本編・5月

第1話 ドキッ!美少女だらけの学園ハーレム生活

突然だが、自分にとっての初恋はいつだっただろうか?

一般的には小中学生の時、同じクラスの女子に対して恋を実感する。

しかし俺はどうだったか。ふと考えると、それは幼稚園生の頃まで遡った。


彼女の名前は櫻野 美加さくらの みか。今思えば、確かにあの気持ちは恋だった。

共に遊び、共に笑い、高校生で離れ離れになった時は泣いたのも覚えてる。

俺の記憶で一番楽しい時期かもしれない。本当に、大好きだったから。


(痛ぇ……)


――こうして自分の過去を思い返しているのは、そうだなこれが走馬灯と言う奴か。

良い人生だった。という程長く生きていたわけじゃないが、まあ仕方ない。

これもまた運命、結果的に俺は信号待ちをしていたら事故が起こっただけ。


ただ悔いが残るとすれば、買ったばかりの恋愛ゲームをプレイできなかったことか。

行きつけのゲームショップの、ワゴンセールの片隅に置かれていた古いソフト。

無性に気になり買ったはいいものの、結局遊べず俺の人生は終わってしまうようだ。


段々と意識が薄れていく。遠くの方で人の声が聞こえたような気がした。

もう目は見えない。真っ暗闇の世界が広がるが、何故だろう不思議と怖くはないな。

これが「死」とするならば、俺はもう受け入れる準備は出来ていたようだ。



……でも、もしも、一つだけ願いが叶うのなら。

彼女とまた会いたかった。というのは……我儘だろうか?






「ワガママなんかじゃないですよっっ!」


!? 突然、目の前に飛び込んできたのは息を荒くした女性の姿。

なんだこれは。夢……と思ったが、それにしてはやけにリアルだ。


「え、あの、俺って死んだんじゃ?」


慌てながら周りを見ると、驚くことに世界は音もなく止まっていた。

地面に横たわっているは、恐らく俺なんだろう。辺りには血が飛び散っている。

非常にグロい見た目だが、よく見れば袋に入れていたソフトだけは守ってるな、俺。


「はい、貴方は死にました。……わたしの、不手際で」


落ち着きを取り戻した女性は申し訳なさそうに呟く。

こんな体験をしている時点で多少の察しは付いているが、この方は神様、だろうか。


「貴方の寿命は本来50年後に終わる予定でしたが、うっかりミスで5秒に設定しちゃいまして……」


「5秒?!」


何というミスだろうか。俺が上司ならば今すぐこんな人クビにしているぞ。

折角死の運命を受け入れて気持ち良く逝けそうだったのに、これでは死に切れない。

こんな事を言うのは甘いかもしれないが、何とか助かることは出来ないだろうか。


「ど、どうにかして生き返る方法は?」


「あります。ただ、その、とーっても変なやり方というか……わっ」


変だろうが何だろうが関係ない。もしも0.1%でも可能性があるならば、俺はそれにしがみ付こう。口ごもる神様の両肩を掴み、その方法を問いただした。


「実はですね、貴方が購入した恋愛ゲームのソフトに神力が付いてまして」


し、神力? 初めて聞く単語に困惑し、俺は掴んでいた手を離した。

それに俺が買った『ドキッ!美少女だらけの学園ハーレム生活』が関係してるだと?


