第38話 言葉に出せない

選択肢は2つだ。南棟一階と、北棟三階にある空き教室。

どちらが良いのかと言われれば、特に差なんて無い気がする。


強いて言うならば後者の方は階段を上らないといけないので面倒くさい。

ただし、そのデメリットより大きいメリットも存在しているのだ。


「土曜に学校来んの久しぶりなんだよね~あたし」


流石に平日と比べて人の少ない校舎に入り、廊下を歩く写真部の俺たち。

無駄にテンションが上がっている可憐を筆頭にして目的の場所に向かう。

2つある空き教室のうち、“南棟一階”の方へ歩みを進めているわけだが……。


(正直、俺の中ではもう一つの教室でほぼ確定なんだよな)

「廊下走ったら怒られんぞー」


俺の要らぬ助言を真摯に受け止めた彼女は、一言謝り歩くスピードを緩めた。

珍しくギャルっぽい……というかやんちゃしてると思ったらすぐ辞めたな。

やはり根が真面目だから、そういう行動はなるべく慎んでいるんだろう。


「…………おい」


――なんなら、今の状況、一番おかしい行動を取ってるのはこいつだな。


俺は廊下に設置された窓で髪の毛をイジリまくってるセンリに目を向ける。

さっきから気になってはいたが、一体全体何をやってるんだお前は。


「ん? いやなに、窓に映った自分が少し気になってね……」


「そうかよ。別にその髪型だって似合ってると思うが」

まるで当然かの如く答えるセンリに対し、これ以上は無意味だと俺は気づく。

既に件の空き教室に到着し、中に入ろうとしている二人の方へ向かうことにした。

(おやおや……アメとムチ、かい?)



「――ここはどうかな、春野さん」


既に空いていた扉から教室に入り、辺りを見回している春野さんに話しかける。

個人的な感情は有れど、最終的な決定権は部長にあるので俺は我儘を言わない。

「全然良いと思います! でも、もう一つの方も見た方がいいかな……?」


よし。その言葉を待ってたぜ。


「じゃあ俺が先に行ってくるから、三人はここで待っててくれないか」


いつの間にやら入ってきていたセンリに触れつつ、話を進めていく。

別に皆と行くのは構わないんだが、多分、俺の負担が計り知れない気がしてな。

予め俺だけが向かい、ある程度の話を付けておこうという作戦である。


「? 全然いいけど、廊下は走っちゃ“メッ!”だからね」


「走らん走らん」



***



――さて、そんなこんなで俺は北棟の三階に到着したわけである。

何故彼女たちと共にここへ向かわなかったのか? その理由は……



「わはーっ! 久しぶりに会えたなぁ後輩くん!!」


「ちょちょちょ! 急に抱き着かないでくださいっ」


俺を発見するや否や突然抱擁してくる城花先輩がいるからだ。

久々に会ったから今までより強烈なハグにノックアウト寸前の俺。

「もがもが」と言葉にならない声を出しながら、何とか顔を出す。


(何度もやられてるから麻痺してるけど、これ相当なご褒美だよな……)

「し、城花先輩。穂乃花の奴は居ないんですか?」


「あー、彼女ならさっきまでいたんだけどね。

少し前呼び出されたと言って職員室に行ったよ」


成程。俺が向かってる最中に出会わなかったという事は反対側から下りたんだろう。

ふと窓から外を見ると、北棟と南棟をつなげる二階の渡り廊下に穂乃花を見つけた。


「それで、要件はなんだい? もしかして演劇部に戻りたいとか……なんて」


頬を掻きながら冗談交じりに呟く先輩だが、言葉の節々に本心が顔を覗かせている。

あくまでも体験入部だった事はお互い理解していたとしても、どこか心が痛くなる表情をするじゃないか……。


「それは……今回来たのはそれではないです、すいません」


「おっと湿っぽいのはやめてくれ! 今のも半分冗談みたいなもんだ!」


そう言いながら大きく笑った先輩は、俺の背中をバシバシと叩いた。

しかし全くと言っていいほど痛くなかった“それ”はきっと彼女の優しさなのだろう。


「いややっぱり三分の一くらいだったかな冗談は……ふふふ」


「すいませんって!」



***



 一方、その頃。


「センちゃんって、ケータイ持ってないの?!」


 がらんとした教室に、東郷可憐の声が響き渡る。先に向かった宮田からの連絡を待っていた写真部の三人は、事の成り行きから雑談に興じることにした。


「正確には持ってるけどね……親に全てを管理されているのさ」

(センちゃん? ボクのことか)


 とは言っても一方的に可憐が質問して残りの二人が答える“インタビュー”のような形式ではあったが、それでも話が途切れることはないようである。

 それはこれから部活動を共にやっていくという認識から生まれた故の、自分を曝け出すという一種の仲間意識かもしれない。


「ほへー……あたしも中学までは似たようなもんだったから親近感わくー」


 偶然にもそれぞれが別のクラスの二年生ということもあり、教室内に放置されていた椅子に円を描くよう各々が座れば三人だけの特別クラスの完成だった。

「そういえば、ミクミクもちょっと前までケータイ持ってなかったんだっけ」


「は、はい! 二か月前に貰うまでは……あっ」

 今までは会話を聞いていた春野美玖だったが、突如として自分に話題が向けられたことで少しの焦りを見せる。そしてその結果、彼女は言うつもりもない“失言”をしてしまう。


「貰う?? もしかして誰かからのプレゼント系ー?」

「おや、しかもその反応を見るに両親や親族ではなさそうだね」


 この三人は少し前まで初対面と捉えてもいいほどの面識だった。しかし一つの話題を見つけた彼女たちは、気づけば意気投合して春野に質問等を投げかける。


「それってもしかして男のコ?」


「えーっと、えーっと……」

(ど、どうしましょう。宮田くんから貰った事、言っていいのかな……)



「……宮田景人」

 茜璃が唐突に呟いた一言で、教室内は再び静寂に包まれる。よくよく考えれば、可憐達にとって宮田と春野の関係性は“謎”だった。古くからの知り合いのような雰囲気ではあるが、それでいてどこか遠慮気味な部分もお互いあるようにも見える。


「その通知……彼から来ているよ」


 机の上に置かれていた春野のスマホに映し出されている通知欄。そこに書かれている[宮田くん]という苗字を見て、茜璃は呟いたのだ。――カマを掛ける意味合いも込めて。


「あー! ビックリした~……宮っちから貰ったのかと思ったヨ」


「わ、私も急に言われて驚きました。えっと、それで内容は――」



『春野さんたちへ。

色々と話を付けてきたので、北棟の三階に来てほしい。

多分、みんなが納得するような物を見せられると思う。』


 春野が開いたメールを囲むように確認し、文面に書かれた“話”と“納得するような物”に揃って興味を抱く。が、そもそも宮田が他三人よりも先に空き教室に向かった理由も定かではなかったため、答えを出すよりも早めに行く方がベストだと考える。


「なんか気になる内容だねぇー。ま、とりあえず向かおっか!」


「そうですね。――西園さん?」



  スマホの画面から顔を離すと、椅子から立ち上がって元の場所に机もろとも置き直す。扉に手をかけた可憐がそのままの勢いで教室を出た瞬間、ふと、春野は背後を見た。


 どこか遠くを見つめた西園茜璃の姿が、そこにはある。


「…………どうしたんだい? さあほら、早く行こうじゃないか」

(思ったより――彼らの関係性は深そうだね)

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