8月

第40話 うわさの専門店

日曜日の朝ほど、目覚めた時の心地良さったらない。

……なんて、結構前に同じことを思っていた気がするがそれは置いとこう。

ベッドから起き上がった俺は、無機質に映し出された時計の数字を把握する。


(――やべ、寝すぎた)


目覚めの心地良さから一転、今度は寝すぎてしまった後悔が襲い掛かってくる。

確かに予定の入ってない日曜は“自由”だが、それ故に“勿体ない”寝過ごしだった。


午後1時。それは朝の静けさが薄れて世界が活発になり始めていく時間帯。


「かなめは友達と遊びに行ってるし……起こしてもらえばよかった」

せめて外出する直前にでも一声掛けて欲しかったと思ったが、どうせ起きないな俺。

と、そんな感じで実に微妙な休日が開幕したわけだが――どうしよう。


とりあえず階段を下りてリビングに向かい、朝食なのか昼食なのか分からない食パンを食べた。

時間的にはガッツリ昼だが、俺の心持ち的にも飯の内容的にもこれは朝飯である。


「この世界って娯楽がそこまで多くないんだよなー」


自分を除いて誰もいないという事もあり、家の中で大きく独り言を漏らす。

加えて“それ”は人に聞かれると気味悪がられそうな内容だった。


「ゲームも漫画もあるけど、どれも俺の知らない作品ばかり。

しかも俺の好みじゃないのが多数……いやそれは我儘過ぎか」


俺が俺になる前。――いや、ええと、俺が転生する前の“俺という人間”の趣味か?

ガッツリとした恋愛漫画は二十過ぎの男性には胃が重いんだよな。

まあそもそもこの世界に来た根本的な理由は俺が恋愛ゲームを買ったからだけど。



「よし、暇なときは散歩するに限るな」


食パンを食べ切り、多少の身嗜みを整えると玄関の方へ足を動かした。

本来ならば休日はヒロインとのデートなどが定番で、これまでも何度かやってきたが……。

ハーレム主人公にも束の間の休息は必要なのである。今日くらい一人で散歩するか。


「いってきまーす」


というより、時間が空いてるときに近所を探索したかったので正直丁度いい。

(探したいモノもあるしな)

説明書に書かかれてある“お店”の存在、気づいてはいたが場所はまだ不明。

なので今日は散歩ついでにそのお店を探そうか、と目標を決めて玄関の扉を開けた。



「やあ宮田景人クン!

表札を見てもしやと思ったんだけど、やはり君の家だったか!」


俺は扉を閉めた。



外からは驚いたような声が聞こえ、インターホンも鳴らされる。

……何故あいつがここにいるんだ。具体的な場所も教えてないのに。

同じ写真部に入っている“万能系イケメン”――西園茜璃にしぞの せんりが俺は苦手だ。


勿論、好みじゃないとかそういう訳ではない。というか俺にそんな事言う権利ない。

ただヒロインである彼女は、きっと、俺なんかよりも遥かに上をいく者なのだ。

三か月で女性との接し方を多少会得していても、センリ相手にはそれが無意味。


穂乃花とは対等な関係、城花先輩には後輩として接するなどは把握済み。

とすれば彼女だけの“何らかのツボ”はあるだろうが、未だにそれが分からない。


「……あっ」(しまった、流石に放置し過ぎたか――っ!)


少し語弊のある言い方をすると、俺はセンリに対してだけ他よりも冷たくしている。

それは飄々としている彼女への警戒心もあるが、何故かそれが一番接しやすいのだ。


「悪い! いくらお前とはいえ扉閉めて放置はやり過ぎた!」


とはいえ上限を超えればそれは“いやがらせ”や“いじめ”に繋がるかもしれない。

思わず謝罪の言葉を、勢いそのままに外へ飛び出した。


「え? あぁ……ふふ、全然構わないさ。

何ならもう少し家の外で放置されてても――」



「…………」

え、この人何で頬を赤らめてんの。なんかすごい色っぽいんですけど。

俺が困惑しながら扉に鍵を掛け、改めて彼女の方を振り向いたが……



「やあ。

散歩ついでにここまで来たのだけど、良かったらご一緒にどうだい?」


いやいや切り替え凄すぎるだろ。絶対に演劇部も向いてるって。

たまにあるんだよな、俺と話してたらセンリが“おかしく”なることが。

理由も不明で若干不気味だが、まあ、気にしてないのなら良い……のか?