詳しく話を聞いてみると、何の因果かこのソフトには神の力が眠っているらしい。

神力を解放すれば生き返られるようだが、その解放する方法というのがつまり。


「このゲームの世界に入って、クリアする……???」


「は、はい。すみません、これだけじゃ良く分かりませんよね」


分かるような、分からないような。とりあえず、冗談ではないことは伺える。

俺が動揺したのを察したのか、神様は守っていた袋から例のソフトを取り出した。

パッケージに描かれている美少女達が、呆けている俺を見つめてくれているよう。


「良いですか? 今から私は、貴方をこのゲームの世界に転生させます」


「そして、誰でもいいので一人攻略してください。それがトリガーなんですよ」


「貴方は生き返り、私は上司に怒られずに済みます」


「…………」

随分といやな裏事情を聞いた気がする。が、まあそれは置いておこう。

とどのつまり俺が出来ることは一つしかない。なに、目的は明確じゃないか。

今まで一度も付き合った経験が無い俺が誰かと恋仲になればミッションクリア。

……いや本当に出来るのか、これ。よく考えれば無理難題を押し付けられてる気が。


「宮田さんは顔自体普通にカッコいいので大丈夫だと思いますよ」

「きっと、素敵な女性とお付き合いすることができるはず!」


心を読まれたのか知らないが、お世辞でもありがとう神様。

その言葉を聞いてどこか胸の奥がスッキリした気がするよ。

俺は自分の頬を叩き、一発入魂気合を入れた。


「準備は良いですか? 目的を達成するまでは、もう戻ることは出来ません」


「ああ。俺は必ず可愛い女性とお付き合いし、生き返る」


これだけ聞くと煩悩の塊だな。天国には行けないかもしれん。

神様が俺の宣言に対し微笑みを見せると、突然目の前が暗くなる。

この感覚は少し前、死んだときに体験した時と同じもの。

しかし今の俺にとって、これは死ではなく生を手繰り寄せる希望の暗転だ。


「それでは……頑張ってください。宮田 景人みやた けいとさん」



――――――――――――――――――――



「…………ここは」


目を覚ますと、見知らぬ天井。

起き上がって周りを見ると、見知らぬ部屋。

一体ここはどこなんだ。天国?地獄? いやいやあり得ない。

鼻に入ってくる木と鉛筆の匂いに、どこか懐かしさを感じる。


「主人公の……じゃなくて、俺の部屋か。つまり」


おもむろに立ち上がって周りを一通り散策していく。

綺麗に整理された勉強机に本棚、クローゼットの中は俺の趣味じゃない服が沢山。

この世界では、俺は主人公なんだ。未だに実感なんて一つも沸いてはいないけど。


ふと先ほどまで自分が寝ていたベッドに目を移す。ん、なんだこの小雑誌は。

手に取って表紙を見ると、そこには『ドキッ!美少女だらけの学園ハーレム生活-説明書』のタイトルが。

なるほどな。この中身に登場キャラ・発生イベントetc……が書かれてある、と。



「もう朝だよお兄ちゃん! 早く行かないと穂乃花さんに怒られるからね!」


「!」


説明書の中を見ようとページを捲ったその時、背後にある扉が開く音が聞こえた。

振り返った俺の目に映るのは小柄な体格をしたお団子髪の美少女。やっぱ天国かも。

ん、いやちょっと待て。お兄ちゃん? 俺はこの子と血縁関係にあるのか。

何という展開。何という作品。現実では姉妹なんて居なかったのに。


「……な、なんでそんなに見つめてくるの?」


「えっと、お前は、俺の妹……で合ってるよな」


「はー? 当たり前じゃん。私の名前は宮田 かなめで、貴方の妹」


神様仏様ありがとうございます。長年の夢だった妹が遂に目の前に現れました。

良く見れば目元なんかは確かに俺に似ているし、名前の雰囲気もそれっぽい。

そしてその制服姿。中学生……いや高校生だろうか。とするならば1年生だろう。


「かなめは可愛いなぁ」


おっと思わず口から漏れ出てしまった。


「ちょ、今日おかしいよお兄ちゃん! わたし、もう学校行くからね……もー」


そう言うと我が妹は、顔の火照りを隠すかのように部屋を出ていった。

ハーレム要素があるこのゲーム、つまり彼女も攻略対象の一人という事か。

