第49話 出会いと別れの海 [後編]

「はぁ……はぁ……や、やっと着いた……」

片道一時間という長い道のりの末、俺と闇野は海辺へとたどり着く。

といっても汗をかいて息を切らしているのは俺だけなんだが……。


「思ったよりも早く着いたわね。 お疲れ様」

後ろに乗っていた闇野が自転車から降りると、大きなノビをして微笑む。

今まで何度か見た笑みの中で、初めて純粋な笑顔のような気がした。

彼女は、階段を下りて砂浜を駆けていく。靴に砂が入りそうだが大丈夫か。


ガードレールに沿って自転車を止め、俺も闇野の背を追い砂浜へ。

帰りの大変さを考える行為は、今だけ一旦やめておこう。

「懐かしい……最後に来たのは何年前かしら」


いつの間にやら靴下まで脱いでいた闇野は、足元と感傷を浸らせていた。

それを後ろから眺めているのも忍びないので、俺も同じく靴を脱ぐ。

「――この海に向かわせた理由、教えてくれるんだろ」

「せっかちね! 教えるけど、もう少しだけ海を楽しみましょう」

そう言って砂浜に腰を落ち着かせた闇野に俺は何も言えない。

何故なら、俺も同じ気分だったから。もう少しだけ海を楽しみたかったから。


「水かけるのは無しな、お互い」「あら、それは残念」



***



二人で海を眺めながら、どうでもいい雑談をして、たまに悪戯で水をかけて。

「くだらない」と言われてもおかしくない時間を過ごして、どれだけ経っただろう。

そういや、ここに来た時から周りに人がいなかったな。


まだ夕方と考えられる時間帯でも、晩夏が故に太陽は少しづつ消えていく。

俺たちは、再び何を語るでもなく海を眺めていた。でも、それももう終わりだ。


「――今日、長い間一緒に居て分かったことがある」

隣に居る彼女の方を向くことなく、気付いた事実を淡々と述べようとする俺。

何故だか、それが誤った真実であるという発想はどこにもない。


「闇野、お前は――「この場所で」……!」


だが、俺の言葉は途中で遮られる。いつの間にか闇野は立ち上がっていた。

そしてその顔は、まるで最後の別れにも似た悲しみを纏う、そんな表情。


「独りぼっちだった私と、初めて“トモダチ”になってくれたケイくん」


「!!」

ケイ、くん? 俺はそのあだ名をどこかで聞いたことがある。でも思い出せない。

一体誰が言っていたんだ。闇野は、だって、この世界で出会ったばかりの……。

「もう私に時間はない。 だから、一度しか伝えないわ」


「いや、待て、それはどういう……ッ!?」


意味など無いと分かっていながらも、俺は立ち上がって闇野の方を掴む。

しかしそれが叶わない。何故なら――彼女に触れることが出来なくなっていたから。


「私とあなたが、ゲーム内でいう“バグ”的存在なのは何となく察してるかしら……」

とても儚い表情で、しかし動じず話を続ける闇野。俺は首を縦に振る。


「いい? バグはね、いずれ消される存在よ」

「主人公であるあなたは大丈夫でも……私は、もう……間に合わない」


見間違いだと思いたいほどに、闇野の身体は少しづつ半透明になっていく。

待て。待ってくれ。まだ、お前と話したいことは山ほどあるんだ。


まだ、お前と戯れる時間が欲しいんだ。


「だ、誰に消されるって言うんだよ……? 開発者、なのか?」


「あなたも会っているはずよ。 ――神様が、修正を始めた」


最早向こう側の景色が透けて見えるほどに、消えてなくなる闇野の姿。

神様……。俺が、現実世界で事故を起こした時に現れた女性のことか。

“春野さんが泊まった”という事実が無くなったのも、修正が原因だろう。

。 きっと何か裏がある」


いつもの、何を考えているか分からない不敵な笑みで最後の情報を伝える。

そしてそのまま、一歩ずつ、俺に近づきながら手を広げた。

俺からは触れられないけど、相手からなら触れることが出来るもんな。



「今までありがとう。 ……まあ、何だかんだで楽しかったわね」



最後にそう呟いて、俺の腕の中で闇野は消えた。本当に、あっさりと。

会った回数も少ない。話した回数も、笑顔を見た回数も、本当に少ない。

でも何故だ。俺の涙が止まらない理由は。自分で自分が、分からない。


涙を流しながら、俺は闇野が残したメッセージを改めて思い出す。

俺が出会った神様……あの人が、修正を始めているというのか。

でも俺はあの人のお陰で、この世界で春野さんとも出会えて……っ!!!


「! ――あ」


――ちょっと、待てよ。


俺は、溢れて止まらなかった涙を拭う。気づいた。気づいて、しまった。

そういえば……あの女性は自分の口から「神様」と言ってない。


『貴方の寿命を、うっかり5秒に設定してしまいした』

『良いですか? 今から私は、貴方をこのゲームの世界に転生させます』


最初で最後の出会い頭第1話 ドキッ!美少女だらけの学園ハーレム生活、ドジだけど優しい彼女は言ってくれた。

転生させて、誰かと恋仲になれと。その時の言葉に嘘偽りは一切ないと断言できる。


だが。


『貴方は生き返り、私は上司に怒られずに済みます』


もしも、もしも闇野が言っていた“神様”があの女性の……上司だとすれば。

誰と付き合っても良いと答えた彼女と違い、ゲームに修正を加えた“そいつ”。


「闇野の言う事が本当なら、俺は既に出会って――「後輩くん!」……!?」


突如として叫ばれる聞き慣れたあだ名と、その声。

後ろを振り返ると、俺が自転車を置いていた場所に誰かが立っている。

暗がりの中で目を凝らすと、それが城花先輩だという事が改めて分かった。

「城花先輩! どうしてこんなところに?」


感傷に浸る時間は終わり、既に乾ききった素足を靴下と靴で防御して彼女の元へ。

「私は友人の家から帰る途中だけど……きみはどうしたんだい」


不思議そうな顔をしている城花先輩を見ると、何故だかすごく安心した。

とはいえ本当の事は話せないので、適当に誤魔化し納得させることに成功。

「これから強い雨が降るらしいからね。 急いで帰らないと」


「――あ、そうだ。 もしよかったら、きみの後ろに乗せてくれないか?」

おっと、まさかの今日二人目の相乗り発言。というか城花先輩が良いのでしょうか。

皆の憧れ城花明子、まさかの違反行為みたいな……いや大丈夫か流石に。

「俺で良かったら構いませんよ。 出来れば帰り道を案内してくれると助かります」


そう言って前の籠に彼女の荷物を置くと、にこにこ笑顔の先輩は後ろに座る。

しかし背中に当たる柔らかい何かに劣情を抱く気分にもなれない。

今は風に当てられながら二人で帰ろう。そう思いながら、ペダルを強く漕いだ。

「いやぁ……ふふ、風が気持ちいいね」




「今日からここは――私だけの特等席だ」

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