第43話 因縁のツーショット

夏休みが始まってから数日が経ち、俺はとある場所に足を運んでいた。


「…………大きいな」


家の中でだらだら過ごすってのも悪くはないが、たまには外へ出ないと。

部活以外で外出する予定も無かった俺は、特に理由もなく歩みを進めていた。


約四十分ほどだろうか。地図を見ながら到着したのはショッピングモールだ。

俺が住む旬公市しゅんこうしを沿うように建てられた巨大なこの店、最近出来たらしい。

……いや、違うな。正確には、と言う方が正しいだろう。


(“あの日”だ。闇野に眠らされ、アップデートをされたあの日からある建物……)


千代と勉強するために行った図書館第15話参照も近くにあるが、その時に工事もしてなかった。

つまり、一瞬の内に出来上がったということ。間違いなくそれ以前に存在は無い。


が、突如として生まれたこのショッピングモールに違和感を持つのは俺だけだ。

他の皆は、まるでずっと前からここが有るように振る舞い、話している。

穂乃花も千代も可憐もセンリは勿論、ヒロイン以外の人物も全員だ。


(ゲームの世界ってのは理解してるが、

たまに見せる俺との空気感は寂しいよなぁ……仕方ないけど)


俺はずっと前から彼女たちを“意識ある人間”と考え、今も変わらず接しているが。

しかしこういうゲームを根底から変える変更に対して、俺に出来ることは何もない。


――もしかしたら、何らかの方法はあるかもしれないがな。




「広っ」


熱い陽射しに差されながら折角来たわけだし、店内を堪能するとしよう。

そんな思いで先ほど考えていた内容を頭から消すと、いよいよ店に潜入。


入って早々目にする電光掲示板を見れば、ここは四階建てらしい。

何か買うか……と思ったが、帰りに荷物が増えるのは避けたいのでやめとこう。



「なんでもあるな……ん?」


とりあえず店内MAPをある程度頭に入れておきながら、適当にブラブラする。

複数の洋服屋、複数の飲食店、ゲームセンターに本屋と色々あるわけだが。


とりわけ俺の興味を沸かせたのは、三階にて発見したペットショップ。

元から動物は好きではあったが現実で買ったことは一度も無いのである。


「ふむ」(可愛すぎるな……あざとい事この上ない)


店を発見するや否や自然と足は動き、いつの間にやらペットショップにGO。

入って早々目に入る犬たちにハートを奪われながらも奥へ進んでいく。


やはりペットといえば犬、猫、ハムスターにインコなんかも人気だな。

ケージ越しに見える寝顔なんかは天に昇るほど尊く愛らしい。


「ん、あれって……」


折角だし暫くここで時間でも潰そうか。――なんて思っていた矢先。



「ふっふふ……あんたは何て可愛いの! もっと撫でさせて……」



不審者発見である。



「何してんだ、千代」


「え……ってキャーッ!? なんでこんな所に居るのよ!」


おっと間違えた。正しくはツンデレ巨乳秀才委員長の山村千代だった。


背後から話しかけた俺に対し、愛でていた犬と共に大層驚きを見せてくれる。

何故ここに? とお互い思っているが、まあ、理由は似たようなものだろう。



――――――――――――――――――――



「信っじられないわ! 後ろから見てたなんて!!」

「まーまー落ち着け。誰にも言うつもりは無い」


ぷりぷりと怒る千代を宥めつつ、俺たちは近くにあったフードコートに向かう。

何故そこまで怒りを見せるのか最初は分からなかったが、今は理解している。


恐らく可憐に知られたくないんだろう。イジられるかもしれないから。


「俺はカレーにでもするか。千代は?」


「…………うどん」


まあ二人にしか分からない事情か何かがあるんだろう。深く聞きはしない。

とりあえずテーブル席に向かい合って座り、ご飯が届くのを待つことにする。

少しの気まずさを感じながら、時間つぶしのために懐からスマホを取り出した。


(あ、これ使えそうだな)



