第51話 夕焼けと向日葵

「さて、どれにしたもんか……」

俺は数枚の写真を勉強机の上に置き、人知れず考える。

どれもこれも個人的に好きな写真なのだが、決定するのはこの中で一つだけ。


選りすぐりの精鋭から一枚。決め難いが……うむ、これにしよう。

来たるべき8月31日に行われる写真部の集まり、そこで出す写真はこれだ。


「それにしても、久しぶりに全員が集まるな」

部屋の電気を消してベッドに倒れこんだ俺は、明日の事を考え微笑む。

写真部として学校に行ったのも二週間ほど前だし、最早懐かしい。

と、そんな事を思いながら瞳を閉じて明日への想いを馳せ眠ることにした。



―――――――――――――――



「全員集合ーっ! いや~久しぶりだネ、主にあたしのせいで!」


放課後に部室へと集まったところ、どうやら俺が一番最後だったらしい。

扉を開けるや否や明るい可憐の声が耳に入ってきたわけだが――

「お前ちょっと肌が焼けたんじゃないか?」

「それ、他のみんなにも既に言われてるよん」

ここ数日間、実家に帰ってるとかなんとかで登校していなかった可憐に言う。

日焼け止めを塗ってなかったのか、まあ褐色ってのも似合ってて良き良き。


他より少し長かった夏休みを終えた可憐を含め、この部室には四人いる。

俺、可憐、センリ、そして何より春野さんだ。今日も最高にカワイイ。

「時間は限られているよ……宮田景人も揃った今、早速始めようじゃないか」


中央に置かれた椅子の内、一席に座っているセンリは俺たちに座るよう促した。

ボブカットだったその髪型は、いつの間にやら肩下まで伸びて女性的に見える。

ま、可憐以外の二人は夏休みが終わったここ数日の間に会ってるんだがな。


「そ、そうですね。それじゃあ皆さん、用意してる写真をここにお願いしますっ」

我らが部長の春野さんが言い放つと、俺たちは言葉を交わさず懐から取り出した。

勿論それは写真。それも、この夏休みの期間中に撮ったという限定のやつ。

一体何のために提出をするのか? その理由は簡単だ。


今日、この四人の中で選ばれた一枚は九月の間学校の掲示板に載るのである。

それも大々的に。これは写真部員のプライド的に負けるわけにはいかない。


「へっへーん! あたしはコレだよ、チョー自信作!」

そう言い放ちながら、可憐は椅子で囲われた机に堂々とそれを置く。

これは……なるほど。前のお泊り会で撮ったやつだな?

