7月

第29話 王子様meetsお姫様

「ねー見た? C組にさぁ――」

「超カッコよかったよね――」



「…………」

向こうの方から聞こえる話し声を耳に入れつつ、俺は机に突っ伏す。

体育祭が終わって早数日。ここ最近はずっと同じことを考えている。


(闇野が言ってた世界の真相……それよりも)


頭から離れないアイツの冷酷な瞳は、今何を見ているだろうか。

いや、今は「謎」とか「真相」とか「フェーズ3」とかはどうでもいい。


この瞬間に於いてはもっと大事で、考えるべき内容が存在するのだ。



(――春野さんに、どう打ち明けるべきだろう)


俺の右斜め前に座る春野さんは、穂乃花と楽しそうに話している。

彼女は次の授業を円滑に進めるための準備にも取り掛かっていた。

一方の穂乃花の机には数分前まで行われていた教科が積まれてるな。


(完全にタイミングを失ってしまった……)

体育祭以前、というより体育祭当日に本当なら言うつもりだったのだが。

なんと写真部に体験入部するという話が未だに出来ていないのである。

勿論春野さんに伝えることなく、顧問の先生に言えば良いのは分かっている。


(ただ一つ気になるのが、前に職員室へ行った時に居なかったんだよな)


が、男らしくない俺はズルズルと口を開けず、結局7月に突入してしまった。


(敢えて言わずに部室までついていく……いや、流石にキモイ)


一歩間違えれば中々に気味悪い妄想を頭で消化しつつ、ふと前を見た。

それは感覚とか振動とかの理由ではない。言うなれば「勘」が答え。

いつの間にやら春野さんの姿はなく、どこへ行ったかと額に汗をかく。


「あ、あれ?」


「ん。起きたんだ景ちゃん」


俺の声に気づいた穂乃花がこちらを向いてニコッと微笑む。眩しい。

寝ているつもりは無かったが、先ほどの授業から机と顔を合わせていたからな。

千代に横で注意されながら考え事をしていたため勘違いをしているようだ。


「寝てなかったけど……春野さんは?」


「え? 美玖ちゃんなら、C組にいる転校生を見に行ったよ」


転校生だと? 周りのクラスメイトが話してた内容はそれだったのね。

しかも俺がいるB組ではない……ということは、ヒロインではないんだろうか。

千代穂乃花は転校生に反応しない。つまり物語としては特に関りがない相手?


「あーそうなのか。じゃ、俺は次の授業まで寝ておく」


最近春野さんの事を考えすぎて麻痺してたが、俺は別に彼女の何でもない。

いや、勿論好きではあるんだけども、別に全てを知りたいわけではないからな。

前の急な欠席とかはともかく、こうして居ない事に焦る必要は0である。


「やっぱり寝てたじゃん! ……あ、そういえば噂なんだけどね」


つまり俺は先ほどと同じく、彼女に体験入部をする事をどう伝えるかを――


「今日来たC組の転校生、すっごくイケメンらしいよ」




――いけ、めん? その転校生は男で、しかもイケメンと言ったのか今。

まあ別に気にしないけどな。別に、怒りが芽生えて震えてるとかじゃないけどな。

ただそいつがどんな奴なのかをちょっと見に行こうかと思っただけだよ。

「…………へ、へえ。そうなのか」


「私は興味ないけどねー。……って、景ちゃんどうしたの?」


俺は徐に立ち上がり、教卓の上に設置されている壁掛け時計をジロリと見る。

まだ時間は大丈夫だな。よし、俺もその転校生を見に行くとしよう。

「ちょっとトイレ行ってくる」と一応嘘をついて自分の教室を後にした。

それを信じるピュアな穂乃花と冷たい目の千代から視線を感じつつ、だったが。


「凄い汗かいてたね……そんなにトイレ我慢してたのかな。千代ちゃん」


「はぁ」(二人は勘違いしてるけど、C組の転校生は――



***



ギリギリ走っているとみなされない速度で廊下を駆けてゆく。

可憐がいるA組は俺たちのすぐ隣にあるが、C組は一つ上の階にある。

つまりは階段を上るという行程を踏まえてターゲットまで辿り着くのだ。


足元に気を付けつつ、何人かの生徒を避けながら目的の場所まで到着。

休み時間終了間近にもかかわらず、異常なほどに出入口に人が多い。

これが転校生、尚且つイケメン効果か。羨ま……しいことはない決して。


「あれ、宮っちじゃん」


転校生の顔を一目見ようと悪戦苦闘中。人混みから声と共に姿を現す。

そこには不思議そうな表情を浮かべた東郷可憐。何故ここにヒロインが?

俺が会いたい対象の男は、やはり物語に関わる大事な人物だというのか。

「キミも転校生を見に来たんだネ」

「あ、ああ。……その花は?」


「これね、貰ったの! 貴女に合う花を渡したいって」


嬉しそうに微笑みながら俺の前に手を出す。握られていたのは一輪の花。

貰った……? この白くてきれいな花、悔しいが可憐に似合っている。

おいおい待て待て。いくらなんでもやりすぎだろう転校生さんよ。


焦る気持ちを心に押し込み、丁度人が減った入口から教室の中を見やる。

いた! 教卓の前で女子生徒から囲まれている、こいつが噂の――


「…………あれ?」


俺の目に映る転校生。それは、女子からの黄色い声援を受けている……女子。

スカートではなくズボン。背丈も俺と同じくらいではあるが、しかし。

胸元に携えた桃色の制服用リボン一つで性別が分かれるほどの整った横顔。

両耳を綺麗に隠すほどに伸ばしたボブカットが揺れて、俺の方へと視線を動かす。


「おや、きみは……初めましてだね」


ああ、これは噂されるのも納得の王子様だ。カッコいいじゃあねえかよ。

すたすたと、モデルのように歩いてくるを見た俺は笑みがこぼれた。

それは自分がした勘違いに対して。そして、相手の強すぎる個性に対して。


「希望に満ちた目をしているきみには、このガーベラの花をあげるよ」


「ボクの名前は西園茜璃にしぞの せんり。今日、ここへ転校してきたんだ」



自己紹介と共に、どこから出したか黄色の花を俺に差し出してきた。

美しい手から去り行くガーベラの花言葉は「希望」だったっけな。

圧倒されながらも受け取り、こちらが声を出そうにもそれをさせてくれない。


受け取ったと同時に、これまた美しく笑う西園茜璃は俺の左手を掴んだから。

こんな所を春野さんに見られたらどうしようか。と、不思議なほど冷静である。

それよりも周りから感じる嫉妬の視線を意に返さない彼女は一言呟いた。


「以後、お見知りおきを」

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