第12話 あなたと繋がる唯一の方法を

「じゃじゃーん! これ、ケータイだぜ」


確か、10歳とかだったかな。初めて携帯を持ったのは。

親には反対されたけど、お爺ちゃんが買ってくれたのを覚えてる。

買った理由は忘れた。でも、どうしても欲しい!っておねだりしたっけ。


「はじめて見た! すごいねケイちゃん」


買って一番に見せたのは櫻野だった。

使い方なんてろくに知らないのに、いつもの公園に集まって。

遊んで泥だらけの身体で、無知のままに二人隣り合いながらさ。


「ケータイ番号って、交換できるらしいぞ。美加のは?」


俺がそんな事を言えば、櫻野は悲しそうな顔を無理やり笑顔にしたよな。

今考えればバカだよ。あいつの気持ちを何にも分かってやれなかった。

まだ社会のことを何にも分かってない子供が、向こうの家柄も気にせずに。


「……ごめん。私は、お母さんたちから――



――――――――――――――――――――――――――――――



「――春野さんと、連絡先を交換したいんだ」


流れる、沈黙。時間にして約十秒程だろうか。

決して長くはない空白で、荒立つ心臓を少しづつ落ち着かせていく。

大丈夫。失敗はしない。この方法なら、世界に抗えるんだ。


「すごく、嬉しいです」


そう言って笑顔を見せる春野さん。手にはカメラが握られていた。

種類に詳しくはないが、彼女にとても似合うに思わず視線が移る。


……いや、違う。目を背けたくなるような現実から、少しの逃避行をしてるだけ。

あの時と同じ。彼女は悲しい顔に笑顔を張って、俺に見せているんだ。


「――でも、ごめんなさい」

「私、スマートフォン持ってなくて」


俯きがちに答えて、悪くもないのに自分が悪者になろうとする。

ああ、やっぱりそうだ。あなたは変わらず、携帯を持っていない。

理由を答えることはせず、ただただ申し訳なさそうに顔を向けた。


「大丈夫」


触れることが出来ない。そして、離れたところから繋がることすら。

どこかで悪魔が諦めろと囁いた気がするが、俺をあまり舐めるなよ。

同じなんだ。幼い頃、同じように断られた事があるから、だから聞いたんだ。

「――春野さんのために、持ってきたから」


春野さんが目を見開く。多分、予想だにしていないなかったんだろう。


俺が手に持っていたのは、少し画面にヒビが入ったスマートフォン。

かなめが元々持っていた物で、もう今は初期化している代物だ。

数日前にこの作戦を思いついてから、必死になって考察を重ねたよ。


「このスマホを、貰ってほしいんだ」


「触れる」定義は、肌と肌の接触か。それとも衣服同士すら該当するのか。

結果は後者だ。つまり、俺とモブキャラは衣服間ですら触れ合えない。

では、譲渡された「物」はどうなるか? これこそが、この世界の隙だった。


「で、でも流石に悪いです! そんな高い物……」


渡すことは出来る。となれば、作戦が成功するかの最後の鍵は彼女自身。

もしも春野さんが「要らない」と言えば、その時点でもうおしまい。

受け取るのか受け取らないのか。どっちに転ぶかは彼女のみぞ知る。


「あー、その。妹が使わなくなった奴でさ、これ」


「そうだとしても、私なんかが貰っていい物じゃ――」


なんとか渡そうとしたい俺だが、ここにきて語彙力が崩壊。

というのも、無理やり渡そうとして嫌われた場合それこそが真のENDだ。

どうにかして自然な流れでスマホを渡す口実を作りたかったが……。


「ああいや、えっと……つまり!」


やばい言葉が見つからない。

最早、自分の口から何を発したのかさえ分からなくなってくる。

違うだろ、俺。言え、言ってしまえ。本心をぶちまけるんだ。

子供の頃に伝えることが出来なかった想いを、今ここで一つ言い放とう。




「春野さんと、もっと仲良くなりたいんだ!」



「…………」

「…………」


額から汗が垂れてくる。空いていた手を、いつの間にか握りしめていた。

彼女の顔が見れない。どんな反応をしているのか、嫌な未来を知りたくない。

ほんの少しだけサイズが大きい自分の靴を眺めて、ただ、待つ。


突然過ぎた気がして。突拍子もない俺の言葉に、俺自身が苦しめられる。

いくらなんでも、スマホを渡すなんて作戦は無茶があったんじゃないか。

もう言ってしまった事で、後悔しても遅いけれど、それが頭を支配した。


今からでも冗談だと言えば、彼女に引かれずに済――「宮田くん」……む?


「え」


俺の右手で掴んでいた物体が消える。否、抜き取られたのだ。

手汗で濡れてたらどうしよう。今更になってそんな事が気になる。

心臓の高鳴りを落ち着かせる間もなく、無意識に顔を上げ彼女を見た。



「ありがとう。絶対、大事にしますね」


夕焼けに照らされたその笑顔は、まるで希望の光か。

緊張の糸が思い切り千切れたかのように、俺はズテンと座り込む。

春野さんはそれに驚いて、手を差し伸べてくる。ああ一週間前と同じだ。


でもあの時と違うのは、決して届かない存在なんかではないこと。

触れることは叶わないけれど、確かに繋がることは出来るから。

俺は懐から自分のスマホを取り出して、作戦完了を告げる言葉を言い放った。



「俺と、連絡先を交換してくれますか?」


「――はい。喜んで」

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