第11話 連絡先交換大作戦 後編

「私に話があるなんて……ついに、演劇部へ入ってくれるのかい!?」


千代とは対称的に、キラキラと目を輝かせながら城花先輩は俺に迫ってくる。

今は昼休み。3年生の教室まで足を運んで彼女を呼んだわけだが……。


「後輩君に似合う衣装とか役柄もずっと考えていたんだよ~!」


い、言い辛い。ただ連絡先を交換したいがために会いに来たことを。

期待の眼差しをこちらに向けてくる城花先輩に対し、思うように言葉が出ずにいる。

「あの、今日はそういった要件で来たんじゃなくて」


……だが待てよ。少し前にあった時のように演技をしてる可能性も捨てきれない。

俺の良心に訴えかけることによって、この場で演劇部に入れようとしてるのかも。


「ん??」

ぐうっ。やめてくれ、その汚れを知らない綺麗な瞳で見てくるのは。

うっかり「入部します」と口にしてしまいそうになってしまう。

それに加え、気付けばクラスに居る他の3年生方からの視線も熱い。


「いや、えーっと、その……」

「なんだいなんだい??」

事情を知らない先輩たちは、俺が告白をするのかと勘違いしてるんだろうか?

どこかから応援の声や黄色い声援が飛び交う。なんか恥ずかしくなってきたぞ。

周りを気にも留めていない様子の城花先輩は尚も迫ってくる。


くそっ。こうなったらやるしかない……。

「先輩ちょっとこちらへ!」

「わっ」



俺は彼女の手を引き、人の気配がしない空き教室まで連れ込んだ。

遠くから聞こえる歓声を無視して、一息つくと向かい合う。

戸惑いの表情を浮かべる城花先輩の頬は、紅く染まっていた。

走ったからか、この状況に少しの恥ずかしさを感じているのかは分からない。

「すいません、いきなり手を掴んでこんな所に」

「そ、それは全然大丈夫だけど……結局要件はどういう?」


二人して視線を右へ左へ動かし、まるで付き合いたての男女かと錯覚する。

彼女のふっくらとした唇、そして漏れ出る吐息のなんと妖艶なことか。

……おっといかん。変な空気に当てられて、本来の趣旨を忘れる所だった。

「実は、先輩と連絡先を交換したくて」


「――あ。なるほどそういう事だったんだね」

俺がそう言うと、城花先輩は嬉しさ半分残念半分といった難しい顔になる。

まあそれも当然だ。「もう少しだけ待って」と伝えて既に一週間程だろうか。

演劇部に入るかどうか、そろそろ結果を決めなければならない。


「それは私としても嬉しいよ! えっと、私の番号は――「城花先輩」……」


言い方は悪くなるが、元より城花先輩が相手ならば連絡先の交換は容易い。

が、俺は彼女たちの心に悲しい気持ちを残したままというのは嫌なのだ。

一人の男、いや、主人公ががただただ傷つけるだけで終わる訳がないだろう?




「演劇部に、体験入部してもいいですか?」


「……ふえ?」

お姉さんかと思ったら甘えん坊みたいな声を出してくる。属性過多だ。

俺の言葉がまだ頭に入って無いのか、目を点にしたまま棒立ちの先輩。

体験入部、これは先延ばしと取られる発言に見えるが、実際は全然違う。

「そ、それは本当かい!?」

これこそ城花先輩用の作戦。とりあえず要望を叶えるという物である。

何も彼女は無理やり入部させようとか、そんな事は決して考えていない。

言わば不器用な愛情表現。遠回しに伝えているメッセージなのだ。

「はい。勿論ですよ!」



「じゃあじゃあ明日とか!」


「いやそれは急過ぎます」



***



「ふう」


と、いうことで城花先輩との交換はクリア。中々にドキドキした時間だった。

当初の予定とはいくらかズレてしまったが、まあそれもそれで面白い。

さて。次は可憐に会いたいんだが……彼女と会うにはどうすれば? という疑問。


(パンが上手いな今日も)

俺は相も変わらず購買でパンを購入し、いつものように外のベンチでそれを食す。

先輩は例外として、東郷可憐は今の所唯一の同学年別クラスであるヒロインだ。

普段の授業中に見かけることも少なく、会う事も他の人と比べて難しい。


(限定的とまでは行かないが、彼女と出会う確率が高い場所があるはず)

(かなめが機種変更をするまでの数日を使ってそれを考察し、昨日遂に分かった)



