第24話 体育祭にて ①

ピピピ、ピピピと一定のリズムで鳴る目覚まし時計。

視界に捉えず音を止め、大きなあくびを一つして起き上がる。

「ふあぁ……」

いつもと変わらない朝ではあるが、今日は6月最終日の体育祭当日。

俺にとってはここ数年で一番身体を動かす日になるだろうな。


「おはよ、お兄ちゃん」

「ん」


布団を丁寧に直し、部屋から出た所で遭遇するは我が妹かなめ。

既に制服に着替えているようで、やる気のほどが伺えるようだ。

俺がかなめに「おはよう」と返せば、彼女はさっさと1階へ下りていった。

(元気なやつだ)

以前、寝起きで下りた時に足を踏み外しかけた事がトラウマになっている俺。

体育祭の直前で負傷は洒落にならんので、ゆっくりと階段下りていく。

この世界でケガをしたらどうなるのか? という不謹慎な疑問は押し殺して。


「お兄ちゃんの分のお弁当も作ってるからね」

「ああ、ありがとう」


キッチンにて弁当箱を包んでいる妹に感謝し、洗面所へと赴く。

冷水を顔に掛ければ途端に目は覚め、同時に頭も冴えた気がした。

(気合入れないとな……よし)

勢いよく両頬を叩く。思ったよりも痛いが、だからこそやる気が出る。

体育祭がある今日は俺の今後を含めて大きく動く日になるだろう。

自分から動くモノと、いつの間にやら迫る流れというモノもあるから。


「今日は一緒に学校行くよね?」

朝食の焼きたて食パンを食べながら俺の方へと近づいてきたかなめ。

リビングへ移動しながら相槌を打ち、テーブルに座って一息つく。


普段なら俺は穂乃花と、かなめも同学年の友達と登校してるのだが……

生憎と俺たちの登校相手が体育委員という事で朝早くに登校済み。

そのため、以外にも初めてである兄妹の同時出発というわけである。

「一緒に登校するのは久しぶりじゃないか」

とは言ったものの、俺の記憶には一緒に登校した記憶なんて勿論ない。


「確かにね。私の入学式以来かも」

なるほど、これは初めての情報だな。

俺がこの世界に来たのは5月からなので、それ以前の記憶は存在しない。

正確には「俺への思い出」は「俺自身」と「俺以外」で分け隔てられている。

つまりは5月以前に俺が行った行動を俺は知らないわけなのだ。

(この辺はややこしいから、また今度ゆっくり考えるとしよう)


頭の中で色々と考えているうちに、気づけば自分の朝食は皿の上に無い。

手を合わせ、皿洗いは帰宅後に行う事を約束しながら席を立った。

さて。前日の内に持ち物等は準備済みなので、後は着替えるだけである。



「ちょ、ちょっと! なんで私の前で着替えるの?!」


「移動するのが面倒くさいんだよ……いいだろ兄妹だし」

という本音は5割で、残りの半分は恥ずかしそうな顔をした妹が見たいだけだ。

こんな悪い兄ですまない。でもチラチラこっち見てるのもバレてるぞ。


俺自身に関しては、演劇部で何度か着替えたこともあり、見られるのは慣れた。

「うー」と謎の声を出しているかなめを視界の端に捉えながら制服に着替える。


これは前もって考えていた戯れの一つなのだが、思っていたよりも反応が面白い。

普段、というより学校ではサバサバした奴海 永 穂 乃 花とかツンツンな奴山 村 千 代とよく居るからか?


「お兄ちゃん……ちょっと」


チラリと時計を見る。まだ時間には余裕はあるが、もう出ておいた方が吉かね。

流石にズボンを着替えるのを見せるほど非常識ではないので部屋に一旦戻る。

を取りに行くついでに着替える算段なの――「触ってもいい?」……だ。


自分の耳がおかしくなったのか、顔を赤らめながら放った妹の言葉に時が止まった。

今までかなめからのアタックといえば、言い当て妙だが「守り型」が多かったはず。

例えば過去にハグをしたときや、寝ている俺に後ろから抱き着いてきた時がそうだ。

いや待てよ。俺からの攻めにカウンターを返すと考えれば今回も当てはまるのか?


