第6話

 ブルが死んだ夜の内に旅の準備が開始された。

 明朝に出発するのが理想であったが馬や荷馬車が確保出来ず、村を出るのは更に次の朝となる。

 シヌシヌの疲労も限界、ちょうどよかったのかもしれない。


 状況を理解したズンズン達は絶望に叩き落とされた。

 この先の人生に自由はない。

 シヌシヌに生殺与奪の権を握られ、その命令には従わなければならない。

 問答無用で故郷を離れる決定を下され、今後は下僕としての生活が待っている。


 旅の準備に追われ、考えこむ暇はない。

 しかしズンズン達の目は沈んでいる。


 シヌシヌはその様子を見て一瞬、可哀想に思った。

 わざわざごろつきを選んで罠に嵌めた訳だが、こんな目にあう程の悪党だろうか?


 が、思い直した。


 ――決めたんだ。目的のためなら手段は選ばない。


 




 ネコの顎髭に囚われていた時、人としての尊厳などなかった。

 ぼぼ裸の状態で飾り付けられ、獣の顔の下で只々ブラブラと揺れる日々。


 汚れ森の奥には青い樹液の溜まった泉がある。

 いまだ人類の発見していない木の樹液、名はない。


 ネコはそこで水浴びをする。

 森全体に漂う刺激臭。

 その元となる臭いを放つネットリとした泉に無造作に突っ込まれ、目鼻の激痛に耐える。


 ネコに囚われた人間の唯一の栄養源がこれ。

 生き残るためには青い樹液を摂取しなければならないが、困った事があった。

 数日に一回の樹液摂取の後は決まって倦怠感、無力感に襲われる。

 青い樹液にはそういう効果効能があるのだろう。

 生きるために摂る樹液によって、生きる気力が削られていく……シヌシヌは危機感を感じていた。


 ――どんな手を使ってでもあいつらを、それに……


 死んだ顔のカコに目をやる。

 恨みだけでシヌシヌはこの境遇を我慢した。






「あいつら、連れていくんですね。これでここら辺も平和になると思います」


 時は夜、場所は村唯一の酒場、前夜と違って静か、客はシヌシヌ一人だ。

 チィコの父親、酒場の主人がシヌシヌに穏やかに話しかける。


「あいつらに何を言ったんです?あんなごろつき共が……お客さんに黙って従ってるし、様子も変だ」


「普通の交渉ですよ。頼んだだけです」


 主人は一瞬釈然としない表情を見せたが自分を納得させるように、うんと頷いた。


「あいつらが素直に従うなんて不思議でしたが……お客さん相手ならなんとなく分かるような気がします。なんていうか……お客さんは普通じゃない」


 シヌシヌは苦笑い。


「あ、別に変な意味ではないんです。肌の色とかそういう事でもない。普通じゃない凄みというか……強い意志みたいなものを感じるというか……。勘違いですかね?」


「ははは……勘違いですね」


「でもあいつらで役に立てますかね? あいつらは所詮小悪党。田舎で威張ってるのがお似合いの連中ですよ」


「大丈夫、彼らはきっと役に立ちますよ」


「立つわけないわよ」


 チィコが口を挟む。


「そんな事ない。あの広く名の轟く刹那爆散隊だよ、きっと役に立つよ」


 シヌシヌはにやけながら答える。

 季節は冬ではないが外は底冷えする寒さ、夜は静かに更けていった。






「やり残した事は?」


 朝、出発直前、シヌシヌは爆散隊に尋ねた。

 ズンズンが答える。


「いや……ないです。俺は……ダチがいればなんだって出来ると思ってた、刹那爆散隊は最強だって。でもブルは裏切った。これは事実だから……。これで良かったんだと思います、へへ」


「そうか。じゃあ行こう」


 出発である。

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