第28話 「闇」は全てを見ている
――この世界は、本当にゲームの中なのか?
それを知るには、貴方はまだ足りないわ。
足りない? それは、つまり■■■が――
――――――――――――――――――――――――――
「ぶえっくしょい! 寒いな、やっぱり」
震える身体を抑え込み、真っ暗な夜道を歩いていく。
かなめからの頼まれごとで買い出しに向かっている俺の誤算。
寒すぎるなこれは。6月の夜にしては軽装過ぎたようだ。
(ここを曲がって、と)
まだ数回ほどしか行ったことはないが、流石にもう覚えている。
暗闇を照らすは民家と電灯だけでなく、スーパーが必要不可欠だ。
この世界にも24時間営業の店舗が存在していてよかったよ本当に。
(かなめの奴、喜んでくれるかな……)
体育祭で1位だった妹のお祝い用にケーキを買い、意気揚々とお店を出る。
笑顔で喜ぶ顔を思い浮かべば、この程度の寒さなんてへっちゃらなのだ。
片手に携えた買い物袋を崩さないように気を付けて、来た道を帰っていく。
……体育祭で思い出したが、結局アレを使うことは出来なかったな。
春野さんが所属している、写真部への仮入部届を。
学校にまで持っていたが誰にも見せることなく懐に仕舞ったままである。
まあ別に、彼女が休みでも先生に伝えればよかったんだが……な。
こういうのは風情がないと。ただ、メールで伝えるのも微妙だし。
「トロフィーの事は、もう言ったの?」
「それは画像を撮って送ったけど、まだ返信が返ってきてないんだよな」
信号待ちの間に携帯を取り出し、彼女へ送ったメールの内容を改めて確認する。
よし。焦って変な文章とか変な画像を送信はしてないな。良かった良かった。
ほっと一息つき、携帯を上着のポケットに仕舞って前を向い――
「は!? だ、誰だ!!」
あまりにも自然過ぎて気が付かなかった。突然聞こえる背後の声。
一体何者だ、と振り返る間もなく「後ろの人間」は俺の前に姿を現す。
小柄な体格。短く切り揃えた短髪。細く真白い手足。光の無い冷酷な目。
「そんなに携帯を見てたら、大切なものを見逃すかもね」
「! お前は……
「名は
赤信号などお構いなしかのように横断歩道のど真ん中で佇む彼女。
偶然なのかは分からないが、どこからも車が来る気配はない。
自己紹介を簡潔に済ませ、俺の言葉を無視してどこかに行こうとする。
「もう少し、静かなところへ行きましょう」
以前に出会った時と同じように、心を見透かされるような瞳。
何を考えているか分からず、真意の掴めぬままにその背を見やる。
「ちょ……ま、待て!」
まだ信号は赤く光っているが、しかし。今だけは許してもらおう。
人生初の信号無視をして、俺は闇野暗子の後ろを追っていった。
***
まだ、時計の針は零時を指していない。
遠くからうっすらと聞こえる若者たちの声が耳に抜けてゆく。
しかし、この小さな公園に存在するのは俺と彼女の二人だけ。
自宅からそう遠くはないが、こんな場所に来たのは初めてである。
特段珍しい遊具があるわけではないものの、気まずさから辺りを見渡す。
(一体何が目的……いや、質問するのは俺だ)
こうして二度目の邂逅となった闇野暗子を見て、改めて思う。
彼女はこの世界の人間ではない。言うなれば、俺と同じ立場。
その詳しい正体は未だ不明だが、可能性があるとするのなら――
「お前は、神様なのか?」
余りにも荒唐無稽ではあるが、当たっていれば辻褄が合う。
ここまで来れば、最早ただの不思議っ子などと言うつもりもない。
「……もしそうなら、「お前」なんて口の利き方は怒られるわよ。彼女に」
中々に正論をぶつけてくる。それはまあ、確かにそうだが。
その口ぶりを聞けば、彼女は「神」や「悪魔」などの存在ではないことが分かる。
やはり俺と同じ転生した人間……いや、転生というには違うかもしれない。
「私が何者か、貴方に分かるかしら」
「…………きっと、合っていても間違っていても言わないだろう」
