第13話

 シヌシヌが目を覚ましたのは夕刻、日中は丸々寝て過ごした事になる。

 頭が痛い、昨夜棍棒を受けた腕も痛い、そして全身が痛い。

 目覚めの気分は最悪だ。

 世話役の女性が村長を呼びに走る。


「よくぞお目覚めになられました。心配しておりましたぞ。戻られてすぐに倒れた時は肝を冷やしました」


 記憶にない。

 洞窟を出た辺りまでは覚えている。

 そこからどうやって村に戻ったのか、スポッと記憶が抜け落ちている。


「とにかくご無事でなによりです。改めて村を救っていただき本当にありがとうございます。貴方はこの村の英雄です」


 誉められるのは悪い気がしない、が、愛想を返す元気もない。


「今度は祝勝の宴会を開きます。主役は勿論、村の救世主様です。是非ご参加を」


 どうもこれが本題のようだ、村長の目は昨日と違いギラギラしていた。

 宴会好きはどこにでもいる。




 あ、そういえばあいつらはどうした?

 宴会はごめんだがそこは気になる、シヌシヌは床から出て爆散隊を捜す。


 宴会は既に始まっていた。

 準備でバタバタして村人全員集合とはいかないものの既に小さな輪が出来て盛り上がっている。

 輪の中心にはあいつらがいた。


 随分と元気そうである。

 シヌシヌはボロボロで体を引き摺るように歩いているが、ズンズン達の方がよっぽど深傷を負っていたはず。


 シヌシヌの呪いの力だ。

 爆散隊は戦闘力だけでなく回復力も強化されている模様。

 当のシヌシヌは全身の痛みに苦しんでいるというのに、村の女性に囲まれズンズン達は楽しそうだ。

 

「本当に格好よかった、どんなに攻撃を受けても立ち上がって私達を守ってくれた……。ズンズンさん達、本物の男って感じだったよ」


「へへ、へへへ、困ってる女性を助けるのは男の務めだからな。俺にとっては当たり前の事なんだけどな、へへへ」


「感激しちゃった……ずっとこのままヒゴの村にいて……それで……アンナをお嫁さんに……」


「ずるい!ズンズンさんは私の物よ!」


 特にズンズンがモテているようである。

 拐われた女性達は四時間もの間、盾となりゴブリンから守ってくれたズンズンを目の当たりにしている。

 ズンズンがモテるのもやむなしといった所だろうか。


「へへ、へへへ、悪いけどシヌシヌさんが許しちゃくれねえよ。あの人は俺達を必要としてるからな、へへ」


 ――調子こきやがって……。


 ズンズン達の浮かれぶりに呆れていた時、ふと視線が。

 顔をやるとチィコが睨んでいる。

 目が合うとチィコはふいっ、顔を背けた。

 置いていった事を怒っているのは分かる。


 シヌシヌはチィコを置いていって本当に良かったと思っている。

 シヌシヌ自身の命も危なかったのだ、か弱い子供の身の安全など保証は出来ない。

 それはこの先の旅でも同じだ。


「あ、シヌシヌさん起きたんだ。こっちこっち」


 気付かれたシヌシヌ、全身筋肉痛を抱え宴会に巻き込まれていく事になる。





 田舎の宴会は長い。

 主役のシヌシヌは抜け出す事もままならない。

 それでもなんとか理由を付けて夜風に当たりにいく事に成功したシヌシヌ。

 背後から呼ぶ声がする。


「すみません、お疲れなのに付き合わせてしまって……」


「あージョフ君ね、アットホームでいい村だね。守ってよかったよ」


「本当に思ってます?」


 ジョフはシヌシヌと話したかったとの事。

 隙を見つけて付いてきたようだ。


「シヌシヌさんに言われて考えてたんです。冷静に損得を計算すべきとか、目的のためには手段を選ぶべきじゃないとか、大事な事のためなら他人の命や尊厳なんていくらでも踏みにじって構わないとか」


「そこまで言ってねえよ」


「ズンズンさんを見捨てるとか……」


「それは言ったな」


「迷ったんです、俺も場合によってはシヌシヌさんを見捨てるべきなのかと……。でもじゃあシヌシヌさんは一体何をやってるのかと、縁も所縁もない田舎村を助けて何になるのかと……。そう考えると俺達も行かなければならないと思いました、遅くなってしまいましたが」


「確かにもうちょっと早く来て欲しかったよ」


「シヌシヌさんは優しい人だと俺は思います」


「そうか。じゃあそう思っててくれ」


「はい、そうします」


 帰りの遅いシヌシヌを村長がウキウキで迎えにくる。

 夜はまだ続くようだ。





 翌朝、チィコがカソに帰る日だ。

 ヒゴの村人がカソまで送り届けてくれるそう。


「じゃあ元気でな」


「……」


 チィコはむくれて口も聞かない、目も合わせない。

 後味の悪い別れとなる。


 ――まあこれが最善だろう。いい別れだ。


 チィコは約束を守った。

 素直で優しい良い子だった、とチィコの背中を見送るシヌシヌは思う。


 さてシヌシヌは体力の回復が思わしくない。

 もうしばらくは村に留まらないといけないかもしれない。





 体力の回復には五日を要した。

 正確にはまだ回復しきってはいないが、シヌシヌは出発を決めた。

 連日連夜、宴会続きで流石にうんざりしている。


「随分と楽しそうだったな、ズンズンよ。良かったなー、モテモテで」


「いや……まあ、俺……。人から感謝されてあんなに喜ばれたの初めてなんす。なんていうか、心が熱くなってのぼせ上がっちゃって……。いいもんですね、人のために何かするのも」


「このまま残ってもいいんだぞ。求婚までされてただろ」


 シヌシヌはネチネチ嫌みをたれる。


「いや……連れてってくださいよ。俺今回、シヌシヌさんに付いてきて良かったと思いました。村の人の喜ぶ顔見て本当に思いました。……只、何で俺の村……カソでこれが出来なかったんだろうって。もっとカソの人が喜ぶような事出来たはずなのに悲しませてばかりで……」


「もう手遅れだぞ」


「分かってます、行きましょう」


 さて出発、の前に一つ問題がある。


「チィコよ……何故いる?」


 チィコは得意気に答えた。


「一回帰ったわよ。約束は守りました。で、もう一回来たんです。さ、出発出発」


 一行はヒゴの村に惜しまれつつも出発した。

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