第15話 5月7日(日)-午後の出来事
【PM13:00】
「よし、到着」
久方ぶりに地図アプリを用いて、俺は目的地へと辿り着いた。
スマホの画面上部に表示される時間はまだ余裕がある。いや、むしろ早過ぎたくらいか?
キョロキョロと辺りを見回し、待ち合わせを約束していた女性を探す。
(まだ来てないのか、千代のやつ)
が、いない。鞄に入れた参考書達が宝の持ち腐れになってしまうかもしれないぞ。
どうしたものかと頭を抱え、一先ず自分だけ先に入っておくことにした。
図書館内に足を踏み入れた瞬間、心安らぐ店内BGMが遠くの方から聞こえてくる。
意外にも人の数が少なかったので割と自由に座る席を決めることが出来た。
未だ姿が見えぬ千代にメールをして、俺は勉強前のリラックスタイムを挟むことに。
(1時間ぐらい前に穂乃花と別れて……ほぼ休憩なしでここまで来たもんなぁ)
(運動が苦手って訳じゃないが、流石にちょっと疲れたな)
暖かい雰囲氣と眠気を誘う本を捲る音。気づけば腕を枕にして、机と並行になっていた。
いけないことではあるが、それでも人間とは眠気に勝てない生き物なのである。
三大欲求と称されるその魔力の前に、俺はあっけなく瞼を閉じて底へ落ちていく。
――頭に、いや、正確には髪の毛になんらかの感触を覚える。
ピクリと動けばその感触の正体はどこかへ消え、回らぬ頭は少しづつ冴えて来た。
起き上がって横を見ると、そこには悪戯な笑みを浮かべた千代の姿。
「あら、おはよう。気持ち良さそうに寝てたじゃない」
何かされたのかと危惧したが、ああ成る程と納得して一人安心する。
ツンデレというものはカウンター属性。言い換えれば自分で攻めるのは苦手だ。
「……さっき、俺の頭を触ってなかったか?」
「! べ、別に撫でたりなんかしてないわよっ」
俺がそう質問すると、攻めて来た千代の武器はあっさり崩れ去った。
ヒロインの中でも一二を争う秀才だろうが、駆け引きは俺に1日の長があるぞ。
「じゃあ勉強するか、千代」
「もう大丈夫なの? あんた、疲れてそうな顔だったけど」
「ん……ああ、大丈夫だ」
千代に言われたことで気がついたが、何故だか今は全く疲れがない。
時計を見れば12時40分。これでもまだ予定の時間より早いわけだが……。
十分程度のうたた寝にも関わらず体力全快。俺の身体はどうなってる?
「近々テストもあるし、始めようぜ」
まあ、今はそんなこと考えなくていいか。
【PM15:30】
静かになった図書館で、ペンを走らせる音が耳に入ってくる。
数年前に学んだこともあり、比較的順調に勉強は進んでいた。
特に引っかかる点も無いんだが、唯一あるとすれば――
「なあ、千代」
「なによ」
真剣な目をして机に向き合う千代は、俺の問いかけに顔を動かさない。
ただそれは勉学に真面目に取り組んでるから、とはまた違う気がする。
なんというか、恥ずかしがっているように見えるのだ。
「何で伊達メガネ掛けてるんだ?」
動かしていたペンが止まった。もしかして地雷を踏んでしまったのかと内心ざわめく。
いやしかし、今までの学校生活ではしていなかったメガネには突っ込みたくなるだろう。
これは悪くない。俺は視力が良いと誇っていた千代を覚えているぞ。
「わ、悪い? たまたま偶然家にあったから持って来たんだけど?……」
顔を赤らめながらよく分からない理由を語る千代。
視力が落ちたわけじゃあるまいし、一体どうしたというのか。
漂っていた勉強ムードはどこかへ消え、疑惑追及の流れに変わっていく。
「偶然あったからって持ってくるか〜?」
非常に申し訳ないというか、何故か千代はからかいたくなってしまう。
あとで謝るので、少しばかり俺のウザさに付き合って「教えなさいよ」……ん?
「私のメガネ、似合ってるか……どうか」
こちらへ近づいて顔をよく見せられる。ああ、俺は気づいていなかったのだ。
からかう事に重き置いたことで、彼女が持つ天性の愛くるしさを。
否、それもまた違う。小動物的可愛さから来る、からかいだったのだつまり。
ならば俺の答えは一つしかない。黒縁メガネ属性が付与された彼女はまさしく。
「似合ってるに決まってるだろ。俺、大好きだし」
武装力が強化された戦闘兵器である。もちろん良い意味で。
その出で立ちを見ているだけで人を虜にしてしまいそうだな。
「す、好き!? あんたそれってつまりえっと……!?」
「あんまり大きな声出すなって。怒られるぞ店員に」
突然立ち上がって声を荒げる千代の行為に対し、俺はそれを咎める。
こちらに好意があることは本当に嬉しいが、何もそこまで驚くことだろうかね。
ただ実際に似合ってるのは事実だし、俺がメガネ好きなのも本当だが。
(今のって告白?! あり得ないわ、こんな簡単なことでアイツから愛の……)
(今度は急に静かになったな……まあ勉強に集中できるから、別に良いか)
数時間前の俺みたいに、机に突っ伏した千代を俺は放っておく。
どれ、あと十分後くらい経ったら頭でも撫でてやるか。……なんて、な。
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