第36話 進化(evolution)

「あ、おかえりお兄ちゃん」


太陽が空から姿を消した時間。ようやく家に帰った俺を、妹が出迎えてくれた。

色々あって大変だった自分を癒してくれる存在に、思う存分甘えようかね。


「まず最初は手洗って口を濯ぐ! ばっちいんだけど」



……ああ、はい。すみません。



――――――――――――――――――――



「あ~~~疲れた! 風呂が最高の癒しだなやっぱり!」


結構前にも同じことを言ったような気がしたが、まあそれは置いておこう。

並々と湯を張った風呂に浸かり、全身を温める至高の空間である。

……今日は本当に色々大変だったからな。暫く入っていようか。



「ま、一先ず写真部に関しては大丈夫だろ」

突然現れた西園茜璃にしぞの せんりのお陰というかなんというか。

予定とは随分違っていたけども、部員集めも無事に終わったのだ。

結局あの後、正式に入部手続き等を報告するため職員室に出向いて――


「いやー……でも、驚いたなぁ。

まさか、写真部に顧問が居なかったなんて」


ぽつりとつぶやき、改めてその“おかしさ”を確かめる。

自分が知る限り顧問が存在しない部活なんて初めて聞いた。

勿論そういう所もあるにはあるんだろうが、俺が気になるのはそこじゃない。


(……可能性も、あるよな)


大きく息を吸い込み、浴槽の中に思い切り潜った。

別に自暴自棄になったわけじゃなく、一種の気分転換である。


茜璃が何を考えているのか?

俺に流れてくる記憶の正体は?

闇野が言う意味深な言葉の数々……特に、あの手紙に書かれていた内容。


こんな状況には初めてなったが、抱え込み過ぎるのも厄介なものだ。

この時間くらいは、小学生に戻った気分で風呂に包まれよう。


部屋に戻ったら、まず考えるべきは通知にあった“アップデート”の意味か。

スマホを見れば確かにアプリの一つは無くなっていたが、それではない。

何故ならば手紙には【生活が豊かになる】と書かれていたからだ。


それに、こんな改悪アプデならば俺に伝える必要性が――


「――んぐ、ぶはっ!!」


「はぁ……ふう……危うくそのまま死ぬところだった」


俺の悪い癖が最悪のタイミングで発動し、あわや二度目の死亡である。

慌てて頭を浴槽から出して、深呼吸した俺はそのまま風呂を出ることにした。※



――――――――――――――――――――



「あ、風呂終わったんだお兄ちゃん」


「……なんで俺の部屋にいるんだ、お前」


タオルで髪の毛を乾かしながら自室に戻れば、そこには雑誌を読んでいる妹。

確かにかなめの部屋の前を通った時、扉の向こうで音はしなかったが……。

今日の朝、綺麗に整頓したベッドがものの見事にぐしゃぐしゃである。


「せっかく綺麗にしたってのに……」


「あ、それはごめんね。

あまりに気持ちよさそうだったからさ~」


妹の言い分に納得はいかんが、まあ、反省してるようだし許すとするか。

と、ベッドに座っているかなめに対して椅子に腰かけた俺は口を開く。

「――理由はそれだけじゃないんだろ。兄を舐めるなよ」


「ぎ、ぎくっ」


俺が部屋に入った時に感じた違和感。それは第一にかなめの表情である。

ただ驚いてるだけではなく、何かを誤魔化そうとしている感じのアレ。

それに読んでいた雑誌もまだ1.2ページぐらいしか進んでいない。


「そうだな――例えば、何かを探していたとかか?」


「べ……べべ別にそんなんじゃないけど?」


確かにベッドが気持ちよさそうってのは嘘ではないだろうが……。

もう一つの理由を隠してるな。本当の目的をさくっと暴いてやろうかね。


「一体何だろうなぁ。

俺の予想では、なんとなーくかなめの足元が怪しい気がするぞ」


ジロリとそっちに視線を向ければ、可愛らしい靴下を履いた足が大きく動いた。

ベッド下に隠し……いや違う。逆だな。それを確認しに来たってとこか。


「あ、分かった」



年頃の男。その自室。ベッド下に隠す物。

……まったく、我が妹は中々にスケベである。誰に似たんだか。


「もう覗いてるかもしれんが、俺はお前が探してるものは持ってないぞ」


「! ひ……ふーん。別にそんなの気にしてないけどね。

ただちょっと部屋が汚いから掃除しようとしただけであって――」



綺麗にした布団を乱雑にしたのはどこの誰なんだか。

呆れながらため息一つを零し、かなめの頭をなんとなしに撫でる。

「あぅ……も、もう寝るから! 寝顔とか覗かないでよ!」


「あ、おい」


「お前じゃないしするもんか」と今言ったら、流石にぶん殴られてただろう。

ぷんぷん怒りながら部屋を出る妹。はは、あいつの束縛なんて可愛いもんだな。

それじゃあ俺も、“例の件アップデート”を確認した後寝るとしようか。




「――――そういえば」


ふと、俺はベッドの下に手を伸ばす。ここには本当に何も置いてない。

強いて言うならば、この世界に来て最初に見つけた説明書くらいなのだが。

それを分かっていながら、その説明書を下から取り出した。


「え」



すると、そこには確かに紙があった。しかし、それは俺が見た物とは違う。

最初の頃よりもページ数が多く、厚みが増えた説明書の表紙を確認する。



「『ドキッ!美少女だらけの学園ハーレム生活-説明書』――


「   『Ver.2』 ………?」

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