第55話 美しき彼女へ
――宮田 御崎が家に住み始めてから、一週間が経った。
「朝だよ~」「ああ、もう起きてる」
最初はどうなる事かと思ったが、少しすれば人間慣れるものらしい。
殆ど毎朝やってくる姉からの進行も楽に対処できるようになってきた。
「いつになったらわたしの誘いに乗るのかなぁ?」
「御崎姉が早朝に来なくなったらかな」
「景人が攻めってこと!?」
バカ言うな。……まったく、俺の隣にある空き部屋を使わせたのは失敗だったか。ベッドから出て姉を回避すると、恐らく既に起きてるであろうかなめの所に行く。
「部屋入るぞ、かなめ。今日は俺と一緒に登校するんだろ?」
一応数回ほど扉を叩いてから開ければ、そこには携帯をいじる妹の姿。学校へ行く準備は済んでる様子だが、まだ姉とお揃いのパジャマ服だった。
「先にご飯食べといて! あとでリビングまで行くから」
こちらに視線を向けることなく伝えてきたかなめに、俺も無言で扉を閉じる。
(……かなめの奴、一体誰とメールをしてるんだ?)
人間とは、一度気になってしまえば頭からそれが離れない生き物。姉と共に朝食を食べながらも、常に俺はそのことを考えていた。
登校の時間となり、かなめと外へ出た際に俺は聞く。「教えてくれ」と。
「美子ちゃんって言うんだけどね、すっごく優しくて可愛いんだよ」
「今日は早くから学校に予定があるから一緒に行けないらしくて」
意外にもあっさり教えてくれた。“美子ちゃん”……か。聞いたことのない名だ。
つい最近ヒロインの御崎姉が来たわけだし、その子はただのモブなんだろう。
つまりは春野美玖さんと同じ。そう考えても良いと思われる。
「あんまり夜更かしをしないようにな……うちの姉みたいに」
「ミー姉は反面教師!? いや、確かにそうかも……」
***
「――それじゃあ、私はあっちだから」
「おう」
学校へと到着し、下駄箱にて別れる俺とかなめ。靴を履き替えて校舎に入ると、俺は教室ではなく“とある場所”に向かった。
まあ正確に言うならば教室へ向かう道中にある、長い廊下の掲示板が目的の場所。様々な部活動情報や校内新聞、よく分からん広告が飾られてる中に――
「って、お前らもう来てたのか」
普段ならば目を凝らして掲示板を見る生徒など少ないが、今日は一部に人が居る。理由は明白。今日からこの掲示板には、部長である春野さんが撮った写真が張られているのだ。
「同じ写真部として、この日を心から待ち望んでいたよ……ふぁ」
その言葉通りなのか、珍しく寝癖を付けているセンリは掲載された写真を見ている。最後に小さな欠伸が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか?
「休み時間に行ったら落ち着いて見れないし、あたし達ならこうするっしょ!」
早朝だと言うのに相変わらずだなお前は。俺とセンリにもちょっと分けてほしい。
隣で元気いっぱいの可憐を尻目に、改めてしっかりと作品を確認する俺。
もう部室の方で何度も見た“向日葵の写真”だが、ここだとまた違った味になるな。窓から入ってくる陽の光に照らされ、どこか神々しさすら感じてしまう。
他愛無い会話をしながら数分ほど経った頃だろうか。三人揃って眺めていたが、ふとある事に気づく。
「そういえば……春野さんはまだ来てないのか?」
部員たちで顔を見合わせ、我らが部長の姿が無いことに疑問を抱いた。彼女ならば誰よりも早く来るような気がしたのだが、まあこんな時もあるか。
「そんじゃーあたし達は先に教室行っとくよん」
「この前みたいにチャイムが鳴るまで廊下に居ない様に、ね」
最後の最後にセンリから痛い所を付かれつつ、この場を後にした二人に手を振って背中を見送る。彼女の言う通り時間ギリギリまで見ているつもりは無いが、せめて、この誰も居ない“今”、視界に納めておきたいのだ。
「――あの、すいません」
「!」
目の前にある写真に意識を集中させていたからだろうか。背後から聞こえた声に対し、俺は一拍遅れてその存在に気づく。
もしかして邪魔だったかという考えと共に振り向く前に、彼女の声がとても耳馴染んだ声という事にも気づいた。
「ああ、春野さんおはよ…………う?」
俺は振り返る。後ろにいる好きな女性に、朝の挨拶をするために。特にその行為に対して違和感を持つこともなく、自然と笑顔で彼女の方を見たのである。
「わたしの名前を知ってるんですか?」
そこにいたのは、春野さんではなかった。声やその雰囲気は似ていたものの、“春野美玖”さんや“櫻野美加”のような穏やかだったり活発的な印象ではない。むしろ――
「何故、そこまで嬉しそうな顔をしているんですか……少し引きます」
「まあそれは置いておいて。貴方がそこを動かないと、新しい新聞が張れません」
「速やかにその場所から下がってください――先輩」
超絶お堅い毒舌一年生ってところだ。春野さんと似た声で罵倒された俺のハートは破裂したような、逆に新しい世界へ行くような、そんな気持ちを纏いながらの初対面になった。
「もしかして君は……」
「新聞部副部長の“春野美子”。
貴方の行いは、前々から記事にしたいと思ってましたよ?」
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