「……なあ千代、実は俺のスマホの中には犬の写真が沢山入ってるんだよ」

「!」



「見たいか?」

ニヤリと笑いながら、フォルダ内にある一つの画像を前に座る千代へ見せる。

俺の言葉と行動に、拗ねていた千代は途端に目の色を変えて身を乗り出した。


「機嫌を直してくれたら、好きなだけ見せてやる」


「べ、別に最初から不機嫌なわけじゃないわよっ。

ただ恥ずかしい所をあんたに見られたから、その……」



やはり千代が適任だなこういうのは。普段強気な分、実に眼福で素晴らしい。

というかそもそも、彼女が小動物を好きというのに意外性は無いように思える。

確かに説明書に書かれてなかったが……いや、明日以降に追加されるかもな。



「素直じゃない奴め。

ほら、貸すから自由に見てみろ」


俺はそう言ってスマホを渡す。普通なら抵抗はあるが、まあ千代なら大丈夫だろ。

別に怪しい画像があるわけでも、見られたらいけない代物も何もない。


(『LOVE』アプリも消えたしな……相変わらず理由は分からんが)




非常にワクワクとした表情の千代は一枚一枚にリアクションを取っている。

いやしかし、まさかこういう所で写真部の恩恵を受けられるとは思わなかったな。


部室にあるしっかりとしたカメラで何度か撮影する機会があってから、俺の中で“写真を撮る”という行為がある種の趣味のようなモノになってきているわけだが。


それがこういう形でヒロインとの仲を深める要因になるとは思いもしなかったぜ。




「――あら」


と、先ほどの空気から一転して和やかなムードが流れて数分が経った頃。

食券を交換するために席を立った俺が戻ってきた時には千代の表情は変わっていた。

「どうし…………あっ」


テーブルにトレイを置き、座る前に千代の背後に回り込んでスマホを覗く。

そこには、たった今可憐から届いた画像付きメールが映し出されていた。


恐らく通知を見て反射的に押してしまったであろうは、俺に冷や汗を垂らせる。


『宮っちごめーん! 昨日ゲーセンで撮った写真送るの忘れてたヨ!

プリクラで加工しまくりの顔、面白いよね(笑) それじゃーバイビー!』


そこには、俺と可憐が楽しそうにしているツーショット写真。



ま、まずい。俺が昨日、部活終わりに可憐とゲーセンに行ったことがバレた。

いや別にバレてもいいんだけれども、何か色々と勘違いされそうな気がする。


「へぇ……あんたと可憐が二人で、ねえ。

随分と楽しそうな表情してるのが丸わかりよ?」


「ちょ、ちょっと待て千代俺はあいつ――「静かに」……あっはい」


ほらやっぱり勘違いした。二人じゃなくて写真部の皆と行ったんだけどな。

慌てて訂正しようとする俺を遮った理由は、周りへの配慮では無さそうである。


「………………ずるい」


「え?」



椅子に座って千代からの言葉を待っていた俺に聞こえたのは、その三文字。

長く続いていた沈黙を終わらせたと同時に、千代は俺の服の襟をつかんだ。


「私もあんたと撮るわよっ!」


「な!? いきなり何を――






俺の目の前には、嬉しそうにうどんを啜る千代。

強気な彼女を舐め過ぎていたのか、完全にペースを握られてしまった。


まさか、可憐に対してツーショット写真を送り返すなんて……な。


「美味しいわねーっ」


返してもらったスマホ、そして先ほど撮られた写真を改めて拝見する。

顔を真っ赤にさせた千代が、俺の頬に触れるギリギリまで接近したこの写真。


可憐からの返信は未だないけど、まあ、大変な事になるのは確定だろうな……。


「これ食べ終わったら、もう一度ペットショップに行きましょ♪」


「はいはい」

だが、この幸せそうな顔が見れた時点で俺の目標は達成したと言っていいだろう。

永久保存の、こんな素晴らしい写真もフォルダに残すことが出来たわけだしな。



「…………」


――俺は、ほんの好奇心で自分が今まで取った写真を雑に振り返った。

約230枚という数に達成感を持ちながら、こうして過去に戻るのは意外に初だろう。

一番最初に撮った写真。それを見た瞬間、闇野が言ったアップデートの意味を知る。



「…………!?」



画像の日付は、少なくとも俺が元居た世界で死んだ時の約十年前。

とても楽しそうで、仲が良さそうな二人の男と女が写っているが。


どう見ても男の方は俺だ。高校生の頃とそっくりの。

そして、女性の方は……どこかで見たような――「冷めるわよ?」……!



「食事中に携帯はマナーが悪いわね」


「す、すまん」


咄嗟にスマホから前の千代に顔を向け、慌てながらも言葉を返す。

今俺が見た写真は一体? 恐る恐る視線を下に向けたが――




「!」(消え、てる……?)




そこにはもう、あの写真は無かった。

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