第39話 “最初”で“最後”の一枚

「――随分と遅かったな」


春野さんにメールを入れて約十分ほど経っただろうか。

演劇部用の教室前で待っていても来なかったので階段まで様子を見にいく。

返信が返ってきてからも暫く待ち、ようやく俺の元にやって来たのは四人の女性。


「“放置”というのも、嫌いじゃないよボクは」


とりあえずセンリが言ってることは無視しておいて、と。



「ごめんね景ちゃん。

私の出した話題で思わず盛り上がっちゃってさ……」


……何となくそうだとは思っていたが、やはりお前だったか穂乃花よ。

恐らく職員室から戻ってきた穂乃花と他三人がたまたま合流したんだろう。

何の話題かは知らないまでも、女性は会話すると長いのは誰でも共通である。


「いや、それは全然構わないが」


「……あー、とりあえずこっちまで来てくれ」

“どんな話をしていたのか”と聞こうとして、咄嗟に口を閉じた。

別に理由はない。ただ、今それを知れば違った意味で大変そうと感じたから。

この世界に来て三か月になり、ようやくその辺のフラグは分かってきたぞ。


「分かったよん。

ちなみに話してたのは宮っちについ――「わー!わー!」……んぷっ」


「な、なんでもないから! ね、美玖ちゃん!」


「は……はい!」


余りにも分かりやすすぎるだろ。嬉しいような恥ずかしいような。

まあ俺に対しての、どういう話題なのかは分からないんだけども。

可憐の口を思い切り抑える穂乃花と、それに頷く春野さんに和むぜ。



***



階段から廊下を進み、途中の演劇部を横切ってその隣にある教室に着く。

穂乃花はその演劇部で離脱したため、今のパーティはちょうど四人である。

そうだな、俺が勇者で可憐が武闘家でセンリが賢者で春野さんが……。


「ゴホン」

「だ、大丈夫ですか?」


おっと失礼。この世界に来てからプレイしていなかった分の反応が出てしまったよ。

ゲームの中で別のゲームを考えていた俺は、大きな咳を一つして気を取り直す。

心配そうにこちらを見る春野さんに頷き、教室の扉を思い切り開けた。



「個人的には南棟よりこっちの方が良いと思ってる。

理由は二つあるんだが、その一つは――「うわぁ眺めすご!」……あ、おい」


俺が理由を言う前に、可憐とそれに追随するセンリが窓に向かって駆けてゆく。

大きな風が吹いたことで、白のカーテンが揺れ動き、陽の光が室内に差し込まれた。


「美しい」


窓枠に手を置きながら外を眺めていたセンリは、ぽつりと小さくそう呟いた。

何を隠そうこの場所、景色という面で見れば不思議なほど立地が良いのである。

眼下に広がるグラウンド、その向こうには自分たちが住む住宅街の数々。

「この学校でこんなのが見れるなんて思わなかった……」


雲一つない空のお陰で遠くに見える山も顔を覗かせ、飽きさせない風景だ。

思わずギャルを忘れ、普通の女子生徒になっている可憐の言葉にほころぶ。


部員二人に聞く必要はもうない。あとは、貴方が首を縦に振るかどうかですよ。



「勿論、ここが私たちの部室です」





「――あそこのグラウンドには、いろんな部活動を行っている人たちが」

「横に見える体育館。郊外の道路にも自分と同じ学生がたくさんいて」


俺たちが可否を聞く前に、春野さんは外を見ながら答え、語り始める。

風でたなびく髪を抑える姿は実に絵になる。いや、被写体という方が正しいか。


「校舎内から聞こえる声も、音も……私は、今初めて――」


「“生きている”と実感できた気がします。


みんなに会えたから。…………宮田くんに出会えたから」



そう言い放って俺の方を向く春野さんは、今までで一番の笑顔を見せた。


「春野さん……」


え、やばい。俺の第二の人生はここで完結になってしまうかもしれない。

それ程までに嬉しい出来事で、というかもう感無量過ぎて昇天しそう。

彼女の言葉に感動した様子の可憐とセンリを尻目に、しかし俺は平気なフリをする。


この内心を悟られず、極めて冷静に、副部長として答えなければ……。


「俺も、あな――「はい! シャッターチャンス撮った~~!」……た」


「………………」



「あ、あれ? そういう雰囲気じゃなかったですかね……」


写真部の素晴らしい一幕は、突如として現れた演劇部二人に止められる。

だがしかし、これで良かったのかもしれない。俺の言葉を、聴かれなくて。

もし春野さんの耳に入っていたら、俺の物語は本当に終わったかもしれないから。


「とりあえず今の写真は削除しろ。それかスマホを貸せ穂乃花」


「無理矢理はやめて~っ! 皆見てるからーーっ」


ヒロイン達に囲まれ、微笑まれながら穂乃花と絡み合う俺。

余りにも平和で、余りにも幸せな今日という日を忘れないでおこう。



「――そうだ。もし良かったら、皆の集合写真を撮らせてほしい」


ふと、頭をよぎった提案を脊髄反射で口に出す。自分でも理由は分からないが。

でも構わない。それが、写真部である俺の“最初”で“最後”の一枚になるだろうから。


「キミたち四人じゃなくて……後輩くんを除いた私たち五人で、ということか」


俺が言った内容を丁寧に砕いた城花先輩は、疑問を浮かべつつも一番に動く。

その次はセンリ、その次は穂乃花、その次は可憐、そして最後に春野さん。

