第12話

 ――多いな。


 ゴブリンの数である。

 聞いていた話では三、四十。

 しかし実際はそれどころではない気がする、五、六十はいるのではないか。


 ――話違うじゃねえか。


 着実に進んではいる、シヌシヌの調子も上向きで矢の命中率も上がってきた。

 しかし、爆散隊の疲労の色は明らかである。


 前衛の三人の息は上がり、ゴブリンの攻撃で受けた傷も多数。

 ゴブリンに前衛を突破される事もちらほら出てきた。

 その度に後衛のシヌシヌが矢で仕留めている。

 シヌシヌもひっきりなしに矢を放っている状態、段々腕に力が入らなくなってきている。


 先程からズンズンの声も聞こえなくなった。

 洞窟の先の状況がどうなっているかも確認出来ない。


 ――ズンズンは無事か?或いは……。


 シヌシヌは迷っている。

 場合によっては撤退も考えなくてはならないが……。


「……爆散隊、悪いがもう少し耐えて進むぞ。いいな」


 はひ……前衛から力のない返事。

 

 ――撤退はギリギリでもいいだろう。折角、感覚も戻ってきたんだ。


 爆散隊は尚も進んだ。





 突入から四時間程経っただろうか、シヌシヌの腕の感覚はとうにない。

 前衛の三人も疲労困憊で目の焦点が定まらない。

 当初予定していた四十匹は既に倒したはず、だがゴブリンはまだ湧いてくる。


 ――限界が近い、どうする……。


 先はまだ見え――いや……あれは?

 小柄なゴブリンの奥に、一際大柄な男が確認出来る。


 ――生きてたか……だが。


 既に声を出す気力もないようだ。

 頭からは多量の流血が見られる。

 かなり前から出血しているようで所々乾いているが、まだ新鮮な血は松明の灯りに照らされヌラヌラと光っている。

 白目を剥き口はだらりと開きっぱなしだが自分の背後だけは死守しようと、もつれる足を必死に動かしている。


 ――限界だな……駄目だありゃ。


 一、二、三、四……残るゴブリンの数は二十。

 こいつらを倒す前にズンズンはもつだろうか?

 シヌシヌ側とて万全からは程遠い、深入りは危険かもしれない。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!今行くぞおおおおおおぉぉぉぉ!」


 ゲンスが声を上げた。

 前衛の三人もズンズンに気付いた模様、どうやらこのまま戦う気のようだ。


 ――こいつらがその気なら任せてしまうか……。最悪俺が死ななければやり直せる。


 突撃する前衛三人、と同時にゴブリンから投げ放たれた投石がゲンスの顔面に直撃する。

 ゲンスは真後ろにぶっ倒れた。

 ゴブリンが四体、一気にゲンスに飛びかかる。

 ピッゴもトンジも他のゴブリンへの対処で動けない。


 シヌシヌはまず一匹を矢で仕留めた。

 同時に走り出し、ナイフを投げつけもう一匹。

 更に走りながら剣を抜き、間一髪でゲンスを襲うゴブリンの斧を受け止めた。

 もう一匹の棍棒は腕で受けざるを得ない、感覚を失った腕に激痛が走る。


 ――失敗した……。


 シヌシヌは後悔した。

 爆散隊などとっとと切り捨てて撤退してしまえばよかったと。

 咄嗟の判断で足が前に動いてしまったのだ。


 ――近いなぁ……。


 目の前にはゴブリンのゴツゴツデコボコした顔、獣臭い息が吹きかかる。

 こんな至近距離でゴブリンと相対すのは冒険者時代以来、久しぶりだ。

 この感覚、懐かしいっちゃ懐かしいが……今の弱ったシヌシヌにはまるで走馬灯のように感じる。


 ピッゴとトンジがシヌシヌの元に必死に向かおうとするが、ゴブリンに阻まれ揉み合いになっている。

 シヌシヌは死を覚悟した。


「その人から離れろ!」


 シヌシヌ達とは違う、まだまだ元気一杯の声が響いた。

 ジョフ率いる強行派二十人がゴブリンの巣の奥に雪崩れ込んでくる。


「観念しろ、ゴブリン共!女達は返してもらうぞ!」


 ここにきてゴブリン達は敗北を悟る。

 武器を放棄し村人側に降伏、シヌシヌ達の勝利が確定した。




「シヌシヌさんすみません、突入を迷ってしまって……」


 ジョフが下を向いて苦い顔をする。


「いや、いいんじゃないか。タイミングもギリギリセーフだったし。もうちょっと早く決断してくれれば楽ではあったけどもな」


「怖くなってしまったんです……シヌシヌさん達が勝てるのか……まさか本当にここまでやってしまうなんて……信じられない……」


「慎重なのはいい事だし、冷静に損得を計算するのは大事だ。簡単に感情に流されるべきじゃない、本当に……」


 シヌシヌはぐったりとして呟いた。

 とはいえ勝った。

 反省は後、今はまず休息である。

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