第2話 ツンとデレとモブ
「もー、本当に心配してたんだからね!」
「いやあの、本当にすまん……」
数分前、あんなに啖呵を切った俺は平謝りの体制に入る。
ちくしょう。もっとしっかり妹の言葉を聞いておくべきだった。
まさか、家の前に幼馴染である
インターホンと共に声が耳に入り、急いで着替えて鞄を持って外を出たわけだが。
(鞄の中何もいじって無いんだよな。授業とか大丈夫だろうか)
「なあ穂乃花、今日の一時間目ってなんだっけ?」
「わたしが苦手な数学だよ」
なるほど、彼女は数学が得意ではないんだな。
あの説明書には書かれていない、小さな設定を一つ発見する。
こうやって会話を進め、少しづつ仲を深めていくのがセオリーか。
「……なんか今日歩くの遅いね。実は、体調悪かったり?」
う。図星を突かれ、俺は思わず固まってしまう。
当然だが俺は学校の場所が分からないため、前には立てないのだ。
今日家に帰ったら部屋を詳しく探そう。恐らく地図等が見つかるはず。
「いや気にしないでくれ。たまにはお前の背中を追いたいだけだ」
「あはは、何それ」
意味の分からない言い訳で誤魔化すと、穂乃花は笑ってくれた。
腰まで伸びた黒髪が揺れ動き、フワリと飛び跳ねている。
ああなんと幸せなことか。少し前までならばあり得ない事だろう。
この世界に来て既に二人の美少女と出会い、交流を深めたなんて。
穂乃花の後ろを付いていき十分ほど。案外近くて助かった。
校内に入り、階段を上がって二年生の教室にたどり着く。
生徒証を確認すると、どうやら俺のクラスは2-Bらしい。
というか幼馴染とは同じか。まあ、当然と言えば当然なのかしれない。
こういった恋愛ゲームに於いて、クラスが一緒のアドバンテージは非常に大きい。
それだけで何らかのイベントは発生しやすく、仲も深まりやすいからである。
なので先輩や後輩は仕方ないにしても、それ以外のヒロインは全員2-Bだろうか。
「よ、今日も二人で登校か宮田」
「家が近いからな。おはよう」
名も知らぬクラスメイトに挨拶をし、俺は自分の席に座る。一番後ろの窓際だった。
……それにしても、しっかりモブキャラにも顔があるんだな。
先ほどとは矛盾した考え方だが、最早この世界はゲームという括りを超えてるのかもしれない。
一人ひとりがしっかりと生きながら、感情と考えを持って生活をしてる可能性。
少なくとも俺は、今話しかけてくれたクラスメイトをただのモブだとは思えなかった。
「景ちゃんの席ずるいな~やっぱり! 暖かそうで羨ましいよ」
「お前も似たような場所だろ」
俺の斜め前に座る穂乃花。どうやらお互いの隣はまだ来てないようだ。
周りから聞こえる話し声が、数年前の学生時代を思い出させて懐かしむ。
黒板に書かれている現在の日付は5月1日。タイムリミットは来年の4月1日。
勿論それは分かっているが、しかしそれでも少しは忘れて楽しませてくれ。
「ちょっと! 私の机にまで手を置かないでほしいんだけど!」
そんなことを考えながら横になって感傷に浸っていると、誰かに話しかけられた。
起き上がって顔を見ると、そこには頬を膨らませた第三の美少女。
綺麗にそろえたショートヘアー、きっちりと正された制服。そしてその目立った胸。
この人は……クラス委員の
まさか俺の隣とは思わなかったが、なるほどこれでヒロイン二人に囲まれたわけだ。
「悪い。ちょっと昨日眠れなくてな」
「! ……ふんっ。体調管理も学生の大事な仕事よ」
恐らくこの子はツンデレ枠的な存在。いや、今の所ツンしか見せて無いんだが。
俺が不眠という事を伝えた時に覗かせた、心配そうな顔はそういうことだろう。
それ以上彼女は何も言わなかったので、俺はHRが始まるまで再び横になり目を瞑る。
もちろん本当に寝るわけではない。ここまでの出来事を頭の中にしっかりインプットしなければ。
周りの人を含め、家の場所に学校の場所。これから生活するこの近辺を脳に刻み込んでおく。
「あ、おはよー
ん、穂乃花の声が聞こえる。どうやら隣に座る生徒が着席したようだな。
それにしても、あいつのサバサバとした性格は俺なんかでも非常に話しやすくて良い。
「さっきまで一年生の教室に行ってました……妹が、お弁当を忘れていたので」
ふむ、俺の前の席に座った様子のこの女性はヒロインだろうか? まさかの女性同士の席とは。
顔を伏せて声だけを聴いてる状況だが、何故だろうか凄く懐かしい感覚を覚える。
数年前、とかではない。もっとこう、心の奥底に沈んでいた何かが目を覚ましそうな、そんな感覚が。
「あら
……春野? 春野、美玖。
(…………!)