「――よお。今日は遅かったな」


「キミのこと、探してたんだけど!?」

俺と同じく……ああいや、味は違うがパンを手に持ち立っているのは可憐。

初めて出会ったこの場所。基本周りに人は居ない、俺たちだけの密会所。

あの一件第8話から、こうして顔を合わせるのは三度目である。


「探してた?」

「そ。昼休みになってすぐ来たのに、待っても全然来なかったもん」


「……あ、ああ。それは悪い事したな」

俺は自分が遅れた理由を言うことなく、苦笑いしながら席を横に移動する。

可憐も特に聞く事はせずに、座るや否や持っていたパンを開けて食べた。

随分と食い意地が張ってるなと思ったが、そうか。俺を待ってくれていたのか。

「先に食べてても良かったんだぞ?」


「キミと食べる方が、美味しいからさ」

なんとまあ素直なこと。日に何度も俺を照れさせないでくれヒロインたちは。


どぎまぎとした雰囲気の中、適当に駄弁りながら時間が流れていく。

手元のパンを食べていき、口の中が渇けば水を飲んで喉を潤した。

……さて、そろそろか。



「陰から覗いてるの、バレてるぞ。千代」


視界の端に捉えていた小さな物体がビクッと動く。

俺がここへ来た時から薄々勘づいていたが、やはりお前か。

可憐は未だ何のことか分かってない様子である。


「俺がカツアゲされると思ってたのか?」


「~~っ……アンタ、気づいてて泳がしてたわね」


観念したように校舎の陰から恐る恐る出てくる千代。

ムスっとした表情でこちらに近づき、丁度俺たちの間に立ち尽くす。

「千代!? もしかしてずっと見てたの……?!」

「学級委員として、貴方がおかしな行動を取らないか見ていただけよ!」


なんか浮気を問い詰められてるみたいな感じ……というのは置いといて。

まあ、千代が俺たちを覗いていた理由で可能性が高いのは恐らくだろう。


「あたし達が何してようが関係ないじゃん!」

「関係あるから言ってるのよ、カレン!」

一週間ほど前にも見た光景を再放送され、一人戸惑う俺(21歳高校生)

間に入れば損をするのは男性というのは数百年前からの習わし事である。

だがしかし、このキャットファイトを収めなければ目的は達成できないのだ。


俺はこっそりとスマホを取り出し、彼女らの耳に入るぐらいの声で話し始める。

「――ああ、もしもし? かなめも、昼食はちゃんと食べたか?」


「「!」」

二人の意識がこっちに向く。いいぞ。棒読みだが中々上手く出来てるじゃないか俺。


「部活中の事故に気を付けて、家に帰った時にはお風呂を沸かしておくからな」


「「!?」」

二人して驚く。何となく分かってたけど、本当は仲が良いんだろうな。

いつのまにか口喧嘩は収まり、俺の方へと耳を傾けてくる。


俺はそんな似た者同士達を無視し、電話の先に居る「かなめ」と会話タイム。

話し続けるうちに前の二人が怒りや悲しみの顔を見せるのが中々に面白い。

が、なにもこれは意地悪のためにやっているわけじゃないのだ。


ここ数日の会話で判明した事実。

俺に妹がいるという情報を、穂乃花以外のヒロインたちは知らないのである。

ということはつまり、彼女たちは電話の向こうの女性の正体が分からない。

「かなめの手料理楽しみにしてるよ。それじゃ、またな」


そんな中、妹とは言わずに色々と匂わせを行った結果は……



「今電話してた子って誰!? もしかして彼女?」

「ふ、不純異性交遊は禁止よ!」


先ほどまで喧嘩をしていた二人による波状攻撃、である。

こうなる事は分かっていたが、いざ対峙すると迫力が凄い。

しかしこれも作戦の内。あとは最後の仕上げといこうか。


「別に彼女じゃないぞ。ただの、女友達だ」

妹という事は知らせない方が今後に活きそうなので、嘘をつく。

さて、ここからは俺の主人公力が試されるわけだ。



「お前らも、そこまで気になるんなら――」



「俺と連絡先交換しないか?」




***



深呼吸をして、震える腕を落ち着かせ、校門の前に立つ。

あの日と同じだ。彼女のことを、改めて好きになったあの日。

千代、可憐、城花先輩。紆余曲折ありながら、全員と交換できた。


でも、それだけで終わってはいけない。

貴方が居ないと駄目なんだ。俺の、このハーレム学園生活には。

手汗をズボンで拭き、約束の時間を今か今かと待つ。


遠くから聞こえる部活動を行っている生徒たちの声。

ああ、もうすぐだ。俺の作戦が成功するかは、最後に掛かっている。

耳に意識を向けていたからか、その足音は直ぐに俺の鼓動を高鳴らせた。



「宮田くん」


目前に立って微笑む、片目が隠れた愛する女性。


「……春野さんと、連絡先を交換したいんだ」


最終作戦スタートの合図が、チャイムの音と共に鳴り響く。

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