9月
第53話 宮田御崎と5人のヒロイン [前編]
9月1日。夏休みが終わり、色々あった八月を乗り越えた俺の生活は――
「けーいーとぉ。早く起きないと、えっちな事しちゃうよ~?」
いきなり貞操を奪われる危機に晒されていた。
「ま、まて! もう目は覚めて……って、まだ6時かよ」
耳元で囁かれた言葉に驚き、勢いよく飛び上がった俺に知らされる真実。
普段よりも一時間ほど早い時間に目覚めたことに嬉しさ半分悲しさ半分か。
「お姉ちゃんってば、いつもこの時間に起きるからさぁ。
かなめも寝てるから暇で来ちゃった」
……と、パジャマ姿でぼさぼさの髪をした女性は明るく言い放った。
「景人はコーヒー飲むっけ?」
「飲むけど今はいいよ。顔、洗ってくる」
宮田御崎。昨日、突如として家にやって来た俺とかなめの姉である。
まあ正確に言えば突如ではないか。かなめとは
「あれ、鞄の中にある教科書少ないね」
「今日は午前授業で終わるからな」
性格はマイペース……というより謎に近い。俺でも全てを把握するのは不可能だ。
説明書によると年齢は二十歳のようだが、色んな意味でそうは見えない。
「昨日も言ってたけどさ、本当に一緒に行くのか? ――えっと、姉さん」
「うん。景人の学校に予定があってね。あと、その呼び方辞めてほしいなぁ」
そして、本人の口から語られたのは“短期的な居候”ということ。
9月~10月までの約二か月間をこの家で過ごし、再び出ていくらしい。
一体どこへ帰るのか? 前の俺が知ってるであろう情報故、俺はそれを聞けないが。
「昔みたいにさぁ、“お姉ちゃん”って呼んで!」
「いやだ」
こうやって身体を密着させたりする行為も、姉という家族の特権なのだろうか。
たった二ヶ月の短い期間だが、それだけに他の子よりもアプローチが過激も過激。
まだ24時間も経過してないのに、いったい何度の破廉恥展開があったんだろう。
「拒否するのはダメだよぉ! 断ったらおっきい声で泣いちゃうよっ!」
「その声がもう既にうるさくなってるんだが!?」
近所迷惑になりかねないので止めようとする俺は、気配に気づいて前を見る。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、うるさいんだけど……?」
***
「――って事があったんだよねぇ。いやぁ、怖かった怖かった」
「そ、それは大変でしたね……」
珍しく困惑の表情を見せる彼女に、俺は隠れて笑みを浮かべる。
いつも通り穂乃花と登校してるわけだが、今日は姉も同伴体制。
両手に花と言えば聞こえはいいものの、片方の花には変な棘が生えてるぞ。
「わぁ。あそこにある駄菓子屋懐かしい~! ちょっと行ってくるね」
「……俺たちは先に向かっておくからな。
お姉ちゃんとは呼ばずに、ぎりぎり妥協してもらえる呼び方がこれだった。
俺の返答を聞かずに駄菓子屋へ向かった姉を見送り、次は穂乃花へ視線を動かす。
偶然、目が合った。
「久しぶりに会ったけど、相変わらず元気なお姉ちゃんだね……」
「あれで成人済みなんだから困ったもんだ」
俺と穂乃花は苦笑いを浮かべながら歩みを進める。
幼馴染という事もあり、穂乃花は宮田御崎という人物とは既に知り合いだった。
恐らくこれから会う彼女達を前に、説明せずとも理解してる穂乃花の存在はでかい。
「9月に入って早々大変な事になりそうだが、せめて穂乃花は――」
「?」
「癒しであってくれよな」
先の事を考え忙しくなることを察した俺は、何の気なしに穂乃花の頭を撫でる。
姉と同じロングヘアー。しかし、こちらの方が落ち着く髪質だな。
「っ!? ……景ちゃんも相変わらずだよね、ふん」
「え、なにが」
***
「おはーっ……ん、んー? 宮っちとナナちゃんと、そこのネーサンは誰かな」
学校に到着し、下駄箱にたどり着いた俺たちを待ち構えるは一人の女性。
まあ可憐なんだけど。たまにここで会って、一緒に教室近くまで行ってるのだ。
「あぁ、この人は俺の――「昨日から景人と暮らしてる者だよ~」……おい」
言うと思った爆弾発言。ほら、穂乃花とは違った意味で困惑してるぞ可憐が。
自由気ままな姉を叱ろうとする俺を尻目に、気を利かせた穂乃花が彼女に説明する。
「えっと、あの人は景ちゃんの大事な家族で、同じ部屋で寝てる人で――」
いや合ってるけど説明の仕方よ。それ絶対勘違いされちゃうと思うんだが。
