第7話 つぶあんorこしあん
朝もやが辺りを包んでる事を肌で感じながら、欠伸を我慢して家を出る。
ブレザーが見つからず制服だけなので中々寒いが、まあ仕方ない。
それにしても、こんな時間帯に目が覚めるなんて随分と久しぶりだ。
「おはよー! 今日はちゃんと起きられ……って、その顔どうしたの?」
「宮田家には色々あってな」
「それは景ちゃん自身の問題な気がするんだけど」
この隈が目立った顔を、共に登校するために家へ来た穂乃花に突っ込まれる。
うむ。実を言うと俺は昨日、好感度表などをじっくり見過ぎて殆ど寝ていない。
無理やりにでも睡眠を取ろうとして三十分ほど睡眠を取りはしたが、それだけだ。
「夜更かしはお肌の天敵だからね?」
「次からは気を付けるさ」
俺と穂乃花は隣り合って学校へと向かう。
今日はしっかりとスマホを持ってきているので、何かあっても大丈夫。
……あ、そうだ。少し気になっていたことを今試してみようか。
「こら。歩きスマホはしちゃだめだよ」
「ああすまん。やっぱり、穂乃花は優しいな」
「きゅ、急に何を!?」
俺の言葉で照れを見せる穂乃花だが、好感度表は6のままで変わらない。
まだだ。まだ俺の追加攻撃は終わらないぞ。
「穂乃花のお陰で、いつも元気を貰えるよ」
「あうぅ……」
「頭にゴミ付いてたから取ってやる」
「ひゃああ……」
身振り手振りで表しながら慌てる穂乃花。なお、俺の言動は勿論全て本心である。
実際、彼女の顔を見たら前日の疲れは多少消えたし、小さいゴミも普通に付いてた。
しかし、好感度表を見ると6から変わっていない。まだ足りなかったのか?
いやそれとも一日の終わり=深夜を皮切りに好感度が更新される仕組みかも。
「ちょっと今日はもう景ちゃんの顔見れない……」
「なんでだ」
もう少し何か言おうかと思った所で学校に到着。実に残念である。
穂乃花は敷地内に入ったところで俺を置いて足早に駆けていく。
ちょっと言い過ぎたか。あとで謝っておこう。
「2-Bが南棟の2階なのは、前日の時点で覚えておいて良かった」
穂乃花の後ろ姿が見えなくなったのを頃合いに、俺もまた歩みを進める。
生徒数が多いこともあり、右を見ても左を見ても同じ制服を着た人たち。
靴を履き替え、さあ教室へ行こうかと振り返ると見知った顔を見つけた。
(あれは……春野さん!)
咄嗟に下駄箱の影に隠れる。いや、特に理由なんて無いんだが。
久しく忘れていた初恋の気持ちなのか、彼女を見ると照れてしまう。
こちらに気が付くことはなく、友達と共に校内へ入っていった。
「何してるのよ、あんた」
「うおぉ!? び、ビックリした……」
突然背後から肩を叩かれ、油断し切っていた俺は飛び跳ねる。
猫さながらの跳躍力を見せながら後ろを見ると、そこには千代がいた。
ジロリとこちらを睨みつけるその顔は、苛立ちを隠せていない。
「そこ退いてくれないと、私履き替えられないんだけど」
「え? ああ、悪い。邪魔だったか」
ゲシッっと足蹴にされ、自分が動く前に強制的に退かされた。
暴力的なヒロインというのも、行き過ぎなければ嫌いじゃない。
まあ、千代の場合はデレを守るツンのバリアーが強すぎるだけだが。
「折角だし、一緒に教室まで行こうぜ」
靴を履き替えた千代に対し、俺はちょっとした提案をする。
驚きを顔に浮かべているが、そんな事を言われるとは思わなかった様子。
「……し、仕方ないわねっ!」
どこか嬉しそうな表情へと変わると、俺の方へと向かってきた。
***
その後、特に何も起きることはなく昼休みの時間に。
いや周りを美少女に囲まれてる時点で、常に何か起きてはいるが。
そんな俺は今、弁当を持ってきていた彼女たちと離れて一人で過ごしている。
