第22話 落ちる雨、流れる汗
6月と言えば梅雨。梅雨と言えば6月。
切っても切れない関係性はこの世界でも変わることなく続いている。
ここ最近、ほぼ毎日降っている雨にそろそろウンザリしてきた頃だ。
(まだ、止まねーか)
ザーザー降りのグラウンドを横目に眺め、動かしていたペンを一旦止めた。
もう少しで六限目が終わる。このままだと、俺は土砂降りの中帰らないといけない。
体験入部している演劇部も今日はオフ、久しぶりに陽の光が見える時間での帰宅。
――となるはずが、ご覧のように外の世界は薄暗い雲が覆っているわけである。
「……ちょっと、なに辛気臭い顔してんのよ」
「!」
小さな声で話しかけて来たのは隣の席に座っている山村千代。うむ、今日も真面目。
なんてどうでもいい考えは置いておき、どうやら俺は顔に出てしまっていたようだ。
傘を持ってくるのを忘れた、悲壮感丸出しの間抜けで哀れな男の表情が。
「いや、別に何でも」
俺が傘を忘れたことを悟られないように、向こうを向いてそう答える。
千代にバレたら馬鹿にされて笑われるのはもう目に見えているからな。
ドジを踏んだ事は絶対に悟られ――「どうせ傘でも忘れたんでしょ」……はい
一瞬にして見破られる俺。部活のお陰で演技が上手くなったと思ったんだけどな。
ペンの先っぽで肩をツンツンと押され、見やしないがどうせ笑っているだろう。
「バカねぇあんた。今朝の天気予報で雨降るって言ってたじゃない」
「……今日は忙しくて見れなかったんだよ」
振り返って千代の顔を伺えば、予想通りにやにやと口角を上げていた。
こんな学級委員長嫌だ。とは思うけれど、この態度は俺にしかしない。
つまりは一種の愛情表現だと受け取っているが……それはそれとして。
(穂乃花にでも貸してもらうか)
いつも傘を二本持ってきている穂乃花ならば貸してくれるだろう。
そう考えながら前の席に視線を合わせれば、頭を揺らして眠気と戦ってる姿が。
先生の話など聞いているのか聞いていないのか、うつらうつらとしている様子。
隣に座る春野さんの真剣な面持ちとの対比が、勤勉さを実に表している。
……まあ、それは隣に千代がいる俺にも言えることではあるんだけども。
「――ねえ、その」
授業終わりに言えばいいか、と思っていた俺の考えを遮るように声が聞こえた。
勿論、大雨が降る外の轟音に負けない声量が必要な場所からの声が。
「良かったら、傘、貸してあげてもいいけど」
「…………」
以前、そうだな、確かこの世界に来た初日に身を持って体験したことがある。
妹のかなめに対し、思春期特有のツンとした態度からの甘えに移行する破壊力。
所謂「妹萌え」の一撃必殺は実に強力であったが、いやさしかし。
「本当か? ありがとう、千代」
「べ、別に! たまたま傘が余ってただけなんだからね」
王道中の王道「ツンデレ」というのは、それを凌駕する甘美なパワーなのだ。
男ならば、死ぬまでに一度は言われたい台詞の中に入っているであろう。
顔を真っ赤にさせながらも、心に秘める想いを言われたとなれば男冥利に付きる。
「やあっと終わったぁ」
授業終了のチャイムが鳴り、先生が教室を出た瞬間に穂乃花は机に突っ伏す。
終わる前から似たようなものだった、という突っ込みは一応しないでやるか。
「あーそういえば! 景ちゃん傘大丈夫だった?」
何故俺が傘を忘れたことを知っているのだ。もしかしてずっと聞いてたのかね。
一瞬だけ背筋が凍ったが、よくよく考えれば今朝の登校で既に知っていた様子。
足早にトイレへ向かい空席になった隣を見ながら、「もう大丈夫だ」と呟く。
「なら良かった。演劇部期待のエースに風邪は引いてもらっちゃ困るからね!」
何故か穂乃花が胸を張ってどや顔をしてるが、それは無視をして席を立ちあがる。
まだ入ると決めたわけじゃない。そう言い、俺もHR前にトイレに行くことにした。
「――あ、あの!」
俺と穂乃花の会話に一つの区切りがついたのを見計らったようなタイミング。
話しかけてきた春野美玖さんは、どこか焦っているようにも見える。
一体どういう理由で。俺の心に引っかかる何かは、少しづつ実態を持ち始めた。
「もしよかったら、私が入ってる――「HR始めるぞー」……あ」
席につけ。先生からのそんな言葉で、春野さんからのメッセージは遮られてしまう。
とはいっても、そこまでの話の文脈で彼女が何を言いたいのかは何となくわかる。
「私が入ってる写真部はどうですか?」的な、恐らくそんな感じだろう。
(ふーむ……)
実を言うと、俺の中では演劇部と写真部どちらに入るかを現状悩んでいる所である。
やはり春野さんとの仲を深めるならば前者が最適解ではあるだろうが……
演劇部に入れば、恐らくあの意味深な女子生徒の正体が掴める可能性が高い。
そんな理由で今の所決めかねているが、これ以上引き延ばすのは避けるべきだろう。
この6月中に、どちらに入るかは確定させる。どう転んでも、ぶれてはいけない。
ああそうだ! 明日にでも写真部へ足を運んでみよう。何事も体験だしな。
――と、思っていたんだが……なるほど。そういえばこの時期だったな、これ。
俺はHRにて配られたプリントを見ながら、周りから聞こえる声たちに耳を傾ける。
世界とはどこまでも意地悪で、しかし胸躍らせる体験が出来る可能性もあるだろう。
逆に考えよう。俺は、この行事イベントで春野美玖さんとの仲を更に深めてやると。
【6月30日 愛恋高校の体育祭を行います
それに伴う部活動並びに各役割の――】
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