第4話

 宵闇櫻會を狙ったのは実験のためだ。


 シヌシヌがネコの手から逃れてクトゥヌムルに辿り着いているというのはつまり、見事試練を乗り越え呪いの力を手にしたという事になる。


 装備した者に力と呪いをもたらす青ミイラの呪具。

 身に付けた者はその能力が飛躍的に上がる反面、二度と装備を外す事は許されない。

 外した者は命で償わなくてはならない、と言われている。


 カコの言う、生きたまま呪いの装備になった人間にも同じ事が起きるらしい。

 その人間を一度パーティに入れてしまえば、もう外す事が出来ない。

 外す時は即ち、パーティが全滅する時だ。


 とはいってもその話が本当かは分からない。

 シヌシヌは確かめる必要があった。

 そこで田舎の悪党に目を付けたのだ。

 結果は想像以上。

 シヌシヌは暫し実験成功の余韻に浸った。




「少し勿体なかったか……」


 やや落ち着いたシヌシヌが、床に倒れる宵闇櫻會の面々を見て呟く。

 シヌシヌの旅には人手がいる。

 高価でかさ張る青ミイラを大量に運搬する必要があった。

 更にシヌシヌには運ばなければならないものがある。

 シヌシヌは小屋の隅、何かを隠すように掛けてある布をめくった。


 そこにはやや青みがかった肌のカコが力なく横たわっている。

 死んではいない、虚ろな目で只々だらりと脱力していた。






 ネコの顎髭生活は過酷だった。

 北の果ての森で寒風に晒され、満足に身動きも取れない。

 ネコの動きは気紛れで酷い揺れ。

 栄養状態も悪く、餓えと渇きに苦しめられる。

 そして臭い、常時悪臭が漂っている。


 シヌシヌとカコは互いに励まし合わなければならない。


「このまま生き残ったら、一緒に復讐の旅をしよっ。先ずは私の復讐を手伝って、約束!」


「んーどうかな、そっちのはややこしそうだし時間もかかるだろ? 先ずは俺の方をさっさと済ませてからにしないか?」


「えーしょうがないなあ。じゃあ私の方はたーっぷり時間をかけてネチネチネチネチやるからちゃんと付き合ってね。約束!」


 二人で語る復讐の夢はシヌシヌとカコの生きる気力を繋いだ。

 



 シヌシヌがやって来て二ヶ月程経った頃、カコの口数が減りだした。

 呼び掛けても生返事を繰り返す。

 そこから二週間程でカコは喋らなくなった。


 シヌシヌは焦った。

 返事をしないカコに言葉を投げ続ける。

 当初はシヌシヌの言葉に目線だけは投げていたカコだが、徐々に反応を見せなくなっていった。



 更に二週間後、疲れて下を向くシヌシヌ。

 ふと視線を感じて顔を上げる。

 カコだ、こっちを見ている、久しぶりに。


「どうした……?」


 返事なし。


「何か言いたい事があるんだろ……?」


 返事なし。


「何でもいい。言ってみろ、な?」


 返事なし。


「頼むから……」


 返事なし。


「復讐……するんだろ?」


 返事なし。


「お前が先でいいから、俺の復讐は後回しでもいいから……」


 カコの目元にぐっと力がこもった。

 歯を食い縛りシヌシヌを見つめる。


 ポロッと一粒、カコは涙を無理矢理絞り出した。


「旅行きたかた……」


 二週間ぶりのカコの言葉、シヌシヌは慌てて返事をした。


「行こう!絶対楽しいから!」


「あー……」


 カコの目元から力が消え、以降喋る事は無くなった。




 シヌシヌは喋らないカコに話しかけ続け一年半を耐えた。

 約半年に一回、新しいアクセサリーが補充される。

 シヌシヌは自分よりも新しいアクセサリーが三つに増えたのを確認しネコからの逃走を試みた。

 脱出は意外にも容易だった。

 ネコは新しいアクセサリーに夢中で、古い物には目もくれない。

 シヌシヌはカコといくつかの青ミイラを拝借し、ネコの顎髭から抜け出した。






 クトゥヌムルの村に辿り着くのは骨が折れた。

 一年半身動き出来なかった体は、筋肉が痩せ衰え思うように動かない。

 そんな状態でカコと高価な荷物を抱え、人目を避けて山道を進んだ。

 シヌシヌの体力は限界である。

 旅のお供を確保しなければ……。


 村で得た情報がある。

 隣村のカソにも似たような不良グループがいるらしい。

 その名も刹那爆散隊せつなばくさんたい

 その為にはもう一山越えなければならない。

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