第21話 彼女と部活の帰り道

「――あなた、本当に高校生?」



「…………」



静寂が辺りを包む。だが、恐らく俺とそれ以外で胸中は違っているだろう。

彼女は一体何者なんだ? このゲーム……いや、この世界を覆すその発言。

未だに握られている手に、力はほとんど入っていない。しかし何だこの威圧感は。

まるで得体の知れない怪物を相手にするような、訳の分からない恐怖感。


「……そう、だけど」


今までとはまた違った空気に気圧されながらも、何とか口から嘘を言い放つ。

彼女が何故、俺に対してそう問いかけたのかは分からない。

全知全能の神様か、はたまた学生にありがちな不思議っ娘ちゃんなのか。


それは分からないけど、ただ少なくとも。


「――またどこかで会いましょう」


俺にとっての重要な人物であることは間違いなさそうだった。



***


「いやぁごめんね。あの子も、君と同じく体験入部で来てるんだ」


意味深な台詞を呟いて部室を後にした彼女を背に、城花先輩は笑いながら言う。

微妙な空気に陥った空間を明るく染め上げる声色は、心に平静を教えてくれた。

演劇部の人たちに聞けば、きっと彼女の名前を知ることもできるだろう、が。

それはやめておく。彼女も言っていたように、いつかまた出会えるだろうから。


手に残る冷たい感触を握りしめ、いよいよ俺は本題の方へと意識を集中させた。


「気を取り直して。じゃあ城花さんと宮田くんは今からこれを着てね」

ハンガーに掛かった複数の衣装から、特別煌びやかな物を取り出す他の先輩方。

まるで王女と王子様と形容するに相応しいそれを見て、俺は色々と察する。

体験入部歴10分にも関わらず、まさか今から演技の練習でもするというのか?


しかも相手は城花先輩。部長直々に指導してくれると言えば聞こえはいいが……


「それじゃあ早速なんだけど、私と後輩くんでお芝居をやってみようか!」


「最初は発声練習とかじゃ――「まあまあ細かいことは気にせずに!」……」

肩を掴まれ、やや強引に衣装を手渡しされる。どうやら拒否権はなさそうだ。

カーテンで仕切られた小部屋に案内されたので、仕方がないと服を脱ぐ。

遅かれ早かれやる事になっていただろうし、折角の期待を無下にするのは忍びない。


(相手が城花先輩なのは、ちょっと作為的な物を感じるが)

ゲーム的には当たり前ながら、丁度良くヒロインとする演劇は中々に面白い。

部長特権のような気がしないでもないが、そこは気にせずに渡された衣装を着る。

一見派手に見える装飾品も、着てみればそこまで違和感はない。というよりも――

(?……この衣装、やけにピッタリだな)



「着替え終わったかーい?」


仕切りの向こうで城花先輩らの声が聞こえる。どうやら向こうも終わったようだ。

何かが頭の中で引っ掛かりつつも、俺は「今行きます」と返して小部屋から出る。

有難いことに他の部員たちから似合ってると褒めてもらい、悪い気はしなかった。


「かっこいいね、後輩くん」


穢れなき真摯な瞳でこちらを見つめる城花先輩の言葉が、とても胸に響く。

何を言うか。あなたの方こそお姫様のような衣装がそれはもう可愛いですよ。

……と、口に出せるほど度胸のある人間ではない。少なくとも今は、な。

「ありがとうございます。……先輩も似合ってますよ」


「褒めても何もでないよ? もー」

満更でもなさそうな笑みを浮かべ、くるりと回って彼女は何かを手に取った。

未だ目を離せないその衣装から視線が切り替われば、そこには小奇麗な無地本。

「これは……」


表紙には、鉛筆で分厚く書かれた「台本」の二文字。ああ、なるほど。

なんとなく即興でやるのかと危惧していたが、予想外にしっかりした指導らしい。

中身を見れば丁寧に決められた台詞・役柄があるようで、一目で設定が分かった。


「後輩くんはこの台本を見ながら、書かれてあるセリフを言ってほしいんだ」

「わ、分かりました」

だが設定が分かったからこそ、俺は何故こうも軽々しく了承したのかと頭を抱える。

本当に俺がこれを言うのか? みんなが見てる前で? 城花先輩を相手に?