「俺も散歩するつもりだったから、こっちからお願いするくらいだ」



「あはは、それは良かったよ!」


……笑顔でそう答えるセンリに、邪な感情はどこにも見当たらない。

何考えてるかは分からないけど、悪い奴じゃないことは理解してるつもりだ。

これから中を深めていけば、きっと彼女の全てを知ることが出来るだろう。



「それじゃ行こうぜ。ちょっと探したい店もあってさ」


「ついていくよ、宮田クン」



――――――――――――――――――――



――時折感じる女性からの視線は、間違いなく俺に対してのモノではない。

公園で遊んでる小学生、玄関で話している主婦、果てには散歩中のお婆さん。

センリという人間に目を奪われてしまうことに違和感は感じないが、しかし。


「……お前って、普段から“こんな感じ”なのか?」


「まあ、そうだね。隣にキミがいるから、今日はいつもより少ないけど」


時折センリに話しかけてくる者たちを丁重に扱う姿を見て、俺はふと思う。

もはや俺なんかよりも主人公しているな、と。いや受けも攻めも女性なんだが。


(こりゃ王子様って称されるのも納得だな。私服だから猶更感じてしまう)


初対面の時よりも少し伸びた髪は耳を隠す程度のショートカットに変貌済み。

ハートが書かれた女性物の服だって、センリが着ればそう見えない。黒だし。


「嫌ではないけど疲れるからさ……今はキミに守ってもらおうかな」


そう言いながらこちらに近寄ってくる。歩きづらいが嬉しいので良しとするか。

たとえその言葉が建前でも、女性――特にセンリに頼られると心が弾むのである。



「――それで、探したい店って何なんだい? 当然ボクも知らないだろうけど」


この近辺に引っ越してきて一か月のセンリだが、俺も正直そこまで変わらない。

何故ならこの“世界”に来てからまだ三か月しか経ってないからだ。


それでもある程度は周りの立地等を覚え、さらに地図も見たんだが見つからない店。

説明書にも書かれていた通り、きっとその場所はゲーム的に大事になってくるはず。


「俺も詳しくは知らないんだが、何らかの……店なのは分かってる」


「それに該当しない店って存在するのかな」


苦笑いするセンリには申し訳ないが、俺も本当にそれぐらいしか分からないのだ。

せめて店舗名とか、店の種類とか、ある程度の場所が判明すれば探しやすいのにな。


「……ま、見つかるまで暫く散歩でもしようぜ」


「長く探せば探すほど、お前と一緒に歩けるしな」


目が覚めてから一時間、以外にも初めてとなる欠伸をしながらぽつりと呟く。

太陽を見ればくしゃみが出るとよく言われているが、俺の場合は違うようだ。

八月になり暑くなる中、この太陽を嫌いになることは出来ないね俺は。


「…………」

「…………」



――ん、なんかいつの間にか無言になってるな。別に気まずくはないけど。

むしろ心地よい雰囲気というか、お互いがお互いの歩幅に合わせている感覚。

狙ってるわけではなく、自然と距離を縮めている感じで嫌いじゃない。


「!」


ふと、隣を見る。偶然なのかずっと見ていたのか、センリと思いっきり目が合った。

綺麗で大きな青色の瞳。思わず立ち止まりそうになるほど、意識を奪われかけたな。


「キミの瞳はとてもキレイだね。

……だから、きっと分かるはずだよ」


どうやら相手も同じことを考えていたようだ。何が分かるかは知らないが。


「普段のボクと違うところが一つあるから、キミに当ててほしいんだ」


「…………うぇ?」


あれ、なんか聞いたことがあるなこの感じ。確か二か月ほど前、可憐にも……。

あの時はテストの点数を当てるとかだったけど、それよりも難しいことは分かる。


だって、お前が質問するってことはさ……見た目とかそういうのじゃないんだろ?

いくら何でも難易度が高すぎるし、これは流石に厳しいだろうから無理かもしれん。



「制限時間はこの散歩が終わるまでで、もしも正解したら――


何でも言う事を一つ聞くよ」



よし任せろ絶対当ててやる。

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