第30話 希望が絶望に染まる日


(この花、よく見れば造花か)

西園茜璃から受け取ったガーベラを眺めながら、自分のクラスへ戻る最中。

周りから向けられていた嫉妬の目は西園が振りまいた笑顔でどこかに消えた。

カリスマ性とも言うべき人々を先導する力に、一種の恐怖心も覚えるぜ。

「綺麗ですね」


隣を歩く春野さんは、そんな花に負けない笑顔でこちらに微笑む。

ああ、この一分ほどの時間だけでも俺は幸せで満たされてしまいそうだ。

最近は色んな事があったし、こうして二人で話す機会なんて無かったから。

C組の教室から戻るちょっとした間に、俺は彼女と仲を深めたい。

「……そういえば、春野さんは何の花を貰ったの?」


「えっと、私は――「ちょいちょい! あたし忘れないでよ!」……わっ」


俺の問いに春野さんが答える刹那、間から割って入ってきたのは可憐だった。

忘れていたつもりはなかったのだが、もう自分の教室に戻ったと思っていたぞ。

申し訳ないと謝った後、三人パーティの完成。と思ったらもう教室の前である。

「あたしも宮っち達と同じクラスが良かったヨ……」


とぼとぼと歩きながら俺たちと離れ離れになった可憐により、パーティは解散。

そういう俺も春野さんも、自分の教室にたどり着いた。中から穂乃花の声がする。

決して壊さないよう配慮をしながら、ブレザーのポケットに造花を入れた。


「あ、おかえり景ちゃん。どうだった? イケメンだったー?」


扉を開けて教室に足を踏み入れたと同時に、穂乃花が顔を近づけてくる。

そもそもお前が性別を勘違いしなければ俺も焦らずに済んだのだ。

……と、ひどい押し付けを言ってやろうかと思いつつ首を縦に振った。


「ああ。思わず一目惚れしてしまったよ」


俺がそう言い放てば、穂乃花、とその背後にいた千代もこちらを向いた。

驚きを隠せない様子だが何でだろうな? なんて嫌らしい笑みを浮かべる。

穂乃花が話しかけてきた時の表情から察するに、千代からもう性別を聞いたんだろう。


つまりはそれを知った上で俺をからかってきたとなれば、その対抗策は打たないと。

勿論一目惚れは冗談だが、確かに超美形だったので中々にリアルな設定である。

「そ、そんな……景ちゃんが……景ちゃんが……」

いつもの元気な穂乃花はどこへ行ったのか。絶望に打ちひしがれ過ぎだ。

「あり得ないわ! だってこの前図書館に行った時――」

流れ弾を食らった千代も露骨に落ち込みながら何かを呟いている。


結構ひどいことをしてる自覚はあるが、まあもう少ししたらネタバラシをするか。

ここ最近は俺がヒロインに手玉を取られている感もあるから、たまには良いだろう。

と、崩れる二人の横を通り過ぎて自分の席に座ってふと思い出す。


(そういや……春野さんが貰った花、聞けなかったな)


そもそも彼女は貰ったのか? 廊下で出会った時から両手には握られていなかった。

例えばポケットに入れてある可能性。勿論あり得るが、どこか納得いかない。


……今思えば、西園茜璃は全員に花を渡していたのか?

混雑状態になっていた教室前に居た生徒達に、花を持っている奴はいなかった。

つまり俺が知る限りの情報では、花を渡されたのは「俺」と「可憐」だけ……。


(主人公と、ヒロイン――まさかあいつはッ)


闇野暗子や俺と同じく、この世界に転生してきた人物。

一瞬だけその考えが浮かんだが、冷静になればそれはあり得ない。

何故なら俺が最初に見た彼女は教室内で囲われながら女子と握手をしていたから。


所謂モブキャラに設定されている者たちに触れている、つまり西園はモブじゃない。

一方で触れられているという事は、俺のように転生してきた人物でもないのだ。


「私を見捨てないでぇ……景ちゃ~ん!」


「だぁーもう! さっきのは冗談だから泣きつくなよ穂乃花!」



***



額から流れる汗を拭い、どてっと床に腰を落ち着け一息つく。

俺以外の先輩方も同じく疲れている。今日は、今までよりも熱が入っていた。


「みんなお疲れ! 今日の稽古はここまでだよ」


肩からタオルをかけている城花先輩は部活の終わりを伝えて手を叩いた。

それを合図に周りの面々は自分たちの鞄を取るためにロッカーへ行く。

俺も後に続いて鞄を開き、水筒を取り出した時。中からそれは顔を覗かせる。


(入部届……そうか、ずっと仕舞ってたんだった)


