第33話 最後の一人は [中編]

7月6日。写真部最後の部員を探すため、俺はようやくここを見つけた。

地図に載ってるわけではなかったから発見するまで2日ほど掛かったが――

(思ったより普通の家だな……)


表札に書かれている名前は「闇野」。意外にも普通の、しかも一軒家である。

失礼ながらもっとおどろおどろしい感じのホラーチックな場所と思っていた。

俺はごくりと唾を飲み込み、恐る恐るインターホンに手を伸ばす。


(結構、俺の家から近――「人の住み家の前で何をやっているの?」……」


「うおぉっ!?」


人差し指が呼鈴に触れる直前、何度か耳にした抑揚のない声が背後から聞こえる。

不甲斐ないが飛び上がるほど驚き、慌てて後ろを振り向けばそこに“彼女”はいた。


「あら……驚きすぎて声も出ないかしら」


「――闇野やみの暗子あんこ


冷徹なままに、くすくすと笑みを浮かべる闇野。だが羞恥心より喜びの方が勝る。

ここが本当に彼女の家と確定したし、初めて自分から会いに行くことが出来たから。


お前は決してゲームの“外”に居る存在ではなく、ちゃんとここに住んでいるんだ。

……と、黙って闇野を見つめていた俺を素通りし、彼女は扉の前に立つ。


「入りなさい」


ただ一言そう呟き、鍵のかかっていなかった玄関の扉を開けた。


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校舎裏のベンチまで来た、そのあとの話。


「――廃部寸前なの?!」


非常に驚いた顔で、春野さんが言った言葉をそのまま返す。

当然ながら可憐は写真部が無くなるかもしれない事情は知らない。

勿論ある程度は予想してたようだが、まさかここまでだとは思わず……


「や、ヤバイじゃん! 早く何人か集めないとっ!!」


「あたしが部活入ってない友達呼んでこようか!?」


ご覧の有様である。いくら何でも友達想い過ぎるだろ可憐よ。

俺が事情を聞いた時のシリアスな雰囲気とは全くもって違う。

ああほら、しんみりした表情で伝えた春野さんも若干引いてるって。


「あたしの兄貴が生徒会長だからさ、その権限を使って――」


「待て待て。そんなので存続したって気持ちよくないだろ」


……まあぶっちゃけ、本当の本当に大ピンチの時はアリかもしれないが。

それはともかく、春野さんの顔を立てるためにも不正行為は頂けない。

あくまでこの“写真部復活作戦”は、正式に部員を集めるのが最適解。


「私と、宮田くんと、可憐ちゃん……あと一人なんです」


「!」


。俺の予想は正しく、やはり四人で充分なんだ。

この、俺たちで集まったベンチ……比喩的に言うならば残りの“席”。


最後の一人は誰になるか。それを決めるのは、俺にさせてほしい。

そう伝えれば、春野さんと可憐は快く賛成してくれたのだ。


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「――へえ。それで、私に会いに来たのね」


「ああ」

闇野の家、さらには部屋まで案内された俺は、正直に全てを話した。

他のヒロイン達とは違う、しっかりとした繋がりが彼女に欲しい。

出されたお茶を飲みながら、相手から帰ってくる返答をただ待つ。


「残念だけど、あなたの提案に乗ることは出来ないわ」


長考、という程ではなかったが――おおよそ数分ほどの無言は終わる。

とてもあっさり、さらりと伝えられる“NO”に俺は反論することが出来ない。


分かっていたからだ。なんとなく、性格的に断られるであろうことはな。

ただ口で「お願いします」と言うだけじゃ、お前は“YES”と首を振らない事を。



「……なんのつもり?」


だから俺は。


「闇野」


俺は、闇野の手を握る。勿論暴力とか、傷つけるとかそういうのではない。

以前に公園で言い放ったから。お前を堕とすと、面と向かって言ったからだ。


(こういうのやったことないから、前見たドラマの真似だけどな……!)


小さな机の反対側に居る彼女は、それでも表情を変えずにいる。

手を緩やかに引っ張り、自分の背後にあるベッドに押し倒しても、だ。

いや、むしろ抵抗する様子を見せず、俺を試してるような気さえした。


「あなた、経験あるのかしら」


図星を付くような相手の発言に狼狽えながらも、俺は顔を近づける。

こんな事をする理由は、春野さんのためか――自分自身のためか。


あと数センチで、俺と闇野の唇が触れる。相手の吐息はもう感じていた。

この行為に正解はなく、決して主人公らしからぬ行いだとも認識済みである。

だが……無抵抗のまま身を委ねる女性を前に、最早止められるはずもない。


「女性を堕とす一歩目にしては、随分と過激ね」


くすりと笑う闇野は、俺の顔に手を置くと突然撫でてきた。

そのくすぐったい感じと、少し感じる温かみによるものかは分からないが。


何故だか段々と――微睡んでくる。


「焦らなくても大丈夫よ。まだ、このゲームは終わらない」


情けないことに耐えきれなくなった俺は、ベッドに崩れ落ちる。

最後の力を振り絞り、闇野に当たらぬよう移動し瞳を閉じた。


「ただ、思ったよりやるわね。ふふふ……

お茶に入れた睡眠薬がなかったら、危なかったかも」


俺の髪に優しく触れる手。穏やかな口調。瞼の向こうに居るのは「誰」だ?



「今回は私が勝ったけど、次は期待してるわよ」



最後に。最後に聞こえた言葉は、どこかで耳にした事がある気がした。




「おやすみなさい――――ケイくん」

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