「だ、だってほら、兄妹なんだし……」

俺が何も言わずに佇んでいると、かなめは再び口を開ける。

その発した理論はよくわからないが、深く考えることはせずにいよう。

今はただ、かなめの冷たい手が俺の身体に触れる感触を楽しむだけで――



***



「あらおはよう。随分疲れてるみたいだけど?」


「お……おはよう千代。いやなに、ちょっと走ってただけだ……」


ほ、本当に危なかった。妹との戯れを楽しんでいた結果、遅刻間近で何とかセーフ。

二人揃って全力疾走し、息も絶え絶えのままに学校、教室へとたどり着く。

入って最初に出会ったヒロインが千代なのは、良いのか悪いのか分からない。


「バカねぇあんた。ま、先生が来るまでは机で寝てなさい」

普段通りの皮肉めいた言い方が、今の俺には聖母のようにも見える。

椅子に座って一息つき、ふと前を見ればそこには誰もいなかった。


「――あれ? 穂乃花と……春野さんは?」

周りを見ても椅子に空きはない。正確には生徒の痕跡は残っているが……

前の二人に関しては、そもそも鞄も無ければ机も椅子も動いた痕跡がない。


「海永さんは体育委員だから、教室に来ないで運動場よ」

ああ、なるほど。そもそもの原因はだった。

穂乃花と一緒に行けなかったから妹と共に登校したんだったな。

ようやく酸素が行き届いた脳と千代が、その記憶を思い出させてくる。


「春野さんは……そうね。まだ来ていないわ」


訝しげな表情を浮かべながら目前の机を眺める千代と、俺。

今まで遅刻なんてしてなかったのに、今日に限ってどうしたのか。

いや、正確には遅刻ではない。だがこの時間に登校していないのは初めての事。


春野さんの身に何かが、と考えるほど鬱屈した思考に陥ってはいないが不安になる。

何故ならば彼女はこの体育祭をとても楽しみにしていたからだ。ずっと前からな。

「まだお休みと決まったわけではないと思うけど、少し心配ね」

「ああ。昨日の段階じゃ元気そうだったが……」


体調、事件、事故、色々な可能性はあれど、どれも当てはまる気がしない。

それは春野美玖という人物が、この世界に於いてのモブキャラクターだから。

恋愛ゲーのモブは風邪を引くのか? モブが事故を起こすことはあるのか?

そんな彼女と付き合おうとしている俺が言うのは、随分と変な話ではあるけれど。


恐らく頭に考えた可能性とは別の、何かが要因で彼女は教室に「居ない」のだ。

それが何かは分からない。だがしかし、きっと、俺が見逃している理由がある。



(一体なんだ…………?)




机に突っ伏し考えを張り巡らせる。が、良い答えにたどり着かない。

気づけば担任の声が聞こえ、また、気づけば俺たちは外に移動の時間だ。


全校生徒がグラウンドにて整列し、朝礼台の上で校長先生が挨拶をする。

横に設置された屋根付きの教員スペースにいる体育委員たちの中には穂乃花がいた。

俺に気づいて手を振るが、校長が話してるときに降り返すことなんて出来ん。


(景ちゃーん! 私ここにいるよ~っ!)


「…………」

……はは。良い意味で、どんな時も変わらないアイツを見ると元気が出るな。

本当ならば春野さんに見てほしかったが、今はそれを考える事はやめておこう。

この体育祭で俺がすべき作戦は、とてもシンプルかつ難しいたった一つのこと。


ヒロインたちに良い所を見せる。



「愛恋高校、第14回体育祭を行います」


生徒会会長である東郷可憐の兄が宣誓し、俺の長い一日が始まった。

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