「ナルホドネ! てことはこの人が宮っちのオネーサンなわけっしょ!」
いやなんで分かったの? 理解力高すぎてむしろ怖いんだけど。
「はいはいそうで~す。景人の姉、宮田御崎だよぉ」
「さっきと比べてテンションがた落ちっスね……よろしくっス」
俺のお叱りで多少は懲りたのか、比較的まともに挨拶をしてくれたようだ。
とりあえずこれで可憐も知ってくれたし、なんだ思ったより苦労はしなそうかも。
「……あ、聞くの忘れてた。結局、御崎姉は学校に何の用があるんだ?」
「それはまだひ・み・つ。とりあえず職員室行ってくるねぇ、ばいば~い」
ふらふらとした足取りで、職員室がある別棟の校舎へと入っていく。
一体何の目的かは不明のままだが、何だかんだ彼女も真面目な時は真面目だろう。
……多分。
***
「あれ? 春野さんは?」
教室に入って着席し、一息ついて前を見る。二つ前の生徒の背中が見えるだけだ。
春野さんの隣、つまり俺の斜め前に座っている穂乃花も不思議そうな顔をしている。
「……さっきまで居たけど、先生に呼び出されてたわ」
「ああ、そうか。ありがとう千代」
クラスでも毎回一番早く登校する、学級委員長の山村千代は小さく呟いた。
俺の隣に座る彼女の横顔はもう見慣れたものだが、ふむ、何か違和感があるような。
「千代? お前、いつもより目つきが悪――ぐふっ!」
着席した状態から飛んでくる正拳突きは俺の脇腹に勢いよくヒット。
当初と比べると威力もスピードも上がってるじゃないか。俺じゃなければ死んでた。
……という冗談は置いておき、やはり普段よりも正確さは失われている気がする。
「――前から居るのなら、もっと早く言いなさいよっ」
「な、なにを?」
こちらを向いた千代の瞳には、うっすらと涙が見える。不謹慎だがとても綺麗だ。
しかし、俺の知る範疇では彼女を泣かせるような事は行ってないはず。
「さっき下駄箱で聞こえたわよっ! あんたにはもう、一緒に暮らす人が――」
あーなるほどね完全に理解した。穂乃花この野郎め。
チラリと前を見るが、穂乃花は口笛を吹きながらわざとらしく授業の準備中だ。
とりあえずあいつに対する罰は後にして、千代自身も早とちりしすぎである。
「まーまー落ち着け千代。それ多分、最初の部分だけ聞いて終わったんだろ?」
「そ、それがなによ。
あの場所にずっといたら、あんたの口から聞きたくない言葉が聞こえそうで……」
んー可愛い。普段は秀才なのにこういう所で勘違いしちゃう系女子、一生愛したい。
ただこのままの状態で放っておくのは流石に可哀想なので、真実を教えてあげよう。
全てを知った時にくる攻撃は、さっきよりも強烈かもな……はは。
―――――――――――――――――――――
“もう少しで授業が始まる”。そんな焦りが故に、本来はいけない事と分かっていながらも廊下を走る。ほんの少しだけ、直線距離にして約10mもない廊下を駆けて、曲がった瞬間に二人は出会った。
「ご、ごめんなさい! 怪我はないですかっ!?」
いや、出会ったという言い方は語弊がある。ぶつかった、という方が正しいだろう。廊下を走った少女――春野美玖と、音もなく曲がり角から現れた女性――宮田御崎は顔を見合わせる。
「……いや、大丈夫だよ~。わたしの方こそ、いきなり出てきてごめんねぇ」
真摯に謝る春野を見つめながら、自身の身体に怪我など負ってない事を両手を上げて証明する。……そういえばパジャマで学校に来てしまったことを、今更ながらに気づいた。
「あ、でも一つだけ教えてほしいんだけどさ」
「職員室は何階にあるのかな?」
当初の目的である職員室の場所を、別に彼女に聞く必要はない。廊下や玄関にある地図を見ればいい事は理解していながらも、もう少し読む時間が欲しかったのだ。
「えっと、ここから階段を上がって三階の、突き当りにあります」
「そっかぁ! ありがとね、それじゃあばいばい」
「あ……はい。先ほどは失礼しました――では」
今度は走らないよう気を付けながら、早足で自分の教室に向かう春野。そんな彼女を後ろから見据えつつ、御崎もまた職員室へと足を動かす。
(春野…………読み方は“ミク”かな?)
彼女が持っていたプリントに書かれていた名前を心の中で復唱しながら。
(偶然だったけど成程ねぇ。あの子が、景人の言っていた――――)
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