題を家で話しているだと?
「へぇ、そうなんだ」
内心滅茶苦茶喜びながらも、ここでそれを表に出せば気味悪がられること間違いなし。そもそも前提としての好感度が低そうな彼女には、なるべく失礼の無いよう接しなければ。
「姉がその人の話題を出し過ぎて会う前から毛嫌いしてましたが……良かったです」
「そ、その言い方だと俺なら嫌っても良いってなら気がするんだが」
やはり春野さんと似た声で“嫌い”とか言われると精神的ショックが計り知れない。が、平然としながらも少しだけ落ち込んでいる俺の顔を見た美子ちゃんは出会ってから初めて表情が和らいだ。
「……流石に冗談ですよ。いつも姉と仲良くしていただきありがとうございます」
――はは、笑った顔が彼女そっくりだ。
感謝の言葉を贈られ、俺も頭を下げれば美子ちゃんは再び背を向けた。結局の所、春野さんの写真をあまり見なかった理由も分からなかったが、いつの日か分かる日が来るだろう。
「言っておきますが、姉に対して下品な行動を取れば必ず紙面に乗せますからね!」
最後の最後にそう言い残し、美子ちゃんの姿は遠くの生徒達の波へと消えていく。俺もそろそろ教室に向かわねば。張られてある“向日葵の絵”にその背を見送られているような感覚のまま、この場を後にした。
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「――さて」
もう何度目になるだろうか? 深夜というに相応しい時間帯、これからの自分に関わってきそうな内容を一人で考えるタイムの始まりである。特段理由も無いのだが、こうして勉強机とベッドを行ったり来たりすると脳が活性化して色々と捗る……気がしている俺は。
「そういや御崎姉の説明見てなかったな」
気になる事があったので説明書を見てみれば、一週間ほど前に現れた自分の姉が追加されていた。既に知っている内容ばかりだったが、誕生日が4月1日なのは何とも彼女らしい。
「いつの間にか説明が増えてるし、これからもちゃんと確認しないと」
呟きながらパラパラと他のヒロイン分も見てみるが、他の部分は特に変わりない。が、やはり気になるのは“この人”の説明文。
「城花先輩――「彼女の本性を知ることは誰にも叶わない」か」
演劇部で活躍している彼女が故の内容とも受け取れる。しかし俺には何かが引っかかり、剝がそうとしても剥がれない。頭の中でもやもやとした妄想を浮かべながら少し上を読めば、そういえば彼女の誕生日が明日ということに気づいた。
「何を渡すかは既に決めてるけど……喜んでくれるかな、あの人」
まあ十中八九大喜びしそうではあるし、もしかすると“本性”を知れるかもしれない。明日、そんな彼女に会った際の事を考えながら物思いにふけていると、机の上に置いた時計の短針が“12”を指した。
「お」
日付が変わって9月9日になる。土曜日である今日は部活動中にみんなとの日常を送れるわけだが、今はそんな事よりも……
「やっぱりだ。彼女の名前が、追加されている」
説明書を捲り、先ほどまで隠されていた部分に“春野美子”という名前と説明文が追加されていることを確認。初めてこれを見た時から書かれていた「後輩」枠は美子ちゃんで確定だろう。
「……ただ、そうなるとやはりおかしい」
ぽつりと言い放つ。彼女の詳細な情報が知れることの喜びもひとしおに、ますます深まる“この世界”の秘密に俺は頭を抱えた。
(“春野美子”は“春野美玖”の妹……それは、彼女自身が言っていた紛れもない事実)
(あのあと春野さんにも確認したら笑顔で首を縦に振ってくれたしな)
学校での出来事を思い返せば、どう考えてもあの二人が姉妹なのは間違いない。だがしかし、ならばなぜ美子ちゃんだけがヒロインという立ち位置に存在するのだ? イレギュラーなのは一体どちらか。というよりも、これまで春野さんとの間にあった様々な出来事を繋ぎ合わせれば、こういう言い方も出来るだろう。
「なぜ――春野美玖さんはモブキャラクターなんだ?」
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