仮入部用の用紙ではなく、ずっと前に貰ったっきりのくしゃくしゃの入部届。

「写真部」とだけ書かれていたそれは、確かこの世界に来たばかりの頃書いたっけ。

初日に、春野さんと出会って、彼女の所属部活を聞いて、それで――



「……うん? どうしたんだい後輩くん。そんな真剣な顔をして」


部室内の片付けをしている城花先輩の元へ向かった俺は、彼女に軽く会釈する。

別に悪口を言う訳でもないし、決して傷つくとは思ってはないけれど。


「すみません城花先輩。実は、今日を持って体験入部を終えたいと思っています」


「えっ、ということはついに! ……ああいや、違うんだね」


喜びから何かを察したように暗くなる顔。俺、今日色んな人を悲しませてるな。

俺が演劇部に入らない事を悟った城花先輩は、それでも優しく微笑んだ。

「いいんだ。後輩くんが入部したいと思えた所が見つかったのなら」


一体どこまで暖かく包み込んでくれるのだろうこの人は。

決して長い間共にしてきたわけではない。たったの二か月なのに。

まるで昔からの親しい友人のような、そんな気配さえする程の心地よさ。


「今日までありがとうございました!」

いつの間にやら他の先輩方からも暖かい言葉をかけられ、俺は部室を後にする。

鞄を背負い、取り出した入部届を携えながら校門の前まで走っていく。


――ほんの少し前。新しく、というより遂に分かった一つの事実があった。

【俺はモブキャラクターに触れないが、モブキャラクターは俺に触れる。】


よく考えればそれは当たり前で、しかし今まで試さなかったから驚いた。

視界が広くなったこともそうだが、タイミングがあまりにも完璧だったから。


もしも、闇野の言葉が嘘なら、つまりこれは運命と捉えてもいいだろう。

春野さんに出会えた事が奇跡ではないのならば、今回もそうだと信じたい。

あいつにまつわる何らかの出来事が、もしもこの世界でも起きるのならば。


今日。櫻野美加の命日である7月3日に、俺は彼女に伝えたい。

そしてそれが奇跡でないのならば、あの校門で待っていればきっと――


「……っ痛!」


勢いあまって数段程度の階段を踏み外してしまう。誰にも見られず良かった。

怪我も無く痛みもないので気にしなかったが、腰のあたりに違和感を覚える。


恐る恐るその箇所に手を持っていくと、中に入れていた造花が折れてしまっていた。

西園からの貰い物のため、自分が犯したヘマを悔やみつつも先を急がねばならない。

(これは次会った時に謝ろう……)


今の時刻は六時半を回って、生徒の過半数はもう既に校内に居なかった。

陽が落ちるこの時間帯に彼女と出会うのは、確か一か月程前になる。


「宮田くん?」


ああほら、来た。初対面の時も、連絡先を交換した時も、一緒に帰った時も。

全て上手くいったから、だから今回も上手くいくと信じているんだ。


「春野さん……実は、見せたいものがあって」


まるで告白のようにも感じられる第一声だが、実際はただの入部志願。

ただ、だからこそ、絶対に大丈夫と心の中で緩んだものがあったのかもしれない。


俺は出来るだけ綺麗に引き伸ばした入部届を、目の前の彼女に見せる。

春野さんが部長かすら分からないけど、一番最初に伝えたかったから。


そうだ。普通は顧問に見せるのが最初だろ、と後で笑い話にでもしよう。

この入部届を見た春野さんは、笑いながら喜んで――「ごめんなさい」……。



「もう、間に合わないんです」


「写真部は……今月を最後に廃部になるから」



「待っ――


悲しそうにこの場を立ち去る彼女を、俺はただ見送ることしかできない。

……何を間違えたんだ? 今まで、何だかんだで上手くいっていたのに。

まるで悪役のような大逆転負けに口も頭も回らない。。


恐らく、春野さんはこの時間まで写真部の部室にいたんだ。

廃部になる理由は分からないが、一番の可能性は人数が少ないこと。

もしもそれが合ってるとするならば、俺はなんて過ちを犯したんだろう。

自分が足踏みをしている間にもタイムリミットが進んでいった結果が、これ。


「………………」


なんて主人公らしく、なんて男らしくないんだ。俺は。

こんな惨状じゃ、俺なんかよりも西園の方がよっぽど――


『ケイちゃん』

『宮田くんとの友達記念、撮っちゃいました』


! ……いや、違うだろ。そうだよ、何を簡単にあきらめてるんだ俺。

よく考えれば最初はもっと絶望した状況だった。

櫻野が死んで、無気力なまま生きていた俺を救ったのは春野さんじゃないか。


「…………やってやる」


もう何度目かの、決意。不屈の心はこういう時に使うもんなんだ。



――――――――――――――――――――――――――――――


「花は散るからこそ美しい」


「――ありがちな言葉だけど、ボクは大好きさ」


 風でたなびく髪をかき分け、本来ならば立ち入り禁止の屋上から下を見やる。西園茜璃は、今しがた行われていた宮田と春野の邂逅を眺めていた。

 勿論声は聞こえなかったものの、何があったのかはある程度予想出来ており、だからこそ誰に聞かれるでもなく独り言を呟く。


「見せてくれよ、王子様」


――――――――――――――――――――――――――――――



「春野美玖さんの写真部復活作戦、始動だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る