はぐらかされる。というよりも、その飄々とした態度を崩さなければ。
彼女の真の顔、そしてこの世界の全てを解き明かすことなんてできない。
もっとも、元より秘密を解明するつもりなんて無いのだが。
「あら正解。貴方ってば思ってたより見る目があるのね」
「お褒めの言葉ありがとう。……で、目的は何だよ」
ベンチに座った闇野を確認し、俺は対面にあるブランコを囲む手すりを見た。
丁度自分の腰ほどの高さのため、腰かけるには丁度良い。
まるでこれからバトルが始まりそうな雰囲気を醸し出す公園内。
闇野が俺に会いに来た理由。ただ、からかうだけとは言わせないぞ。
大事な「何か」を伝えるためか、はたまた俺を見定めるためか。
神の使者と大層なバックグラウンドを考えながら、その時が来るのを待つ。
「――この世界の真相。彼女も、くだらない事を考えたわね」
彼女とは、俺を転生させた神様か。
「春野……美玖だったかしら。モブキャラクター、ね。ふふふ」
不気味な笑みを浮かべて、俺が愛する人の名を呟く。
「何度か体験してるはずよ。途切れ途切れに見える記憶が」
ああ、あったさ。ヒロイン達がいる時に何度も。
穂乃花と出かけた時。
千代と可憐と揉めた時。
体育祭で、櫻野を考えた時。
「貴方も可哀想な人ね。触れることが出来ないなんて」
「……そうでもないさ。接する方法はいくらでもある」
見下すような態度を取る闇野に多少の苛立ちを覚えた。
お前に何が分かる、と子供じみた事を言うつもりは無いが。
死んだ彼女と瓜二つな女性の存在が、この世に存在する喜びを。
「それに、春野さんの写真だってあるんだぜ」
「!」
以前気になって試した一つの可能性。モブは写真に写るのか。
盗撮なんて絶対にするつもりは無いので、ちゃんと許可は得ている。
穂乃花、千代を含めた四人で撮ろうと提案したのは数日ほど前だ。
結果としては予想外にあっさりと分かった。答えはYESだ。
携帯に残された画像にはヒロインと俺を含む四人がしっかりと残っている。
これもまた、春野さんの写真部に入ろうとした理由の大きな要因――
「もうフェーズ3まで進んでいるのね。これは新発見だわ」
「な……」
突然こちらに近づいてくる闇野。その目は大きく見開かれている。
女性に対して使うには憚られるが、とても恐ろしいと感じるほどの威圧感。
フェーズ3……? 春野さんに関係していること、なのか。
吸い込まれそうな瞳は離れていき、閉じたかと思えば再び開かせた。
とても綺麗な黒色で、どこか喜びも感じさせるようだった。
「それを知れただけ満足ね。じゃあ最後に一つ……」
公園の出口へと向かう彼女に視線を合わせるが、足は動かない。
「私は望んでこの世界に来た。貴方と同じ、この町に住んでる」
ということは、つまり。用があるのなら会いに来い。ってことか。
その捨て台詞を最後に、俺を置いて帰ろうとする闇野暗子。
ちょっと待てよ。まだ、お前に対して聞きたいことは山ほどある。
でも、ああ分かるさ。それを知るには俺は早すぎるんだろう。
それに闇野が正しい答えを言う確証も、今は存在しえない。
だが。だからこそ、ハーレム主人公が取るべき行動は一つ。
「さような……ら?」
俺は彼女の腕をつかむ。決して乱暴にするつもりはない。
ただこちら側へと抱き寄せて、顔と顔を近づけるために。
これでも眉一つ動かさないのは、ヒロイン達と違うな。
「お前の身も心も堕として、全ての真相を話させてやる」
「――やってみなさい、ハーレム主人公さん」
俺を見つめる彼女の瞳が、優しく潤んだ気がした。
――――――――――――――――――――――――――
「ちょっとお兄ちゃん! このケーキぐちゃぐちゃになってるんだけど!」
「すまん……色々あって完全に忘れてた」
俺の6月最終日は、妹の怒鳴り声と共に幕を閉じる。
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