第42話 開幕、夏休み

八月と言えば夏休み。学生と言えば夏休み。

人生二度目の高校生活を謳歌する俺の、数年ぶりの夏休みが遂に始まる――!





「なんで私だけ居残りなのぉー……他の皆が羨ましいっ」


……と、思っていたんだが。


「仕方ないだろ。お前だけ休み前の課題が終わってなかったんだから」


残念ながら俺はまだ制服を着て校内の中、気分はまだまだ学生である。



がらんとした教室で一人机に向かう穂乃花を見守って、もう一時間ほどか。

少し前までは同じ居残り勢が数人いたが、今はもう誰もいなくなってしまったな。

ま、普段から色んな委員を掛け持ちしてるツケが回ったんだろう。仕方がない。


「ケイちゃんだけだよ……隣に居てくれるのは」


「そりゃ泣きつかれながら「待ってて」とか言われたら帰るに帰れねーよ」


と、山盛りに積んであったプリントを殆ど終わらせた穂乃花を見て呟く。

彼女は千代や春野さんらに比べて勉強は出来ないが、柔軟な発想力を持っている。

つまりはこうして時間さえ取れば案外楽に課題なんぞ終わるわけだ。


(ん、もうちょっとか……)


……まあ、そんなわけで俺と穂乃花の二人は未だに“夏休み”を迎えていない。

終業式を終えてそこから色々あった結果、今の時刻はもう少しで16時を迎える。

しかしまだまだ外は明るい。季節的にも暗くなるのはまだまだ先になるだろう。


「ほら、もうちょっとだから頑張れ」


先生は用があると言って出ていったし、この教室は本当に俺と穂乃花だけ。

加えて演劇部も写真部も今日はオフのため、これからの時間もたくさんある。

だから、幼馴染と久しぶりに二人っきりという俺得な展開にはなっているが。


「はーい。……あ、そういえばケイちゃん」



とはいえ一筋縄で行かないのが、このゲームであり人生というものだ。


「私の誕生日、覚えてる?」



――――――

――――――――――――

――――――――――――――――――



「えぇ! 何でも言う事を聞かせる権利を使わないだって!?」


数日前、センリと共に“説明書に書かれていた店”を探していた時のこと。

見事あいつが言ってきた問題に正解し、絶対的命令権を得た俺。


「今は、な。特に命令したいことなんてないし」


以前の可憐戦と同じく、こういうゲームの穴を見つけるのが好きなんでな俺は。

今日限り~とか、明日までに~とか言わなかった時点でお前の負けだセンリよ。


「キミは意地悪だね……」(それでこそ相応しくもあるけどさ)


「意地悪で結構」


相も変わらず嬉しそうな顔をするセンリを横目に、ふと後ろを振り返る。

結局、数時間ほど掛けてこの店を見つけたわけだが……これで良かったのだろうか?


確かにこの“恋愛専門店”、ヒロインたちが好きそうなものは沢山あったのは事実だ。

実際、俺はついさっきセンリにネックレスを渡し、彼女はそれに対し喜んでくれた。


「! ……どうしたんだい。

目つき、悪くなってるよ」


だがそれに気持ちは入っているのか。そんな決められたアイテムを渡すのが恋愛か。

俺はここを利用して、彼女たちとの仲を深めることに、どこか抵抗感を覚える。


「――いや、なんでも。そろそろ帰ろうぜ」


もしもこれがただゲームをプレイしてるだけならば、こんな感情は無かっただろう。

ただの“キャラ”として接する事なんてずっと前からもう無理なのだ俺は。


一緒に探したセンリには申し訳ないが、この店を利用する事は今後――「おーい」



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――――――



「うぉっ!」


過去の出来事を思い出していた俺に飛び込んできたのは、ドアップの美人顔。


「ケイちゃん聞いてる? もう課題終わったよ、全部」


何度か話しかけてくれていたようで、気付くころには少しムっとしていた。

悪かったよ穂乃花、お前を忘れて一人考え事をしてしまったことは申し訳ない。


「もしかしてだけど、さっきが私が言ったことも聞いてなかったり……」


「それは大丈夫。誕生日だろ? ちゃんと覚えてるよ、25日」


俺の言葉にほっとした様子の彼女は、机に置かれた課題一式を丁寧にまとめる。

自前のクリアファイルに仕舞い、どうやら職員室に提出しに行くようだった。


穂乃花は「下駄箱で待ってて」と言ったが、見守った好しみで俺もついていこう。

行儀は悪いが居心地の良かった自分の机の上から下りると、二人で教室を出た。



――――――――――――――――――――


「え、えへへ……さーやっと帰れるね!」


にこにこと笑みが零れ続けている幼馴染と共に、靴を履き替え門へと向かう。

何故彼女がここまで嬉しそうなのか? それは夏休みが始まるからと、もう一つ。

「お前のその感情を表に出せる性格、尊敬するよ」


職員室にて先生に言われた“仲が良くて付き合ってるみたい”という言葉を思い返す。

確かに俺も嬉しかったし小っ恥ずかしかったが、隣を見れば俺なんて可愛いものだ。


「褒めてもなんにも出ないって~」


別に褒めてるわけではないんだが、まあいい。そんな事よりも笑顔が眩しくてな。

歩きながら身振り手振りで喜びを伝える穂乃花を後ろから眺め、ちいさく微笑む。


帰るまでが遠足という言葉がある通り、帰るまでがその日の“学校生活”だ。

しかしそれを頭の隅に入れておきながらも、何だかんだ考えざるを得ない。


俺と穂乃花は校門から足を踏み出し、揃ってお互いの目を見やる。


「ついに始まったね、夏休み!」


「…………ああ」



この八月。きっと今までで一番大変な月になるであろうことは容易に想像できる。

だが、それ以上にヒロインたちとの素晴らしい日々を送れることも分かるぜ。


ゲーム的に考えてもイベント盛りだくさんの八月に、俺は必ずやるべきことがある。

それはハーレム関係をより一層固めること、そして何より春野さんと――


「!」


「? ほら、帰ろうよケイちゃん」



……女性と居る時に、別の人を考えるのは失礼だな。

結局のところ、俺が目指す目標とはいつだって変わっていない。


春野さん、穂乃花、千代、城花先輩、可憐、センリ、かなめ、そして闇野。


俺はまだまだこのゲームを始めたばかりで、待ち受ける苦難もあるだろうが……。

必ず、この世界で生き抜いてハッピーエンドを迎えよう。



「さて……夏休み、スタートだ!」

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