第9話 暖かい怪我

「あぁ、気持ち良すぎる……風呂は最高の癒し」

そんな親父臭い言葉を呟きつつ、浴槽に溜めたお湯にゆっくり浸かった。

節々の疲れが一気に吹き飛ぶ感覚を覚えた俺の実年齢は21である。

「今日だけで色々あったなぁ……」


まず朝。穂乃花と共に登校、春野さん発見、千代と教室へ。

次に昼。可憐に絡まれる、千代も参戦、睡眠不足で気絶。

可憐と別れる時……キスされて、穂乃花と城花先輩に心配されたし。

その後もちょっとした出来事が重なり、俺の身体は疲労困憊。


「この世界に来てから、まだ二日目だよな? 俺」

あまりにも濃すぎる出来事の数々。一つ一つが大事な思い出である。

自分にとって最大の目標は[春野さんと付き合う事]なのは変わっていない。

変わらないが、それでも彼女たちの存在はかけがえのない物なのだ。


期限である来年4月1日まで、暫くはハーレムを楽しむ努力をしたい。

そのためには考えを張り巡らせ、彼女たちを傷つけないように努めないと。


「…………でもまあ、今はこの気持ちよさに身を任せよう」


勇者も主人公も、お風呂に入って英気を養うものだからな。



***



「ん」

特別に二日連続で作ってくれたかなめの手料理を食し、俺は自室へ。

早めに寝ようとベッドに横たわり、就寝前にスマホを確認する。

「可憐の情報が、更新されてる」


元より可憐の見た目や名前は知っていたが、今日を経て更新されたようだ。

ハテナマークで一部は隠されているものの、これは良い事を知れたぞ、俺。

[実の兄が生徒会長]・[実はギャルになりきれてない]といった事が判明。

二つ目の内容はつまり、あの時のキスは……いや、とりあえず置いておこう。

そのまま流れでLOVE度のアイコンを押してみる。やはり可憐が追加されていた。


海永 穂乃花 〇〇〇〇〇〇〇 LOVE度7

宮田 かなめ 〇〇〇〇〇   LOVE度5

山村 千代  〇〇〇〇〇   LOVE度5

城花 明子  〇〇〇〇    LOVE度4

東郷 可憐  〇〇〇     LOVE度3


春野 美玖  〇〇      LOVE度2

………

……


「初対面にしては随分高いな」

確かに強烈な出会いではあったが、一日でLOVE度3はかなり好スタートである。

それとも、俺が気づいていないだけで実は会っていたか? なんて。


「穂乃花と千代がプラス1……やっぱり、夜になると更新されるのか」

朝からずっと考えていたLOVE度が上がるタイミング。

登校時に穂乃花へ起こしたアクションが、ここにきて反映されたようだ。

今日に限って言えばほぼ絡んでないので、当然春野さんと城花先輩は変わってない。


俺はスマホの画面、そして部屋の電気を消す。辺り一面暗闇の世界に早変わり。

風呂に入って温まった身体が、睡眠を求めて今か今かと眠りを催促してきた。

少し開いたドアから入る隙間風。面倒くさいので、閉じる間もなく目を瞑る。


次に目覚めた時には、もう外は明るくなっていることだろう。

輝かしい明日への想いに期待を寄せながら、少しづつ、少しづつ眠りに就いた。


(おやすみなさい)







…………と、思っていたんだが。


「お兄ちゃん……」


何だこの状況。何故かなめは、俺と同じベッドに入り込んできてるんだ。

背中に違和感を感じて目覚めたのは良いが、これは一体どうなってる……?


(振り向いたら、だめだよな)

もうかれこれ十分以上続いている、自分自身との葛藤。

細い手が俺の背を伝い、それに呼応して俺の心臓は強く飛び跳ねる。

時計の針が動く音だけが響くこの部屋で、胸の高鳴りが聞こえるかもと危惧した。


「ちっちゃい頃からそうだよね……」

小さな声が耳の近くで囁かれ、身体の硬直がより一層強まった。

どこか寂しい声色のかなめ。気のせいか震えているようにも思う。

かなめの体温が、薄い服を通じて、密着することで伝わってくる。


「無理しちゃだめだよ。みんな、心配してるんだから」


(……!)

確かにそう言ったかなめは、それを最後にベッドから離れていく。

少し軋んだ木の音に対し、俺はどこか物悲しい気持ちになった。


「おやすみ、お兄ちゃん」


バタン。と、少し開いていたドアは完全に閉じられた。

妹が自分の部屋に入った物音を確認して、俺はゆっくり寝返りを打つ。

寝たふりをしていて良かったのか。騙すような真似はダメじゃないのか。

今となっては遅い後悔に苛まれながらも、その言葉は耳に残り続けている。


「みんな心配してる」

「…………はは」


そんな事を最後に言われたのは、一体いつだっただろうか。

元の世界じゃ、俺を心配する人はいない。親も、知り合いも、友達も。


人肌に触れる事の大切さを知る。ああ、きっとこれが主人公の罪なんだろう。

俺はここで恋人を作って、生き返って、それで満足できるのか。

これが一度「死」を経験した者の末路とするならば、神は優しくも残酷だ。


ならば、俺はこの一年間を楽しんでそのままゲームオーバーとなるか?

どうせ辛い思い出ばかりが蘇る現実を前に、生き返る意味なんて……




『大丈夫? ケイちゃん……いつも怪我ばっかりで心配だな』



「――ああ、大丈夫だよ。美加」

今度こそ寝よう。俺はぽつりと呟いて、深い夢の世界へ落ちていった。

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