(ここのパン美味しいな……)
購買で買ったこしあん味のパンを、外のベンチで一人頂く俺。
昨日はつぶあん味を買ったが、いやはや両方とても美味しい。
それにこの場所。周りに人の気配もない、いわば特等席である。
未だ肌寒く感じるものの、疲れを取るにはもってこいだった。
「ねーキミさぁ」
「!?」
水を口に含んだ瞬間、空いていたベンチの端に誰かが座った。
思わず吹き出しそうになるが、何とか持ちこたえ隣を見る。
一体誰だ。穂乃花か城花先輩辺り……いや、これは違う。
「それ購買に売ってるやつだよねぇ?」
金髪ロング、短いスカート、そしてルーズソックスを履いたこの女性。
アイシャドウを入れているが、化粧なんて無くても間違いなく美人だろう。
こちらを指差すその爪は、キラキラとしたラメを装飾している。
「あたしお腹空いてるからさ~、今から買ってきてよ!」
4人目のヒロイン、ギャルの
……そして、彼女の隣に立っている男もまた笑う。この人は一体誰だ?
まさか彼氏ではなかろうな。別に、俺は彼女の何でもないけど気になる。
「へへへ……」
うわ凄い悪い顔してるこの男。普通に不良とかそんな感じかもしれない。
……ん。でも、よく見れば二人の顔が似てるように見えるのは気のせいか。
それに、東郷可憐は金髪だけど男の方は普通に黒髪短髪なんだな。
「ジロジロあたしたちの顔見比べる暇があるならさ、ねえほら!」
グイッと顔を近づけられて、パンを買ってくることを補足される。
男の方は何も言わないが、その威圧感だけで俺の心は折れそうだ。
それに加えて俺の体調が少しばかり芳しくないのも要因の一つ。
「いやー……そのぉ」
さてどうしたものか。これが普通の不良二人組なら即逃走が安定なんだがな。
隣に座ってるこの女性は、俺の記憶が正しければ正真正銘ヒロインなのである。
下手な行動をとってマイナス評価を貰うのは出来れば避けたい。
と、その時。
「ちょっと! そこで何をしているの!」
突如として救世主の声が聞こえる。助太刀してきたのは、千代だった。
二人の背後から割っているその姿はまさにクラス委員そのもの。
「貴方たち、カツアゲしようとしてたわね?」
キッとした目つきで相手を睨みつける千代。実にカッコいい。
突然の来訪者に、二人は俺から離れて焦りの表情を見せた。
「それだけじゃないわ。特に貴方、一体何故こんな事をしてるのよ……?」
東郷可憐に対し、千代はどこか驚いた顔で問いかける。
言っては何だが普段からしてそうな風貌だが、そこまで驚く理由は一体。
「千代には関係ないでしょ! いっつもあたしに負けてたくせに」
「昔のことを掘り返すのは馬鹿のすることって貴方も知ってるわよね!」
??? このギャル娘と千代は、なにか深い関係があるんだろうか。
俺と不良男をほっぽり出し、美少女二人が舌戦を繰り広げていく。
このままじゃ乱闘になりそうだが……まあ、千代なら大丈――っ。
(…………っ!)
ぐらっと、視界全体が揺れる。
(……あ、まずいなこれ)
頭の中がチカチカとして、ちゃんと思考することが段々出来なくなってくる。
この感覚は数年前に体験したっけな。そう、たしか受験期に徹夜した時だ。
多分、ここ二日間の怒涛の展開で心身ともに疲労していたんだろう。
目の前で繰り広げられる言い争いを前にして、俺は――
バタン
気絶。視界がブラックアウトし、身体が地面に崩れ落ちる。
「大丈夫!? ……み、宮田くん!」
最後に聞こえたその声は、初めて俺の名を呼ぶ千代の言葉だった。
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