第26話 体育祭にて ③
【恋愛ゲーの世界でハーレム+モブキャラ攻略に励む宮田景人。
第一種目の二人三脚を、春野美玖の穴埋めとして急遽出場することに。
千代と可憐に挟まれながらも無事に完遂し、次は穂乃花の借り物競争で……?】
海永穂乃花という人間の性格が、サバサバとしているのは既に知っていた。
説明書にも書かれていたし、実際目の当たりにすれば一瞬で分かること。
が、しかし。まさかこれほどまでとは。俺は彼女を侮っていたのかもしれない。
「景ちゃーん! ほら早く! 私について来て!」
「ま、待てまて穂乃花。お前に出されたお題、もう一度言ってみろ」
生徒が座っている観客席に来た穂乃花は、俺の手を握り引っ張ってくる。
確かに今回の借り物競争は「物」だけじゃなく「人」を借りるのもOKだが……。
とはいえ穂乃花に出されたお題と、それに対しての選択は余りにも恥ずかしい。
[あなたの好きな物]
「[お菓子]とちょっと迷ったけど、私は景ちゃんの方が好き!」
「俺食べ物と比べられたのかよ!?」
このヒロインには周りの目というものが存在しないんだろうか。
他の競技者は予め対策で用意していた「物」を持ってきているのに対し、
この海永穂乃花だけはおれという生身の人間を運動場の中心へと連れていく。
『い、一番早かったのは二年B組の海永さんで~す』
「やった! 1位だったよ景ちゃん!」
まさか本当に持ってくるとは……みたいな顔をしてるぞ、審判の先生が。
でもまあ実際に説明用紙には人間も大丈夫と書いてるし、穂乃花は何も悪くない。
ただ[好きな物]という恥ずかしいお題で良く来たなとは俺も思うけど。
(……まあ、一番早かったからいいか)
「じゃ、最初の借り物は終わったから戻るぞ。次も頑張ってくれ」
そう言い残して俺は元の席へと戻ろうとする。が、後ろから手を引かれる。
一体どうしたと穂乃花の方に顔を向けると、何故だか口をもごもごしていた。
それは恥ずかしいのかもどかしいのか、普段の彼女らしくない姿だと心で思う。
「えーっと、ね。その、ふざけた感じで連れてきちゃったけど……」
? 真面目、というか改まって何なんだ。別に俺は怒ってなどいないぞ。
運動場を行き来するからという理由で珍しく髪を括っている穂乃花。
普段と違うのは髪型だけでなく、もっと違うものもあるのか。
「私が景ちゃんを好きなの、本当だからね!?」
顔を真っ赤にさせながらそう言い、一瞬のうちに走り去っていく。
……どうやら俺は、穂乃花のことをほんの少しだけ勘違いしていたようだ。
彼女は周りの目を気にするよりも、一人の人間をただ見ていてくれる。
どこまでも実直。それを空回りさせないようにするのが、俺の役目か。
「…………」
油断ならないなちくしょう。一番見知ったヒロインに、一番ドキドキさせられたぜ。
いつの間にか顔が赤くなっていた俺は、頭を冷やしてから自分の席へと戻った。
――とまあ、非常にときめくシチュエーションを体験させてもらったが。
「行くよ千代ちゃん! あなたは私の[大切な物]だから!」
「い、行くから手を離しなさい! 周りに見られてるでしょっ……!」
まあ穂乃花はこういう奴だったな。基本誰にでも優しくて明るくてかわいい。
[大切な物]認定された千代は恥ずかしそうに、だが満更でもなさそうに見えた。
……こちらに近づいてきたとき、俺に向かって目配せをしたのも見えたが、な。
***
「――おい。なぜ俺と妹のブルーシートに割り込んでるんだ」
昼休憩の時間。生徒もその保護者も、それぞれが集って昼食を囲む。
当然ながら俺とかなめの親は海外に居るので二人きりだと思っていたが。
