第35話 四者四様

 西園茜璃にしぞの せんりは、幼い頃から深夜徘徊が趣味だった。


 「…………」


 厳しい親の元に生まれた彼女。誰にもバレずに家を抜け出し、ある種の反抗心を持ちながら行っていたその“行為”は、数日前に引っ越してきたこの町でも続いている。


 ただし、この日だけは違っていた。6月最終日である30日は、普段よりも早い時間に家を抜け出す。本当に、なんとなくだった。


「…………」


 休日を挟んで月曜日になれば、転校先の学校に初登校である。特に緊張らしい緊張などなかったが、そういった少しの綻びがあったからこその早い時間だったのかもしれない。

 そこまで暖かい恰好はせず、いわゆる部屋着で近所の公園まで辿り着く。時間の割に人の気配がしない中、この公園だけは唯一声が聞こえたからである。


「…………」(これは……凄いものを見てるんじゃないか?)




 宮田景人と闇野暗子がしていた、密会の声が。


「貴方――触れる――」


「――方法はいくらでもある」



 二人にバレないよう、公園内に入らずに柵と茂みの向こうで会話を聞こうとする。茜璃にとって宮田と闇野は見ず知らずの他人であり、その関係性も一切分かっていない。

 だが、彼らから漂う普通じゃない雰囲気に茜璃は心をときめかせていた。


(何を言ってるのか……ちょっとしか聞こえないけど)


 しゃがみ込んで会話を聞く姿は、傍から見れば不審者と勘違いされそうだった。というよりも、茜璃にとっては赤の他人がしている話を耳に挟んでいるのであながち間違いではないだろう。


 では、彼女は一体何故ここまで執着しているのか? その理由は単純明快で、しかし誰にも分からないものだった。


「――写真だってあるんだぜ」



「!」(スマホを彼女に向けてる……やっぱり、彼は――)


 宮田の行動に、茜璃は目を輝かせた。上手く聞こえはしなかったものの、街灯で照らされた彼の口元は嫌らしく笑みを浮かべている。――それはつまり。



(彼は、ボクの理想とする男性だ……っ!)


西園茜璃。王子様と持て囃される彼女は、自分にとっての王子様に恋焦がれていた。


 優しいだけではダメ。しかし、ただ性格が悪いとか、そういうのでもない。自分を掌握してくれるような、所謂サディストな人物を彼女は欲していたのだ。

 それは幼い頃から受けていた英才教育の――賜物と言うべきか。「淑女とは」という親からの厳しい躾の末に行き着いた茜璃の発想は、そんな自分すら手中に収めるほどの胆力を持った男性の存在。


「あっ……!」(女の人の腕を掴んで……引き寄せた!?)



「お前の身も心も堕として、全ての――」




「!!」(わあああ! ぼ、ボクがいつか言われたい台詞一位をあんな簡単に!)


 高揚した気分が伝わったかのように、隙間から覗いていた“葉”が大きく揺れる。しかし、真剣な表情をした二人は彼女に気づいていない。それが幸運だったのか不幸だったのかは分からないが、少なくとも宮田景人にとっては――



(あの人と話したい……あの人と、ボクは仲良くなりたいっ)


 勘違いから生まれたNewヒロイン誕生の瞬間であった。


――――――――――――――――――

――――――――――――――

――――――――――


 ――時は、茜璃が三人の元へ現れた時間へと戻る


「このボクが、キミたちの部活に入ろうじゃないか!」

(決まった……これで、彼とより親密な関係になれるぞっ)






「…………は?」

突然現れた侵入者に、俺と他二人は呆然と口を開けることしかできない。

西園茜璃――偶然にも、俺たちは彼女が転校してきた日に話した過去を持つ。

彼女の意図は一体? 頭に葉っぱを乗せてるのは、狙ってるわけじゃないよな。


「え、と。最近来た転校生ちゃんっしょ? どしたの急にさ~」


この膠着した状況で最初に動いたのは可憐。流石のコミュ能力である。

……が、しかし。茜璃はそれに軽く微笑んだだけで、言葉を返そうとしない。


こちらからの返答を待つ。という事なんだろうか。



「お気持ちは……嬉しいです。だけど、一体どうして急に?」

「それに、何故私たちの事情を知っているんですか?」


俺が一言何か言おうと思った瞬間、部長である春野さんが全ての疑問をぶつけた。

一方で可憐は無視された(厳密には違うが)ショックでしょんぼりしている。

お前ってそんなに豆腐メンタルだっけ。それとも初めて出会ったタイプだからか。


「――深い理由なんて無いさ。ボクも、まだどこにも入ってなくてね」

「そしたら丁度、風の噂で部員が一人足りない所があると聞いたんだ」



「…………」

筋は通っている。通っているが、何かが引っかかるぞ西園茜璃よ。

ボク“も”という事は俺と可憐が無所属だってことを知っていたんじゃないのか。

それに風の噂と呟いたが、少なくとも俺は写真部の事を誰にも言っていない。



「きみたちにとっても、ここでボクが最後の一人となるメリットは多いはずだよ」


「あぅ……うーん、その」


「どうしましょう」と言いたげな目で俺を見つめてくる春野さん。可愛い。

でも、ここは貴女が決めてください。部長の決定に従いますよ自分は。

小さく頷いた所を見せると、春野さんは決心したように茜璃に視線を向けた。



「――分かり、ました。あなたを写真部の部員として、加入を認めます」



「ありがとう。やっぱり、きみには“スノーフレーク”の花がよく合ってるね」


スノーフレーク……それが、春野さんに渡した花だろう。花言葉は知らないが。

穏やかな笑みを浮かべた茜璃は、彼女の前にゆっくりと手を差し伸べた。

まだ正式に認められたわけではないものの、これで写真部は存続できる。


「なーんか納得いかないケド……ま、同じ部員同士これからヨロシク!」


「うん、よろしくね」


春野さんと握手した茜璃は、落ち込みから立ち直った可憐にも手を差し出す。

正直、俺も100%納得してるかと言われれば、していないのが本音だが……。

なんとなく、彼女が“悪意”を持っての行動だとは思えないので良しとしよう。


「いきなりで驚いたが、まあ、よろしくな」

(お前が何かを企んでるってことは、気づいてるけどな……センリさんよ)


「ああよろしく! これから“一緒”に頑張ろうね――宮田景人クン」

(いつぞやの彼女と同じように、ボクを辱めてくれるかい……)


「なんかお二人の顔が怖い気がするんですけど……喧嘩はダメですから!」

(でも、これで無くならずに済むんだ……良かったぁ)


「ところでさ、転校生ちゃんはいつまで頭に葉っぱ乗せてんの?」

(色々大変そうだネ。ま、でも宮っちとミクミクが居るから大丈夫っしょ!)





――こうして、歪な形で保たれた写真部は一先ず存続することになった。

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