第52話 “お姉ちゃん”

「――あんた、さっきから何ニヤニヤしてんのよ」


「断じてしていない。断じてな」

隣を歩く彼女からの毒に対し、飄々とした態度のままに歩き続ける。

まあ正直に言えばニヤニヤしてるんだけども、思ったより顔に出てたか。

「久しぶりに私と帰れて嬉しいのかしら?」

「ああ、それもある」


山村千代は途端に顔を赤らめ始めた。まさか正解だとは知る由も無かったんだろう。

照れ隠しで蹴りを入れてくるが、かなめと比べれば痛みはそこまで強くない。

「そういうお前こそ、久しぶりに一緒に帰れて喜んでたろ」

「う……それは、確かにあんたから誘われたのも一か月ぶりくらいだし――」


図星の千代を横目に、俺は家に帰った後を想像して一人笑みが止まらずにいた。

何故ならば今日はとある代物……ずっと楽しみにしていた限定プリンが冷蔵庫に!


「さっきよりも変な笑い方してるわね。捕まらないように気を付けなさい」

「俺どんな顔してんだ?」


この世界に来てから出会ったのだが、今ではすっかり俺の大好物になったのである。

そして昨日の段階で買っておいたその限定の味を、帰宅後に楽しむため取っといた。

「あら、もう分かれ道ね……」

普段よりも軽い足取りが影響したのだろう。ふと気づけば千代と別れる交差点に。

どこか寂しげな表情を見せる彼女に「また明日一緒にな」と告げて家へと帰宅する。


俺が笑みを浮かべてた理由は三つあった。

一つは例の限定プリン。二つは千代と帰った事。そして三つ目は、写真部で――


***



「ただいま」

謎の緊張感を持ったままに玄関を開け、息もつかせぬスピードで洗面所行く。

ちらりと靴置きを見れば見知らぬ靴があった。妹が新しいのを買ったんだろう。

「ん?」

手と口を洗いながら何気なしに気づいたが、歯ブラシが三本刺さってるじゃないか。

かなめが買った……のかね?少し違和感を覚えたものの、今はそんな事置いといて。


「これを食べるのを楽しみに今日を生きてきたぜっ」

年甲斐もなく語尾に“ぜ”なんて付けながら、意気揚々と冷蔵庫の前に立つ。

そういえば妹の姿が見当たらないな。トイレかシャワーにでもしてるんだろうか。


ま、そうと決まれば先に食べておこう。兄妹で買った二つの内、一つをな。



――と思っていたのだが。


「あ、あれ? ……どこにもない――!?」


冷蔵庫の中をいくら探しても見つからない。それも両方とも。

もし妹がこっそり食べても、あいつなら後々で正直に俺に伝えるはず。

ということは俺とかなめ以外の誰かが……いや、それもおかしい話だ。

(仮に誰かが侵入してたとして、プリンだけ食べて終わるか? 普通)

周りを見ても荒らされた形跡はないし、違和感も特に――あっそういえば。



「見知らぬ靴と、見知らぬ歯ブラシ」


俺が口を開いて言葉を発する前に、背後から聞こえた声が同じ内容を呟く。

ヒタリと裸足が床を擦る音が鳴れば、振り向こうとする俺の視界がブラックアウト。


正確に言うならば両の手が目を隠したのだ。とても冷たい、そんな手が。



「わたしが誰か、分かるよねぇ」


ごめんなさい知りません。……なんて言える訳もなく。

突然始まった人物当てゲームに挑戦する俺に対し、手の主は耳元で囁いた。

「あぁ~ごめんねっ。適当に漁ってたらさぁ、あったから」


成程。俺が大切に取っていたプリンを食べた犯人はこの者で確定だな。

勝手に食われた怒りは一先ず沈めつつ、冷静に誰かを当てることにしよう。

「…………一つ質問しても?」 「ん~? いいよ」


が、しかしだ。はっきり申し上げると、俺が後ろの人物を当てるのは不可能に近い。

声色的に女性である事は確定してるが、今まで聞いたことの無い女性なのである。

十中八九新しいヒロインと察することは出来ても、当てることはまず無理ゲーだ。

「あなたが食べたプリンは、何個だ?」

「一つだけだよ。美味しかったなぁ~黒ゴマが入っててさぁ」

だから、で当ててやる。こういう状況は何度か経験済みだぞ。


「……もう一つのプリンは食べなかったんだな」

「え?? 冷蔵庫の中、一個しかなかったよ?」

ふむ、繋がってきた。この人物が誰なのか……もう少しで分かる気がする。

いやそれよりも、こういう言い方をしたほうが得をするかもな?


「どっかに隠れてるんだろ? かなめ――悪い妹だなお前は」


眼は変わらず暗黒に包まれている。しかし、クローゼットの方で大きな音がした。

もし違っていたらただの恥ずかしい奴だったが、どうやら正解だったようである。

「わぁすっご~い! 何でかなめが居るって分かったの~?」


普段ならば帰宅してる時間帯に居ない時点で、おかしいと思ってたんだよ最初から。

妹はグルか、はたまた妹が全ての元凶かは分からないが――これで何となく察した。

「もういいよミー姉……まだ目隠ししてるけど、多分もうバレちゃってるし」

「あはは。だって今かなめも言っちゃったもんねぇ、わたしの名前」


覆いかぶさっていた手が解かれ、無機質な冷蔵庫が目前に映し出される。

数分ぶりに光を見れた。ただ本音を言うならもう少しあの手に包まれて……おっと。


「ごめんねお兄ちゃん……ミー姉が来たから、間違えてプリン出しちゃって」

恐らくだが、かなめは学校から帰った時点で先に自分の分を食べたんだろう。

そして俺の帰宅前に“ミー姉”とやらが来て、俺用のプリンを出したという感じか。

そのあとこうして目隠しさせ、人物を当てさせる方に流れを動かした――と。

「そういう事なら仕方ないさ。久しぶりに来たもんな」


成長したじゃないか、かなめよ。お兄ちゃん嬉しいぞ。



「ちょっと~、わたしを置いて愛でるのはずるいじゃん」


妹の頭を撫でていると、件の女性は頬を膨らませながら俺に近寄ってくる。

背丈は俺とほぼ同じ。妹とは似た顔立ちだが、目の下にある隈が凄いぞ。


ま、ここからは本人の口から語ってもらうとしよう。



「一年ぶりだけど、変わらない目つきの悪さっ。そこも好きだよ」


「ようやく面倒事が終わってさぁ、久しぶりに三人そろったねぇ」


どこか謎な雰囲気と、お団子頭の妹と真逆のロングヘアーを携えた女性は言った。



「さてさて、今日からは存分に――この宮田 御崎みやた みさきに甘えてきなさい。弟よ」

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