第54話 宮田御崎と5人のヒロイン [後編]
休み時間。いつもの俺ならば、次の授業を準備しながらトイレでも行くのだが……。
「な、なあ! 廊下からお前を呼んでるあの人って、彼女なのか?」
「違う」
「パジャマ着てるんだけど、もしかして知り合いだったり……?」
「残念ながらそうだ」
今日は同級生からの質問攻めにあっている。理由は当然、“彼女”のせいだ。
「景人ったら、随分とモテモテだねぇ~。男にも女にもさぁ」
「だ、誰のせいだと思ってんだ……っ」
なんとか人混みを抜け出し、廊下にて俺を呼んでいる姉の元へと向かう。
こちらの苦労を知ってか知らずか適当な事を言い、頭を撫でてきた。
……そういや、ヒロインから甘やかされるって経験はそこまでなかったな。
「ってそうじゃない。もう用は済んだのか?」
頭上にある手を払いのけ、何やら一仕事終えた感を出す御崎姉に問いかけた。
こっちとしては、春野さん関連でも姉に聞きたいことはあるんだが。
「終わった終わった! あとはねぇ、景人と帰るだけかな~」
教室の方で盛り上がってるクラスメイトから離れるため、とりあえず廊下を歩く。
とはいえ今日最後の授業である三時間目まであと少し。束の間の休息である。
「――おや、これは奇遇だね」
と、行く当ても無しに進んで購買近くの大広場に着いた俺たちに声をかける人物。
振り返らずとも雰囲気で察し、姉と一悶着ありそうだと危惧しながらも後ろを見た。
「少し前から噂は耳に入ってるよ……宮田景人、そして横の方が――「御崎でーす」……むっ」
クールイケメン美少女である西園茜璃にも変わらずの態度で接する御崎姉の胆力よ。
突然肩を引き寄せられたセンリは一瞬驚いたが、すぐにいつも通りの表情に戻った。
「あー、勘違いしないでほしいんだが、この人は俺の姉だからな」
可憐や千代みたいな事にはならないよう、なるべく早めに正体を明かしておく。
まあ正直センリが相手ならば、彼女が誰だろうとあまり関係はなさそうだが。
「キミの性格とは随分違うみたいだね……いや、ある意味一緒だろうか」
え、どゆこと。
「ここで会ったのも何かの縁でしょうか。姉上様に、この花を」
「んあ? おーありがとねぇ――“サザンクロス”かな。これは」
先ほどよりも驚いた顔を見せたセンリは、御崎姉が言った花の名前に対して頷いた。
……案外、花が好きって事か。いやそれとも、俺の姉は何でも知ってるのかもな。
「YES。ボクがあげたその花の言葉は“願いが叶う”。――それでは」
そう言い残し、センリは、何やら意味深っぽい言葉を残してこの場を去ろうと……。
「ちなみにもう少しで授業が始まるよ」
「あ」
俺の耳元で囁かれた悪魔のような天使のような忠告とほぼ同時に、チャイムが鳴る。
何故かぼーっと花を見てる姉を気にしながらも、俺は急いで教室へと戻るのだった。
***
「――ってことが授業前にあってさ、色々大変だったんだ」
別に自分の忙しさを自慢するつもりは一ミリも無い。無いんだけども。
「あはは、だからあんなに急いで教室に入って来たんですね」
こうして春野さんが笑ってる顔を見れるのならば、いくらでも忙しくありたい。
「そう! なのに、俺の姉と来たらこういう時に居なくて……」
下校時間になり、穂乃花も千代も部活に向かったことで俺の周りは春野さんだけ。
今日はオフということで、二人して帰りの準備をしながら他愛無い会話を続ける。
「――あ、そうだ。春野さんの例のヤツ、張られるのは一週間後だって?」
「はい。本当ならもう少し早い予定でしたが、学校側の事情で遅れるそうです」
一体理由は何なのか。俺が先生に聞きに行くってのは野暮なのかもしれない。
