第50話 Happy Birthday
……闇野暗子が消えてから、四日が経った。
あれから家に行っても当然姿は無く、ただただ空き家がぽつんとあるだけ。
知り合いに名前を出してみたが、当然誰も闇野のことを覚えていなかった。
「よし」
彼女を覚えているのは俺だけ。俺の心の中にだけ、彼女は残り続けている。
つまり、彼女が遺した謎を解き明かすことが出来るのも俺だけなのである。
ここ数日は部活が無かったこともあり、学校にも出向く機会は無かった。
それ故に考察する時間は幾らでもあったのだ。腐るほどに。
「最後にメモ書きしといて……と」
俺はノートに見開き2ページを使ってこれまでの全てを書き出してみた。
今の状況・目標・謎といった情報を書き、一人ブレインストーミング状態。
(やっぱり気になるのは“神様の正体”だ。 俺の知ってる人物なのは間違いない)
(後は、俺がたまに見る“謎の記憶”……これに関してはまだ何も分からないが)
そういえば闇野が言った「ケイくん」という呼び名。これも謎が残っている。
俺をそう呼ぶのはまだ分かるが、何で彼女がそれを――「お兄ちゃーん!」……。
「あ」
一階から聞こえる妹の声に、張り詰めていた空気が突然どこかへ消えた気がした。
まずい。もうそんな時間だったか。
「わ、なんか痩せた? 景ちゃん」
どたどたと階段を駆け下りて、玄関にて待ち受ける妹と幼馴染の顔を見やる。
かなめは毎日見てるけど、穂乃花に関しては
「久しぶりだからそう見えるだけだ。それにしても似合ってるぞ、穂乃花」
実際のところ俺は痩せた。多分ストレスとかの笑えない方が理由で。
しかしそんな事を言っても無駄なのではぐらかし、一先ず穂乃花の服に注目する。
「えー、そうかなそうかな! これね、昨日お母さんと買いに行ったんだ」
何故か羨ましそうな顔をしてるかなめに配慮しつつ、くるりと回る穂乃花。
とても煌びやかで、しかし派手過ぎない素晴らしい“浴衣姿”……である。
「対するお兄ちゃんはTシャツって、そんなんじゃモテないよ?」
やれやれといった表情の我が妹。が、俺にはこれで充分なのだ。
俺がこの世界に来て一番最初に来ていた服。ただの、無地の白Tシャツ。
特に愛着があるわけでもないが、不思議と落ち着くから構わない。
「――じゃ、行ってくる」
携帯財布を携えて、穂乃花と共に外へ飛び出す。とまではいかない勢いだが。
諸事情により行けない妹の分まで楽しむとしよう。夏休み最後の大イベント――
夏祭りに、な。
***
俺と穂乃花はお祭りが開かれている場所。……まあ通ってる愛恋高校なんだが。
そこへ向かう道中に他愛無い雑談をしていると、偶然にも城花先輩に出会った。
「おやおや、相変わらず仲が良いねぇ二人とも!」
「やめてくださいよ~明子さ――「おっと私はもう行かなくては!」……あれ」
祭りの法被を着ながら豪快に笑う先輩は、そう言い残して俺たちを置いて走り去る。
嵐のように訪れ、嵐のように去っていく存在だな。しかもあの恰好は……
「あの人、屋台の手伝いでもやるのか?」
「随分気合入ってたね、明子さん……相変わらず走るのも早いし」
二人揃って苦笑いしながらも、足を止めることなく歩き続けて約十分。
普段よりワクワクする夕刻の登校は、門の前に居る“奴”の存在で終わりを迎える。
「やあ。
祭囃子が聞こえる方へ自然と足を動かしていたら、ここにたどり着いたよ」
とか言いながら浴衣姿なのって突っ込んだ方が良いのか? 写真部の王子様。
「わー! センリちゃんの浴衣姿カワイイね!」
「褒めてくれてありがとう。朱色に染まったその浴衣も素晴らしいね」
「…………悪いな、センリ」
「?」
穂乃花に聞こえないほどの声量で、センリに小さく謝罪の言葉を述べる。
別に、約束なんかしてなかった。彼女がここに居るのも今初めて知った。
「――構わないさ。だけど、次はボクと過ごしてくれよ?」
しかし、俺と祭りを楽しむために待っていたであろうセンリを見過ごせない。
俺がハーレムを作る事を唯一把握している彼女には助けられることも多いな。
「あれ? 結局校内に入らず帰っちゃった……」
俺が軽く頷いたら、軽く微笑んだセンリはそのまま帰路へとついた。
月夜にも見える美しい浴衣が、暗闇の向こうでもはっきりと分かる。
「……まあそういう時もあるだろ。 で、まずはどの店に行きたい?」
気を取り直させた俺は穂乃花にそう問いかけ、指先にある店に視線を動かす。
俺も祭り自体は何年ぶりだろうか。ほんの少しだけ、幼い頃を思い出した。
祭りでしか食べられない“綿あめ”や“りんご飴”。
射的や金魚すくいを、ムキになって取れるまでやったっけ。
流石に今の二十歳過ぎ……というより高校生になればそこまで楽しめないが。
「まずはりんご飴買って型抜きやった後、射的で景品を絶対に取る!!」
「去年家族になった金魚もまだ元気だから、あの子の家族も増やす!!」
「外れの方にある隠れた出店にも行かないと! ね、景ちゃん!」
前言撤回。俺のすぐ隣にいたな、今現在でも子供心を忘れない人間を。
強引に腕を掴まれながら、手当たり次第に店を回っていく穂乃花と俺。
どこにそんなお金があるんだか……まあ、出せない分は払ってやるが。
***
もう少しで店の大半が閉まる。歩き疲れて、遊び疲れた俺はため息を零す。
当初よりも人が減り、今では耳に入る声も鈴虫の合唱にかき消されているようだ。