……今更引くことはしないが、せめてヒロインの他3人には見られたくないな。


「じゃあいきますよ~」


舞台の語り部役が合図を出し、俺にとっては人生初の演劇が幕を開ける。

カテゴリで言えば恋愛ストーリー。演じる役者は俺と先輩の二人。

不治の病になった幼馴染の姫を王子様が助け、そのあとにプロポーズをするお話。


……ああ、とても良い話だ。最後は告白が成功してハッピーエンドだし。

回復に至るまでの物語は辛く険しいながらも、彼らには真実の愛があった。

そうまるで、恋愛ゲームで不可能を成し遂げようとする俺をあざ笑うかのように。



「――姫、お久しぶりです」



――――――――――――

――――――――

――――



そんなこんなで演技が始まり、いよいよ物語は最終局面になったわけだが。

気づけば周りの部員たちも真剣な目でこちらを見てくれていた。

最初はどこか小っ恥ずかしかった台詞も、今はすんなり口から出てくる。

まあ勿論この状況自体には未だ恥ずかしさは残るし、何といっても最後の台詞。


「ずっとキミが好きだった……俺と、付き合ってくれ!」


演劇部以外の誰かに聞かれれば勘違いされそうな言葉を、城花先輩へ投げる。

これは決して本番でもなく、聞けば数か月前にボツになった物語とのこと。

しかし、俺の目の前で告白を受けた彼女の頬は段々と朱色に染まっていく。


「…………」

「…………」


いや、あの。この次に城花先輩が告白をOKして完結のはずなんですが。

さっきまで完璧にこなしていた部長さんは、何故だが無言で俺を見つめている。

静かに俺たちを見守る部員たちに囲まれていると、本当の告白と錯覚しかけた。


「……も」




も?…………あっ。ここへ来てから色々あって忘れてたけど、今日の俺は――



「勿論オッケーだよ!! さあ私と愛を育もうじゃないかっ」


「はっ!? いやちょっと待っ――「やばい部長が暴走した!」……て」


城花先輩の豊満な身体が押し付けられ、息をするのも一苦労。

ああ完全に失念していた。ラッキースケベに囚われている今日という日を。

何度目かの嬉し恥ずかしを体験しつつ、俺は抵抗の意志を自ら断った。



***



(やっと終わった……部活って大変だなぁ)

正確に言えば「部活」ではなく「城花明子」が大変だったが、それは置いておこう。

数年以上ぶりに仲間たちと同じ目線で何かをする行為は実際の所楽しかった。


校舎から出て横を見れば、立ち並ぶポール型の明かりがぼうっと光っている。

夏目前ということもあり外は中々暗く、どこか遠くで鈴虫が鳴っている気がした。

こんな日は道草を食わずに帰り、妹が作ってくれているであろう夕食を食べよう。


「宮田くん?」


そう思い校門まで駆け足で向かっていた俺を止めたのは、春野 美玖さんだった。

ここ最近はしっかりと会話らしい会話もしておらず、声を聴くだけで心臓が跳ねる。

「珍しいね。こんな時間に会うのって」

ああそういえば。部活に入っていない俺は、彼女の下校姿を見たことが一度もない。


「春野さん……実は、俺も部活入ろうかなと思っててさ」


ということは、つまりこれはチャンスなのでは? 接近するチャンスなのでは?!

よーし。深呼吸して噛まずに彼女へ伝えるんだ。まるで台詞を言うかのように。


「あの、良かったら、途中まで一緒に帰らない?」


数秒前まで心の中は威勢が良かったが、いざ口に出してみれば随分とボロボロだ。

春野さんに俺が言った一世一代のお誘いを、受け取ってくれるのか、どうか。

偶然にも彼女の言葉は可憐の、今の状況は少し前の城花先輩との絡みを思い出す。


「ふふふ」


「今、わたしも同じこと言おうと思ってました」



神様ありがとう。今この瞬間だけで、占い最下位が一位にジャイアントキリングだ。

一緒に帰るとなれば、まずは何から話せばいいのやら。

やはり今話題の中心に上がるとするのは「部活」関連だから、それかね。

いや少し前にあったテストから会話を広げていくのがいいか……。

「もう真っ暗だねー」


「夏って6月からだっけ?」

俺と春野さんは学校から出ると、横並びになりながら下校を進めていく。

久しぶりのまともな会話だから言いたいことがまとまらない。

というより、こうして他愛のない雑談をしながら歩くだけで俺はもう幸せだ。



なので神様よ、出来ることならもう少しだけこの時間――「あっ」……を?


道路を歩いて数分ほど、角を曲がってマンションを目視した春野さんは足を止めた。

横の俺に申し訳なさそうな……いや、希望的観測をするならば悲しそうな顔をして。

彼女はそのマンションに一歩ずつ近づいていく。ああ、神様はやはり意地悪だ。


「家、着いちゃった」






今日の運勢は最下位。天気は晴れ時々曇り。

結局春野さんに対してラッキースケベをすることはなかった。

やはり、彼女はモブキャラクターなので反映されないということだろうか?


いいやそれは違う。ならば、なぜ彼女に住居というものが存在するのだ。

少しづつ、少しづつ、この世界を変える事が出来ると俺は信じている。


時たま起こる謎の頭痛と記憶。

演劇部で出会った少女。

そして、春野さんという存在。


視界に入る月夜の光は、現実と何ら変わりない。


(……演劇部、入るか)

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