「だって久しぶりにかなめちゃんと一緒にご飯食べたいもーん」
「わたしがあんたと食べてあげることに、何か文句でも?」
「午後の部に備えてたくさん食べないとだ! 三年生も負けれられないよ!」
「みんなでお弁当のおかず交換しよ~。あたしはウインナーあげるからさぁ」
「な、何か予想より人が多いね……あはは」
おい妹を困らせるんじゃない。あと後半二人は俺の質問に答えろ。
ジロリと睨んだものの、どう考えてもこのヒロインズに威嚇が効くわけもなかった。
仕方がないとブルーシートに腰を下ろし、かなめ特製のお弁当を開ける。
「それ妹ちゃんが作ったやつ? 美味しそうだネ」
さっきから交換したがってるハイエナ可憐が俺の弁当に狙いを定めてきた。
絶対に渡さない。前に俺の昼食であるパンを全て食べられたことは忘れんぞ。
「ケチンボ! じゃあ宮っちにはあたしのも交換しないもんね~」
「ケチと言われようが渡さん。……ってちょっと待て。宮っち?」
生まれて初めての呼ばれ方をして少し驚く。
俺があだ名的な名前で呼ばれるのは、穂乃花の景ちゃんぐらいなものだ。
別に嫌ってわけではないが、呼び慣れてないので小恥ずかしい。
「そ。なんか親しみやすいしさ、あたしずっと「キミ」としか呼んでなかったから」
「キミ、と呼ばれることも可憐以外に無かったがな。あれはあれで嫌いじゃない」
「えー! それじゃあたまに呼んであげ――「ちょっといいですか!」……る」
俺、というより可憐がいつの間にか隣を確保していたこともあり話は弾む。
しかしそんな光景をただ黙って見ているほど、残りの彼女たちも柔じゃないようで。
最初に割り込んできた穂乃花は、俺への呼び方論で何やら言っていた。
続いてそこの輪に入る千代は相手に可憐が居ることもありヒートアップ。
自分の兄についての話題だったためか、妹であるかなめもそこへ突入。
まったく。既に出番が終わってるとはいえ、彼女たちのどこにその元気があるのか。
三人の口論を肴にしながら弁当を掻き込む。ところで貴女は行かないんですか?
「ん、私かい? いやぁ、私にとってきみは「後輩君」が一番しっくり来るのさ」
唯一の先輩という個性を活かした呼び方の暴力。城花先輩の後輩で良かったぜ。
実年齢が二十を超えている俺にとって、話しやすさは彼女が一番だろう。
大人びている千代なんかもそうだが、それでも城花先輩とは話もよく合うからな。
「楽しいねぇ体育祭」
ああそうですね。ふと考えれば、こうしてヒロインが集結するのは今回が初めてだ。
可憐-かなめ、城花先輩-千代の絡みが見れるというのは中々に新鮮である。
……ただ、だからこそこの場に春野さんもいてほしかったが。
「後輩ちゃんが居ないのは、悲しいけどね」
――え?
「…………今、なんと」
隣から聞こえてくる言葉に、一瞬だけ理解が追い付かなかった。
この体育祭を欠席している後輩。つまりは一年生か、二年生。
違う可能性の方が高い。俺の考えが飛躍し過ぎて、考えすぎって事の方が。
でも、何故だか感覚で分かるのだ。城花先輩が呟いた「後輩ちゃん」が誰か。
「ああごめんね。春野美玖っていう、私と同じマンションに住んでる子さ」
「まあでも理由が理由だけに、仕方がないのかな…………わあっ!?」
彼女からその名前が出た瞬間、俺は城花先輩の両肩を掴んだ。
その時だけは、思い切り掴み過ぎて痛いかもしれない。なんて思いは無かった。
少しでも分かるなら。春野さんについて、少しでも情報があるのならば。
「教えてください城花先輩。彼女に、何が起こったのか」
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