「今日は楽しかったね―……私、思ったよりはしゃぎ過ぎちゃった」
「なんだ、自分でも分かってたのか」 「さ、流石に分かるよー!」
校庭に向かう途中の石段に二人で座り、お祭りのことを思い返して笑い合う。
頭の後ろで聞こえる小さな喧騒とは打って変わって、ここはとても静かである。
……渡すなら、今か。
「穂乃花」
俺は真剣な表情で彼女と顔を見合わせる。こんなこと、初めてかもしれない。
普段はふざけ合ったり笑いあっているが、穂乃花も何か分からず首をかしげている。
お前、夏休みが始まる前に自分で言ってたくせに……まあいい。
「誕生日おめでとう」
家を出た当初からポケットに忍ばせていた小型の箱を取り出し、穂乃花に渡す。
彼女が欲しいと以前言っていた物だが、見た目を気に入ってくれるかは分からんな。
「え。 …………っ!」
「ありがとう、景ちゃん――」
喜びを隠しきれない穂乃花は、どこか泣きそうな表情で丁寧に箱を開けた。
中には手袋が入っている。これから迫る“冬”に向けて、今から持ってても悪くない。
「あはは、犬と猿が肩組んでる刺繍なんてどこで見つけてきたの?」
「う……それはほっとけ。 なんか目に入ったんだよ、それ」
以前見つけた恋愛専門店ではなく、例の
穂乃花は、泣いてるのか笑ってるのか分からない顔で両方を着用する。
うん。まあ似合ってるけど、人前に出すのはちょっと恥ずかしいかもしれない。
「なんか千代ちゃんと可憐ちゃんみたいだね、実は仲が良いって感じで」
「さっき二人と会った時も、何だかんだお祭り楽しんでたもん!」
……いや、穂乃花ならそんなこと気にしないか。その笑顔で分かるよ。
「――本当にありがとう、景ちゃん」
改めてお礼の言葉を述べた穂乃花には、いつの間にか涙は消えている。
ただその代わり、とても儚げな表情で俺の事を見つめていた。
……一体どうした? そう口から発する前に、穂乃花は小さく呟いた。
「私ね。この数か月間、本当に楽しかったんだ」
脳裏によぎる、闇野の言葉。何故今思い出すか、それは似ているから。
俺の手の中で消えた彼女の最期に似た言葉を、穂乃花が口に出したから。
「今まで自分が生きてきた中で、こんなに思い出に残ったことは無いよ」
やめろ。だって、お前はバグじゃないだろ。この世界に生きる住民じゃないか。
そんな別れの挨拶みたいなのは言うな。これ以上、失いたく――「ねえ」……。
「あなたは本当に、私の知ってる景ちゃん?」
「…………え?」
穂乃花の口から出たのは、思ってもみない言葉だった。
いやさ正確に言うならば可能性はある。だが、このタイミングで……か。
「変な事を聞いてごめんね。でも、少し前から違和感があるの」
「今年の五月……くらいから、景ちゃんはそれ以前と雰囲気も違う」
彼女の言う事は正しい。事実俺は、この世界に五月から転生してきた存在。
それよりも前に存在していた“主人公”である俺という人間とは別人なのだ。
今までも何度かあった、五月以前の出来事を把握していない結果のチグハグ感。
「顔も、見た目も、声も、好きな物だって同じだよ。でも――」
溜まりに溜まったそれが、今爆発したのだろう。
「どうして、そこまで優しいの?」
……俺よりも前のゲーム内“宮田景人”は、どのような人物だったのか。
それを考えても分からない。教えてもらう訳にも、いかないのである。
「…………」
はっきり言って、俺は今までの生活で彼女達を意図的に傷つけたことは無い。
“誰かと恋仲になる”という目標もそうだが、何より悲しむ顔を見たくないからだ。
しかしそれがまさか、結果として違和感を生み、奇妙な亀裂を作ってしまった。
「変な質問なのは分かってる。だけど、景ちゃんの口からしっかりと言ってほしい」
「あなたは、私の幼馴染の宮田景人ですかっ……?」
「――――俺は」
本音を言えるなら今すぐに言ってやりたい。
俺は半年前から、お前の知っている宮田景人ではないということを。
現実で死んだからこっちに来た。それより以前の記憶がないことを。
でも言えない。言って何になる。頭のおかしい奴になるだけだろう。
そして何より、もしも真実を伝えて彼女がそれを知ってしまった時。
闇野のように、海永穂乃花も消えてしまうのではないか……?
彼女を守るためか、はたまた自分への保守的な言い訳なのか。
明るい屋台と真っ暗な校舎に挟まれた石段は、まるで天国と地獄のようで。
「俺は、宮田景人だ。昔から変わらない、お前の幼馴染だぞ」
俺にとっては数か月の仲でも、彼女にとっては十何年来の家族にも近しい者。
今、俺が言った言葉を嘘だと思うかもしれない。だけど、“今”はこれで許せ。
「……そっか。ごめんね、折角誕生日プレゼントも貰っちゃったのに」
強張っていた表情は緩み、普段と変わらない明るい笑顔へと戻る穂乃花。
渡した手袋を箱に仕舞うと、大事に抱えると徐に立ち上がり手を伸ばす。
「まだ時間も残ってるし、最後に二人で綿あめでも食べない?」
「……ああ、そうだな。穂乃花……一緒に食べよう」
――こうして俺の、長かったようで短い夏休みは終わりを迎えた。
嬉しい事、悲しい事、明かされた謎、深まった謎、色々な事があったけど。
まだ八月は終わりじゃない。残りの数日、そして九月を迎えた俺に……
最大の試練が訪れる。
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