第5話 一撃必殺には気を付けましょう

「遅いよお兄ちゃん! めちゃくちゃ心配してたんだからっ」


「わ、悪い……」


帰宅早々、妹から愛の叱咤を受ける。お団子髪がふりふりと揺れていた。

帰り道にて随分と迷ってしまい、家に着いた頃には7時を過ぎてしまった俺。

殆ど見知らぬ町で独りぼっちは中々に堪えたが、その分自宅の安心感が凄い。


それにしても、日に二度も美少女から心配されるとは思いもよらなかったがな。


「折角今日は私が……ああ、もう!」


「どうしたんだ?」


妹のかなめは口を尖らせながら何かをぶつぶつと呟いていた。

生憎俺は聞こえなかったが、奥から漂う美味しそうな匂いでなんとなく察する。

「今日は自分が料理を作ったので、早く食べたかった」とか恐らくそんな感じか。

ごめんな妹よ。もしその情報を既に知っていたら、もっと血眼で自宅を探していた。


「なんでもないですー。早く洗ってきてよね、手」


「ああ分かったよ。そのあとに、かなめ特製の手料理を食べような」


乱雑に靴を脱いで洗面所へと移動する。背後で妹の慌て声が聞こえた気がした。

ふむ、反応的に俺の予想は当たってるようだな。実に楽しみである。

リビングに向かった妹とは対照的に、俺も洗面所の扉を開けて蛇口を捻り水を出す。


「――確かに変わってないな、俺の顔」


指先から手首までしっかりと洗い、横に掛かっていたタオルで拭きながら前を見る。

左右反転。ガラスに映し出されていた俺は、元の世界と変わらない俺自身の姿だ。

睨んでると勘違いされることも何度かあった少し吊り上がっている両目。

薄い唇と口元に付いている黒子。自分で言うのも変だが、無駄に長く伸ばした髪。


「神様が言う通り、悪くはないか」


頬に手を当て少しばかりガラスを見つめる。……ん、後ろに人影があるような。

俺が振り返ってみると、エプロン姿の可愛い可愛い妹の姿がそこにあった。



「……え、何してんの? キモ」


引いた目をしながら、だったが。



***


「いただきます」


若干、いや中々の気まずさを纏ったままに俺たちは席へと着く。

前に座った妹は未だ引き気味だが、実際に顔を見てたのは事実なので何も言えない。

無言で料理を口に持っていき、食べる。この家で流れる音は小さなテレビのみだ。

……いや、それにしても普通に美味しいな。流石に二人暮らしをしてるだけはある。


「美味しいよ、かなめ」


プロ顔負けはお世辞過ぎるかもしれないが、このハンバーグは本当に美味しい。

帰宅時の言葉を考えると、俺と妹は当番制的な感じでご飯を作っているはず。

恐らく今まで何度も作ってきたんだろう。それほどまでに味わいが口に馴染んだ。


「わたしの得意料理だもん。当然でしょ、変態お兄ちゃん」

「そ、その二つ名は辞めてくれ……」


と建前では嫌がるふりをしつつ、実際は妹から罵られる事に嫌悪感は一つもない。

そもそも兄弟姉妹なんて誰も居なかった俺は、この状況に憧れていたのが本音だ。

同じ屋根の下、美味しいご飯を家族と食べることが出来て本当に嬉しいのである。


「ん、かなめ。トマトがまだ残ってるじゃないか」

テレビで流れていた番組がエンディングを迎え、そろそろ二人して食べ終わる頃。

ふと、かなめの皿に視線を移した。そこに映るは純白の世界に赤のボールが三つ。

「……あー、お腹いっぱいだなー!」


「ちゃんと食べないと駄目だろう」

雑な誤魔化しである。というか、何で自分が苦手な食べ物を盛り付けたのかね。

うっかり者なのか天然なのかは一先ず置いておいて、ここはお兄ちゃんらしい部分を見せる場面なのかもしれない。

「ほら、俺が食べさせてやる」

「うえぇ!? 絶対に嫌!」


何という直球な拒否。俺の心がへし折られそうになるが、ギリギリ耐え抜く。

学校ではむしろ女性側から寄ってきていたのである意味新鮮かもしれない。

こういうツンツン思春期タイプがデレた時の破壊力は、一撃必殺になりえるのだ。

「お兄ちゃん、なんで固まってるの……?」


――あれ? ちょっと待てよ。そういえば、妹ってヒロインの内の一人なんだっけ。

説明書には詳しく書かれて無かったし、もしかしたら違う可能性もあるのかも。

いくら何でもモブキャラクター、という扱いではないとは思うんだが……うーむ。

「ねえ、手にトマト持ったまま立ち尽くしてるの怖いんだけど」



「かなめ、ハグしよう」

一つだけ確かめる方法を思いついた。と同時に口に出してしまった俺。

引かれる可能性大ではあるんだが、方法としては非常に最適解なのである。

もしもハグが出来た場合、それはつまり触れるのでモブキャラクターじゃない。

というかモブキャラでは流石に無いだろうが、俺が知りたいのはもう一つの答えだ。


「は、はあ!? 意味わかんないんだけど……」

俺が知りたい事、それは「妹がヒロインなのか」である。この反応で確信したが。

春野さんのようにモブ=非攻略という括りではなく、所謂サブキャラクター的な立ち位置の場合、表にはよく出るが攻略できない存在という非常に難しい立場になる。

「まあそう言わずに。ハグしたらトマトは俺が食ってやるから」


「わたしはそんなに安い女じゃないもん」

口ではそう言うかなめだが、嫌な素振りを見せつつ両の手をほんの少しだけ広げた。

恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせながら、今か今かとハグを待っている我が妹の姿。

俺は箸を置き、席を立ちあがって隣に回り込む。まだ食事中では、あるんだが。



「…………暖かい」

先ほどまでの威勢はどこへやら。俺の腕の中に包まれたかなめは大人しくなった。

牙を研いでいた獣に見えていた姿が、今では飼いならされた小動物にすら見える。

目的であったハグは出来た。実際に触れることは出来るし、妹はヒロインで確定だ。

仮に拒否された場合、先ほど考えていたサブキャラクターの可能性もあったがな。


「変なお願いしてごめんな、かなめ」

俺はそう言って手を離す。約束だったトマトを口に入れ、よく噛んで味わった。

非常に美味しい。この味が分からないとは、妹もまだまだ子供なのかもしれん。

「…………」

三つを食べ切りトマトのヘタだけが残った二皿を、俺は洗い場まで持っていく。

料理を作ってもらったんだから、お返しとして皿洗いだけでもやらないとな。


「お兄ちゃん、それ私がやるよ」

「え、いや流石に頼りっぱなしは――「その代わり」


俺の言葉を遮って、かなめは俺の胸に飛び込んでくる。

危ない。両手に持った皿を置き、一体どうしたのかと問いかけようと顔を見た。

顔を真っ赤にさせているかなめ。さっき食べたトマトにどこか似ている。

というか、これはまさか、少し前に危惧していた事が起ころうとしているのか。


「これからも、ハグしてくれる……?」


「……勿論だ」

改めて、一撃必殺には気を付けよう。俺はそう思いながら背中に手を回した。

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