第8話 恥ずかしがり屋

『よろしくね』

『…………ケイくん』




――遠くから誰かの声がする。聞き覚えが、あるような無いような。

俺の事を「ケイくん」と呼ぶのは一体……誰だったかね。


「……ん」

「あ、起きたんだ。ナイスタイミングじゃん」


目に映ったのは見知らぬ天井。からの艶のある綺麗な金髪美女。

頭の中で考え、ああそういえばと思い出す。


「俺、倒れたのか」

「そゆこと。初め見た時から凄かったもんね~、目の隈」

備え付けのパイプ椅子に座り、軽く笑い飛ばしたのは東郷 可憐とうごう かれんだった。

時計を見ると休み時間は終わっている。もしかして、ずっと側にいてくれたのか?


「ありが……うっ!」

お礼を言おうと立ち上がった瞬間、ズキンとした頭痛に再び襲われる。

途端にベッドへ逆戻りとなり、今この時だけは安静にしていようと決意を固めた。

「おバカ。まだ寝てないと駄目って保健室のセンセも言ってたよ!」

「そうします…………ありがとう、東郷さん」


「あたしとキミの靴、同じ色だかんね」

ああ、なるほど。間接的に俺たちが同学年であることを教えられたか。

2-Bで彼女の姿を見たことは無かったので、恐らく別クラスなんだろう。

敬語は必要なさそうだが、しかし彼氏さんに怒られそうだが大丈夫かね。


「彼氏? 誰の事言ってんの?」

「俺が気絶する前に居た人のこと。短髪の」

見ただけで分かる威圧感。制服の上からでも浮き出ていた筋肉。

不良という枠組みを超え、只者ではないオーラを感じさせていたあの男のことだ。


「あれあたしの兄貴ね。生徒会長やってる」


いや兄貴かよ。しかも生徒会長。そりゃ只者ではないオーラも感じるわ。

「キミをここまで運んだのも兄貴だから」

聖人過ぎるだろ兄貴。とても立派な生徒会長をしてるじゃないか。

……というか、二人の顔が似てると思ったらそういう事だったんだな。

「あたしのためにちょっとした演技もしてくれたかんね」



「どうして二人は俺に絡んだんだ? 千代の言う通りらしくないが」


「! そ、それは……恥ずかしいから言えない」

俺の問いかけに対し答えを渋る可憐。見た目はギャルだが不良ではないだろうに。

決して悪意を持って行った行為ではなさそうだが、とすれば理由が分からない。

が、彼女自身が答えたくないのならばそれ以上問い詰める真似はしないぞ俺は。


「そうか。じゃあ、可憐のお兄ちゃんにもお礼を言っておいてくれ」

「りょーかい。色々迷惑掛けちゃってゴメンね」


何を言うか。可憐たちに絡まれなければ、俺は人知れず気絶してたかもしれない。

千代にも勿論礼は言うし、あの場にいた3人には随分と助けてもらったのだ。

「それじゃ、あたしはもう行くよ。少し前にチャイムも鳴ったから」

そう言って立ち上がる可憐。ナイスタイミングとはそういうことだったか。


「…………」


離れていく彼女を見て、寂しく思う俺は甘えん坊にでもなったかね。

そんな馬鹿みたいな事を考えていると、可憐の足がピタッと止まった。

「……あー、でもさ。やっぱり、ほんのちょっとだけお礼貰ってもイイ?」


少しの考え事をした素振りを見せた可憐は、何故だかこちらに近づいて来る。

お礼を貰う。その意味が何なのかを頭の中で唱えようとしたその時。


俺の額に、彼女は優しいキスをした。


「な、え、今……何をしてっ」

分かっている。何をされたのか分かってはいるが、それでも口に出てしまう。


しかし彼女は答えない。両頬を赤く染めながら、再び俺から離れていく。

待ってくれ。と引き留めようとして、先ほど誓った決意を思い出し踏みとどまる。

茫然とする俺をチラリとみると、可憐はこの保健室から立ち去った。


「次するときは、口と口だかんね」


そんな捨て台詞を残して。



「……はは。こりゃ、随分と協力なヒロインが来たな」

途端に人の気配が無くなった空間に、俺の独り言が流れゆく。

今までのヒロインたちを置き去りにする、まさに独走状態で現れた可憐。

出会って初日で額とはいえキスをした事実に恐ろしさを感じる。

ギャルってのは凄いんだなぁ……。



***



 五時間目の授業が終わり、廊下を行き交う生徒に混じる一人のギャル。

 澄ました顔のままに女子トイレへと入り、ガチャンと鍵を閉めて一息つく。看病とはいえサボってしまった事に負い目を感じながらも、彼女の心の大部分は最早それどころでは無かった。


「ふふふ…………」

「…………ふー」


(恥ずかしかったあああぁぁぁっっっっ!!)


 東郷可憐は恥ずかしがり屋である。


(勢いに任せてキスしちゃったよあたし! 絶対引かれてるじゃん!!)

 先ほどまでの出来事を思い出し、自分が行った行為に頭を抱えた。彼女は確かにギャルではあったが、その実は見た目だけのハリボテ。中身はまさに純情可憐、心の花は未だ開かれていない。


(――でも、やっぱりあの人だった)


(あたしにブレザーを渡してくれた、優しい人)



***



一方その頃。


「景ちゃん大丈夫!? 何か欲しい物とかある?!」

「ないから落ち着け。息上がり過ぎだ、穂乃花」

「後輩くんのために私が一肌脱ぐよ! 膝枕とかどうだい?」

「結構です城花先輩。3年生特権とかないですから」


(やっぱこの二人も強敵だ……)

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