実の妹を恋人に……いやルートを進めていくと血が繋がっていないと判明するかも。

なんて、人に聞かれると完全に引かれる妄想を楽しんで数分程。ようやく落ち着く。


「念のため読んでおくか」


手汗で少し濡れてしまっている紙を一枚捲り、書かれている文字を見やる。




ドキッ!美少女だらけの学園ハーレム生活 ――とは


:読んで字の如く、複数人の美少女から迫られるハーレム系恋愛ゲームです。

:主人公である貴方は、愛恋学園に通う高校二年生の男の子。

:海外出張で両親が居ないため、妹と共に二人暮らしをしています。

:貴方の周りにはいつも美少女たちが居て、日々熱烈なアプローチが。

:毎日をハーレム人生で暮らすも良し。早々に一人の子に絞るのも良し。

:だけど、いつまでも右往左往していると最悪の展開が待っているかも……。

:約束の日である一年後の4月1日までに、貴方は誰を選びますか?


※対象年齢15歳以上・このゲームには刺激の強い場面があります。


「……ふむ」


一見すると普通の説明書。舞台設定なんだが、ある部分が引っかかる。

[一年後の4月1日]。この日付を過ぎても彼女が居なかった場合のこと。

こういった恋愛物において、明確に設定されているゲームオーバーがこれだ。

普通にプレイを進めていけばまず陥ることはない落とし穴ではあるものの。

俺からすれば、これは生と死を分け隔てる運命の分岐点。

ゲームオーバー=死とすれば、俺は必ずこのゲームをクリアしなければいけない。


「次のページは……なるほど、キャラ紹介」


再び説明書に手を掛け、ペラリと一枚捲っていく。

目の前に飛び込んできたのは二人の美少女。まあ、一人は妹なんだが。

もう片面に描かれているのは、艶やかな黒い長髪を携えた笑顔の女性。


海永 穂乃花うみなが ほのか。ってこれ、さっき妹が言ってた人じゃないか」


「小学生の頃から仲良しの幼馴染! 献身的な良妻No.1……か。ははは」


何となく分かってたが、この美少女は幼馴染、そしてメインヒロインのようだ。

思い返せばパッケージのど真ん中に映っていたし、それに相応しい立ち位置である。

正直、短めの方が好み。とここまで来ていちゃもんを付ける俺は何と浅ましいのか。


「他にも先輩や後輩、委員長とかギャル? なんかまで居るのか」


何というバリエーション。周回してただろうな、普通にプレイ出来てたら。

どのヒロインも本当に可愛く、誰とお付き合いしても文句なんて欠片も出ない。

パラパラとページを捲れば発生イベント等も乗ってるが今は見る必要が…………ん?




「…………え」


俺が手を止めて、見つめる視線の先。

『学園を彩るモブキャラクター群』に描かれている人物の一人。あり得ない。


:攻略は出来ないけど、会話を楽しもう!

:色んなモブキャラクターを見るのも、楽しみの一つかも?

:主人公と同じクラスの人たちの一覧はこちら↓


そんなこと起こるはずが無いし、これはきっと俺の見間違いか何かのはずなのに。

写っている女性には、名前なんてない。ましてや設定なぞ書かれてはいないが。

その見た目、雰囲気、片目が髪で隠れているその姿はまさしく。



高校生の頃に亡くなった、俺の初恋の人と瓜二つだった。





『私、大人になったらケイちゃんと結婚する』


『約束だからね? ずーっと、一緒だよ』




「…………」


「…………」


「……我儘じゃない、か」


それはあまりにも不謹慎で、言ってはならない事ではあるが。

自分が死んで良かった、と。今だけはその感情が胸の奥を支配した。

今から歩む道は決して楽ではない。そもそも、道が続いてるかも分からない。

ただそれでも。この様々な魅力が詰まった女性たちの中から、俺は。


「あの時の約束を、ここで果たしてやる」


攻略不可能だろうが関係ない。そんなもの、無理やりにでも突破しよう。

本物の美加では無いけれど、俺は必ず幸せにしよう。

この世界で、叶わなかった想いを打ち明けよう。



恋愛ゲーの主人公に転生した俺の、攻略大作戦が始まった。

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