皆が部室の壁に並び、各々が話し合いながら立ち位置等を決めていた……その時。



「ちょ、ちょっと待ちなさい! わたしを忘れるなんてどういうつもりよ!?」


勢いよく扉を開けたその人物は、まるで壁の向こうで話を聞いてたかのように話す。

……正直言うと、さっきから影が動いてたから居るのは気づいていた。

あと少し登場するのが遅かったら俺から呼ぼうと思っていたよ、なあ、千代。

「話が早くて助かる。

じゃあ、とりあえずあっちの壁に並んでくれ」



「うげっ! なんで千代がここに……」

「たまたま通っただけよ。ま、あいつに言われたから仕方なく撮られてあげるわ」


女子バレー部の生徒が文化部の集まる北棟三階に来てたのか、たまたまな。

まあそれ以上突っ込むと殴られそうなので置いておき、これで全員集合である。

妹の姿はないが、それは仕方がない。ここにいないのは、つまりそういうことだ。


「このカメラ、使ってください。

私が普段から使ってるものです」


サブヒロイン……というべきか。説明書に姿が無かったのもそういうことかもな。

まあその辺りはまだ不鮮明だけど、少なくともこの一枚にかなめは写せないだろう。


「――撮らせてもらうよ」


俺は一言呟き、春野さんから受け取ったカメラをヒロインたちに向けた。

大丈夫。ちゃんと、このレンズの先にはみんなが――春野さんは存在する。

そして呆気なく、特に情緒を感じる暇もなくシャッターを深く押し込んだ。




「あはは、明子さんと私だけすっごい笑顔!」

「わたしと可憐が睨み合ってる分、余計に目立つわね……」

「これはこれで良い写真じゃないか! だろう?」


俺が撮った写真を囲むように見る穂乃花たちは、とても楽しそうだった。

それを少し離れた所から眺めていた面子は、偶然か否か写真部の面々。

まあ、俺たちは好きな時に見れるもんな。いの一番に見る必要もない。



「?」(……春野さんたち、なんの話し合いをしてるんだ?)


三人の中からカメラを取り返し、彼女に返そうとしたときに気づく。

何やら、可憐を筆頭にして小声で相談のようなこそこそ話をしていることに。


「何を話――「まあまあ! ちょっとこの壁に並んでよ宮っち!」……お、おう」


どうしたのかと聞こうとした俺を無理やり遮ると、半ば強引に壁に立たされる。

可憐に注目しているうちに、気づけばセンリが他三人に相談の内容を話していた。

“それ”を聞いた彼女たちは少しの笑顔を見せると、そのまま部室から出ていく。


「? ……なにをするつもりだ?」


本当に先が読めない展開に困惑中。もしかしてホラー系? 俺、結構弱いんだが。

なんて、そんなありもしない内容を考えていると、例のカメラは可憐の手に渡る。

……ああ、なるほど。俺の写真か。確かにさっきは撮る側だったもんな。


謎の妄想でビビってたがこれなら――「私と、二人の写真を撮ってほしくて」



「だいじょう……ぶ」


その言葉が聞こえた瞬間、春野さんは俺の隣に並んで微笑んだ。

儚くも美しいその笑顔はきっと彼女にしか出せないものだろう。

今すぐにでも、きみに触れたい。それが叶わないのを知っていながらも。


空色の瞳を見つめながら、きみの細い手や肩まで伸びた髪に触れてみたい。


「――じゃあ、撮っちゃうよん」


「フフ……さあほら、二人とも笑顔でこちらを見るんだ」


こんなにも、もどかしい事はあるだろうか。すぐそばに愛する人がいるのに。

手と手を繋ぎ合うことさえも出来ないなんて、神様はどこまで意地悪なのだ。


……なんて、少し前までの俺ならば言っていただろうな。ああ間違いなく。

確かに俺から触れることは出来なくても、貴女から。貴女からならば。


「ほ……本当に良いのか?」


「はい。――あなたと、撮りたいんです」



シャッター音が部室内に鳴り響く直前、春野さんは俺の手を強く握りしめた。

この世界に来て初めて感じたそれは、とても、暖かかった。



――――――――――

――――――――――――――

――――――――――――――――――



「……今思い返しても泣けるぜ」


勉強机に置かれたヒロインたちの集合写真。そして、春野さんとのツーショット。

こうして見れば俺の焦りまくった顔が実に面白いが、まあそれでも構わない。

城花先輩の言葉を借りれば、これはこれで良い写真と言えるだろう。


モブキャラクターからの干渉は可能ということを知った俺は、正直不安だった。

その検証自体もまだ不確定だったにも関わらず、あの場面で成功したこと。

しかしそれは、きっと、俺が凄かったんじゃなく……間違いなく春野さんのおかげ。


「あ、顧問からメール来てる。

何々……今すぐ学校に集合だと?」


彼女が、何の迷いもなく“俺に触れる”という行動をしたからこその結果だと思う。

そしてだからこそ俺は彼女を、春野美玖という人間を好きになったんだろうな。


「日曜日なんだけどな……仕方ない」


演劇部時代にお世話になった先生が、掛け持ちで顧問をやってくれた。

こういう人たちとの縁を大切にしていきながら、俺はこの世界で生きていく。

残り九か月という、長いようで短いストーリーの中を。




「それじゃ、行ってきます」

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