俺はまだ前にいる女性の顔を見ていないが、しかしこれは最早確信に近い。
やけに聞き覚えのあるその声。やけに似ているその名前。説明書に描かれていた姿。
「おはよう 春野さん」
顔を上げた俺は、彼女の横顔を近くに捉えながら話しかけた。
そこにいたのは紛れもなく
色素の薄い髪で隠れた片目と、俺を見つめる空色の瞳。
やばい泣きそうだ。別人なのは分かってるのに、どうみても櫻野にしか見えない。
「お、おはようございます……宮田くん」
挨拶をした俺に驚きを見せる春野さん、と周りの二人。
明らかに接点のない俺が話しかけた事に対してだろうか。
それとも顔を上げてから彼女の顔を見つめすぎたんだろうか。変態かもしれん。
「わたしお手洗い行ってきますね」
そう言って春野さんは教室を出た。これはまずい……第一印象マイナススタートか。
二人から送られる視線も怖い。すみません、数年ぶりの再会だったんです。
「あんたって、自分から人に話しかけられるのね。意外だわ」
何だその偏見。と思ったが、なるほど。つまり俺は無口系の主人公なんだな本来。
まあ元々人と会話するタイプではないが、この世界に来てから少しおかしい。
以前ならば人、というか女性と軽口を叩くなんて苦手だった気がするんだがな……。
「美玖ちゃん驚いてたね~」
「いきなり挨拶して、嫌われてないよな俺……」
驚き、だけで済んでいてくれるとありがたい。引かれていたらどうしようか。
朝の陽射しとは真逆に俺の心は暗く落ち込んでしまいそうだ。
「なんで挨拶だけで嫌われるのよ。あんた、今日おかしいわよ?」
「それ私も思った! 一緒に登校した時に聞いたんだけどさ――」
穂乃花と千代の二人は、俺をほっぽり出して会話を始めた。
そこまで気にする必要は無い。ということなんだろう。
一年生当時で違うクラスだったと仮定すると、今が5月なので俺と春野さんはまだ知り合って1か月ほど。
よく考えれば、物語はまだまだスタート地点にいる状況なのである。
ここから好感度的なものを上げていけば彼女と恋仲になるのも不可能ではないはず。
「あ、美玖ちゃん帰ってきた」
可愛いハンカチで手を拭きながら教室入ってきた春野さん。
その顔、口角が少しばかり上がっているのは気のせいだろうか。
……というか、そもそもモブキャラの定義とは一体なんなんだ。
好みもあるだろうが、少なくとも俺の周りにいる二人と比べて見た目に差なんてない。全員非常に美少女である。
では何らかの力が働いて話しかけられない? いやいや先ほど話したばかりだ。
もしかしたらイベントや行事に於いて、その人を選べ――「挨拶、嬉しかったです」
「な…………い」
着席してその言葉を聞いた瞬間、頭の中で考えていた考察は全て吹っ飛んだ。
妹の一件があった俺は口を手でふさぎ、何とかその言葉を出さないよう抑える。
現代に天使という存在が居るとするならば、きっと彼女の事を言うんだろう。
それほどまでに、俺に向けられたその笑顔は全人類を救う一つの手段に見えた。
(可愛すぎるだろうがッッッッッ)
雨降って地固まる。俺の心はたった今晴れ晴れとした気持ちになった。
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