春野さんも気にしてないようだし、とりあえず今はこっちに意識を向けよう。
「そうだ春野さん。校門までだけど、良かったら一緒に帰らないか」
「…………?」
俺の問いかけに、春野さんは無反応。というよりも少しだけ困惑したような表情だ。
あれ、ミスった? 俺なんかが春野さんと一緒に帰る事がおこがましか――「当然です」……った。
「言われなくても、私は宮田くんと帰るつもりしたからっ」
え、天使がいるここに。
「――そういえば、今日面白い人と会ったんです」
少し人の気配が少なくなった校舎内で、春野さんは笑いながら話を始める。
どうやら一時間目が始まる前、職員室の帰りに遭遇したそうだ。
うん。なんとなく察しは付いてるんだけども、嫌な予感しかしない。
「もしかしてだけどさ、その人って……パジャマ着てなかった?」
「あ、着てました! なんというか、本人もそこで気づいたみたいで……」
やっぱうちの姉だわ。パジャマで学校に来るのはうちの姉くらいだわ。
「あー、多分その女性、俺のお姉ちゃんだと思う」「えぇっ!」
心の中で頭を抱えつつ、春野さんの話し方的に悪印象は与えてない事を悟る。
……って、噂をすればなんとやら。下駄箱で待ち構えてたのか。
「あーれー? わたしの弟と数時間前に友達になった子が一緒にいるねぇ」
わざとらしく俺たちを呼んできた。まぁ、今日は三人で帰るとするか。
下駄箱で靴を履き替えながら御崎姉と会話を弾ませ、いざ校門へ。
「おっと! 可愛い後輩たち……と、そちらの女性は誰だい?」
待ち構えてる人第二弾。なんで門の前で仁王立ちしてるんですか、城花さん。
話を聞けば最近この辺に不審者が出るらしく、率先して生徒の帰宅を見てるらしい。
頼りになり過ぎる先輩だこと。この人がいれば何も心配が無いように思える。
「この子の姉でこの子の友達やってまぁす」
突然頭を撫でるんじゃない。そして春野さんを親友と表現するんじゃない。
「……あんまり、生徒じゃない者が校内に入るというのは控えるべきなんだけどね」
「それは失礼。用も済んだから、これからはこの学校に来ることは無いと思うよ~」
突如悪くなる雰囲気。というかこの二人が纏うオーラに俺と春野さんたじたじ。
なんかこのままバトルでも始まりそうで、一体どうしたと言うのだお姉さん方よ。
「…………」
「…………」
「…………帰ろうか二人とも。なるべく早く、ね」
先ほどまでのほんわかな時間から、彼女達が変えたこの流れ。
無言の時間から、最初に口を開いたのは御崎姉だった。
「――気を付けて帰るんだよ」
城花先輩に会釈をして、門を抜けると俺たちは二手に別れる。
正確に言うならば宮田姉弟と春野さんが、それぞれ別の道へ行ったという事だ。
そしてだからこそ、城花先輩が最後に呟いた言葉が――
どちらに向けていったのかは分からなかった。
***
「景人」「なんだ?」
結局のところ、行きも帰りも御崎姉と一緒だったな今日は。
午前で学校が終わった事もあり、まだ太陽は上に昇っている。
額に滴る汗を拭きながら、姉の口から語られる話をただ聞いた。
「――もう知ってるかもしれないけどねぇ、一応忠告しておくよ」
自分たちの家へとたどり着き、昨日から渡している合鍵で玄関の扉を開ける御崎姉。
俺は写真を撮りに行く予定なので、荷物を置いたら出かけるつもりだった。
「あの子には」
御崎姉は手を伸ばし、俺から荷物を受け取った。それは助かる、助かるけど――
「あの子には気を付けてね。 ……それじゃー行ってらっしゃい」
“あの子”とは、一体誰の事なんだ。
聞く暇もなく閉じられた玄関をみつめて、俺は人知れず考えた。
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