第14話 5月7日(日)-午前の出来事

日曜日。それは、学生にとって至福の一日。

面倒くさい授業を受けずに済み、且つ好きなことが出来るのだ。

ゲームをしようか、漫画や小説を読もうか、部屋の模様替えも悪くない。

今日くらい勉強を忘れても、逆にクラスメイトに差をつけたっていい。


そんな学生にとって大事な日曜日に、俺は――



「……決められない」

着ていく服を、小一時間迷っていた。理由はもちろん出掛けるため。

自室のクローゼットを開けると、中には何着もの服があるのは知っていた。

が、しかし。そのどれもが俺の趣味に全くと言っていいほど合わないのだ。

良くも悪くも普通のセンスをしてる俺に、装飾品の着いた服は受け付けられない。


「どうしたもんかね」

色んな種類が置かれているにも関わらず、何故か普通の物がないクローゼット。

そもそもこの世界に来てから俺が着用した服は制服と寝巻きだけである。

いくら幼馴染が相手だとしても、多少はマシな格好じゃないと。


「…………あ、そうだ」


どうしようかと悩んだ末、俺はある事を閃いた。

大きな足音を立てないように移動し、とある部屋の扉を開けて中に入る。

多数の本や一世代前のCDが置かれたこの場所は、今は居ない父親の自室。

何度が入ったことはあったが、こうしてまじまじと見るのは初めてである。


「会った事はないけど、いいセンスしてるな。俺の父さんは」

壁に貼り付けられた洋楽のポスターを眺め、どんな人物なのか思いを馳せる。

……もしもこの世界の父親に育てられたら、違う人生だったかも。

なんて、そんな馬鹿げた妄想は頭の奥底にでも仕舞い込んでおこう。


「さて、それじゃあ一着貰っていくか」

自分の部屋と同じ位置にあるクローゼットを開け、おもむろに一着を取り出す。

少し大きめではあるが、それでも実年齢二十歳を超えてる俺には丁度いい。


壁に掛かった時計を見れば、もうそろそろ出発の時間帯。

未だぐっすり眠っている妹を起こすことなく、俺は家を出る。

さあ、今日も今日とて一日を過ごそうじゃないか。



【AM9:30】


徒歩数秒で目的地に辿り着き、インターホンをゆっくりと押す。

今までは来られる側だったので、こちらが行くのは中々に新鮮である。

綺麗に手入れされた花壇と『海永』という表札を見ていると、扉が開く音がした。

「おはよう。穂乃……か?」


「あら、景人君!」

俺の目に映った人物は、穂乃花ではない。違うのだが、いやしかし似た部分もある。

恐らく穂乃花が年齢を重ねれば、この女性のようになるであろう。

「もう少しだけ待ってあげてね、すぐ来ると思うわ」

十中八九この方は穂乃花の母親……だと思う。多分。

しかしその美貌は衰える事を知らないようで、思わず見惚れかける。

いかん。これから娘と出掛けるのに、親に対して劣情なんて感じてはいけない。

……流石にヒロインじゃないよな? この人。


「わ、分かりました」


直後、玄関の奥からドタドタと慌ただしい音が聞こえてくる。

ようやくお出ましかと、どこか安心しながら彼女の姿を視界で捉えた。

まるで昔に会ったことがあるような、何故だか俺たちは似ているな。


「ごめん! 服選んでたら遅れちゃった!」



***


「ママとなんか話してたの?」

「いや、挨拶しただけ」

俺と穂乃花は適当に駄弁りながら、宛もなく歩みを進める。

言ってしまえば普段の登校時と変わらないが、それはそれで面白い。

特に目的地らしい場所もなく、どちらかの足が動く方へもう1人も動かす。

「服、似合ってるぞ」

「それホントに思ってる〜?」

口ではそう言う穂乃花だが、笑みは全く隠せていない。分かりやすい奴め。

制服以外で初めて見せた彼女の私服は、丈の長い花柄のスカートがとても印象的だ。

明るい彼女にピッタリで、似合ってるという言葉が最大の賛辞になりえる服。

「――ちなみに俺はどうだ?」


「あはは、なんかおじさん臭い服だね」

いやそれ酷くね? 事実だから何も言えないけど。



【AM10:00】


「……お前、金欠って言ってなかったか?」

「甘いものは別腹だし別料金!」

駄菓子屋に立ち入った俺たちは、いくつかの菓子を買って食べていた。

ベンチに座って隣を見ると、俺の倍は買ったであろう穂乃花の姿が映る。

説明書にはなかったが、成程。穂乃花は甘いもの好きなんだな。


(……まあ、女性は大体そうか)


「ほら景ちゃんも食べて!」

「あ、おい、んむッ……」

やや強引に、未開封だったチョコバーを食べさせられる。

こんなにも風情を感じない「あーん」があっただろうか?

……美味しかったのは、言わずもがなではあるがな。



【AM11:00】


「ここはいつ来ても最高だねーっ」

「ああ、そうだな」

生い茂った草花を抜けると、到着したのは見晴らしのいい丘だった。

自分たちが住んでいる町を上から見下ろして、遠くには海すらも見える場所。

素晴らしい景色と心地よい春風が、俺の頬を掠めた気がして。

こんな良い所、元の世界でも見た事なかったな。


「…………」



「――たぶん、景ちゃんは忘れてると思うけど」

「?」

突然、横に座っていた穂乃花が立ち上がる。

どこか、物悲しそうな笑みを浮かべていた。


「10年前ここでした約束、覚えてる?」


「…………」

もしもこれがゲーム画面だったのならば、簡単な答えだったであろう。

選択肢か、はたまた都合良く過去の回想が挟まれるのか。

「覚えてない」と言えない。俺はその思い出を、忘れたのではなく知らないのだ。


「……それは」


ズキッ


「っ!?」


俺が口を開こうとした刹那、強烈な頭痛に襲われる。

視界が大きく揺れ、痛みで声すらも出せない。

前に気絶をした時とも違うこの状況、穂乃花の焦り声が聞こえた。


ズキッ

「!!」



『あんま■近づくと落ち■ゃうぞ』


『大丈夫■よー。それに、危■■なったら■けて■れる■でしょ?』



「う…………っ」

少しづつ痛みが収まる。一体、今のは何だったんだ?

あれは過去回想なんかではなく、紛れもない俺自身ともう1人がこの場所で話していた記憶。

途切れ途切れで、聞こえる言葉はノイズ掛かったようで聞き取りづらい。

だが、しかし、微かに見えた幼子のその顔は――


「景ちゃん大丈夫!?」


俺を見つめる穂乃花と、面影が重なって見えた気がした。

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