「ふむ、いつぞやの勉強会で撮ったものかい?」

ああそうそう勉強が目的だったな。そのあとが印象に残り過ぎて忘れてた。


「そーそー。あたしと、宮っちと、ナナちゃんが勉強してる所を撮ってもらった!」

どうやら俺の妹に撮ってもらっていたようだが、正直全く気が付かなかったぞ。

そもそもこれは可憐の写真という判定でいいのだろうか。春野さんに任せるけど。

「自分が被写体になるのは少し恥ずかしいが、俺は結構好きだぞ」


……まあ撮った角度や位置、タイミングなんかは可憐が指示したようだしセーフか。

「すっごくいい写真ですね! 夏休みの、学生らしさが出てて――」


ほら、春野さんもこう言ってる。


「私も、行きたかったな」


! 小さくぽつりと呟いたその言葉。隣に座っている俺には、確かに聞こえた。

そうだ。この写真に写ってるのは三人。皆にとってはそれが当たり前の世界。

しかし俺だけは覚えている、彼女も同じく泊まっていたという事実を。


「なら次はボクが提出しようか。順番的にはその方がいいだろう?」


消されてしまった春野さんとの思い出。闇野は“神様”が修正をしたと言っていた。

「ナニコレ!? 満月を背にセンちゃんが……」

そして、俺は一度でもその“神様”に会っている。だがそれが誰かは分からない。

「ワイン? を飲んでる写真、かな。す、すごい独創的だね」

つまり今の俺が課せられている目標。それは“神様”の正体を見つけ出すこと。

「飲んでは無いよ。流石に未成年だからね、グラスに口を付けているだけさ」

全ての真相を知るためには、まずそこを解決し――「宮田景人」……んっ。


「ぼーっとしているけど、次はきみが見せる番じゃないかい?」


センリの呼びかけにより、三人から送られている視線にようやく気付く。

まあ、順番を考えれば副部長の俺の次に春野さんってのが一番正しいよな。

「あ、ああすまん。センリのやつが綺麗で思わず見惚れていた」

「! ……きみは本当に意地悪だね。そんなことを言うなんて」


俺は鞄の中で大切に保管していた一枚の写真を取り出す。

寝る直前までギリギリ悩んでいたが、これだろうと決意は既に固めてある。

正直言うと可憐のようにお泊り会の時撮った写真も考えていた。

穂乃花と行ったお祭り、千代とデパートで写した動物の可愛い写真も悪くない。


だが、俺が決めた一枚は――


「これは……海?」

「こっから結構先にある所じゃん! よく行ったね~」

「夕日が波の向こうで沈みゆく瞬間を捉えたんだね――素晴らしい」


三者三様の反応を眺めながら、俺は闇野の事を思い返した。

これは彼女との一件があった後に、再度向かって撮った写真である。

どうしても、忘れたくなかった。この海で消えた彼女の事を。


「まあ特に言うことも無い。何となく、綺麗な気がして撮りに行った」

「行動力あるね~あたしにも分けてほしいんだけど!」



「……とってもきれいです。私も、この場所に行きたいくらい」

――お褒め頂きありがとうございます。良ければ、春野さんも連れていきますよ。

それが叶う未来を信じながら、彼女の言葉に対して優しく微笑んだ。



「――で! 部長さまは、どんな写真を選んだの?」


気を取り直して最後の一人。可憐に追随するように、俺たちも春野さんに向き直す。

ハードルを上げているようで申し訳ないが、事実としてこの中だと一番“歴”は長い。

それに普段から色んな写真を撮るし、彼女はその全てが才能溢れるものである。

「ご、ごめんなさい。私は、今まで皆さんが出した奴よりシンプルというか……」


焦りながら慌てふためく春野さんが非常に萌える。ここを撮りたいんですけど。


「これ、です」


恐る恐る取り出して、机の上に置かれた一枚は……花だ。

一瞬センリが撮りそうだと思ったが、ああ、そういえばそうだったな。

「! 向日葵じゃないか。それもこんなに多い数、どこにあったんだい」

「センちゃんの反応速度すごっ」


櫻野も、向日葵が好きだった。よく俺が笑ってたっけ、名前が“さくら”なのにって。



***



「それじゃあ、只今から投票を行います。一番良いと思う写真を指差してください」

春野さんの声に合わせて、俺たちは机上に置かれた素晴らしい作品から一つを指す。

本音を言えば全員分のを張ることくらい簡単だと思うが、流石に顧問には逆らえん。


ということで投票が行われたのだが、薄っすらと全員が恐れていた自体が起こる。


「俺は春野さんの作品が好きだ!」

「ボクは東郷可憐に票を投じよう。日常を感じられて良い」

「あたしはセンちゃんかなぁ……悔しいけどセンス抜群っしょ!」

「わ、私は宮田くんに一票です。その、とても綺麗で美しくて……」



全員同票。


さてどうしたものか。これじゃ決戦投票も出来ないし、議論しても並行線を辿る。

「部長特権で宮っちのにする?」

いやそれじゃだめ……というか、お前たちが納得いかないだろう。

この夏休み期間に撮り溜めた中で一番の物を出したんだ。出来れば選ばれたい。

「ただ今日の間に決めなければ駄目なんですよね、春野さん」

「はい。でもこのままじゃ決めることが――「ちょっと待った!」……ひゃいっ」



「ここは部外者が決めるのも、また乙じゃあないか?!」


突如春野さんに声を被せ、あまつさえ自分を“部外者”と表現する一人の女性。

こういう時に来てくれるのは頼りになるけど、少々タイミングが良すぎます。

「城花先輩……演劇部の方は終わったんですか」

「たった今終わった所でね、偶然小耳に挟んだから事情は分かるよ」


彼女が出した提案に、俺たちはどうしようか悩む。が、春野さんの一声で確定した。

「城花さんが決めるなら大丈夫」そう言われれば俺たち部員に反論はない。


「ありがとう。……なるほど、確かにどれも素晴らしくて全て好きだ。けど――」

やはり春野さんと城花先輩は同じマンションに住んでるから仲が良いな。

羨ましいが、実際俺がその立場なら嬉しいより緊張が勝ってしまうかも。



「うん、決めたよ! 私が選んだ一番の写真は――」





「キミのだ」

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