夏の思い出

「あー暇だぁ」


日差しがギラギラ照り付ける夏休み、短パン半袖の僕は大きな独り言をつぶやく。

最近ここに越してきて、まだ学校で友達も出来ていないのだ。

夏休みの宿題をする気にもなれず、とりあえず外に出てきたが、何をしよう。


カブトムシでも捕まえようかな、と近所の山に足を踏み入れる。

アブラゼミの合唱に顔をしかめながら、あてもなく草をかき分けながら進んでゆく。

30分ほど経っただろうか、どこか開けた場所があるのを見つけた。


「お寺・・・?」


神社がある場所に来たようだ。すごく古いお寺だ。

そばに植えてある大木が目の端に映った。その木に近づこうと足を一歩踏み出すと、



チリン、チリン


後ろから軽やかな鈴の音が聞こえた。



振り返る。


「きみは誰?」


袖口に小さな鈴を付けた巫女装束を着た女の子が立っていた。

年は、ぼくと同じくらいだろうか。


「わたしは、この神社の人だよ」

「勝手に入ってごめん。ぼく怒られないかな?」

「大丈夫。ここにはめったに人が来ないから」


女の子は手元に口をあててクスクスと笑った。チリン、と鈴の音が鳴る。


「ぼく、最近ここに引っ越してきたんだ。だから、この辺のことわからなくて」

「知ってるよ、やまとくんでしょ」

「ぼくのこと知ってるの?」

「うん、ここら辺のことなら何でも知ってるもん」


女の子は、大木を見上げながら腰に手を当て、得意げに答える。チリン。


「じゃあ、きみは?」

「わたしは巫女だってば」

「そうじゃなくて、きみの名前だよ」

「名前・・・」


少し考えるそぶりをして、「はづき」と呟いた。


「また、来てもいい?」

ぼくが聞くと、もちろん、とはづきは答えた。



はづきは、夏の間はほとんど神社にいるらしい。ぼくがいつ訪ねても、はづきは大きな木の下で待っていた。


ぼくは、家で一人でいるのも嫌だったから、毎日はづきと遊んだ。

お気に入りのゲームを持って行ったり、宿題をしたり、虫を捕まえて遊んだり。

はづきはどの遊びも楽しそうにして、宿題なんかぼくよりやる気があった。

そのおかげで、宿題が早く終わった。


「やまとは、学校、楽しい?」

「うーん、まだかな。友達できないし」

「きみなら、すぐに友達ができるよ」

チリン、と鉛筆を持つ手に目をやりながら、はづきは、はっきりと言った。



8月31日、夏休み最終日、はづきは悲しい顔をしていた。


「今日で会うのが最後になるかも」

「なんで?」

「わたし、かえるから」

「そっか・・・。でもまた来年会えるよね?」


「うん!やまとが覚えててくれたら、いつか、きっと会える」

「・・・忘れないよ」

恥ずかしくて地面に目を向けながら、ぼくは言った。


チリン、視界に手が移る。はづきはぼくの手を握った。

顔を上げると、悲しそうな、うれしそうな笑顔が見えた。


「じゃあね、やまと」



ぼくは、夏休み明けに友達ができた。みんなが勇気をもって、ぼくに話しかけてくれた。

夏休みの話題になり、ぼくは神社に通っていたことを話した。

なんだそれ、とみんな笑い、ぼくも笑った。

・・・その日から、さみしいなんて思わなくなった。




「大和―。家の近くに神社あったの知ってる?」

蒸し暑さにクーラーのリモコンを探していると、母が突然声をかけてきた。

「何それ」

「あんたが小学生の時に取り壊された神社よ。でっかい木のある。知らない?」

「知らないよ。それより、リモコンどこ?・・・あ。あった」

「宿題はやってるの?」

「だーいじょうぶだって、やってるやってる」


リモコンのスイッチを押しながら適当に答える。

あんたも高校生なんだから勉強しなさい、という母の小言が降ってくるが無視だ。


小学生の時から、宿題を終わらせたことがない。俺の周りの奴らもそうだ。


「・・・いや」

一回だけ、一回だけある。おぼろげな記憶が段々と鮮明になってくる。


行かなきゃ、彼女に、はづきに会わないと。


家を飛び出すようにして出た。

滴り落ちてくる汗を乱雑に拭いながら、俺は必死に山をかき分ける。蝉の声が喧しい。


木漏れ日の光が段々強くなってくる、あとちょっと。


・・・そこには、広々とした場所にぽつん、と一本の大樹が立っていた。


背後から、軽やかな鈴の音が聞こえてくる。チリン、チリン。


「久しぶり、葉月」

「うん。大和、学校、楽しい?」


あの頃と変わらない姿の巫女装束を纏った少女がいた。風が吹き、袖口の鈴が鳴る。


「楽しいよ。友達も沢山できた」

「そっか!・・・もう、大和は一人じゃないよ」

「葉月のお陰だ」



「ありがとう」

そういった途端、強い風が吹く。チリン、チリン、チリン。


俺が目を開けると、青々と茂った大きな大木だけが、そこに立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る