第7話 赤座美紗(34・主婦)―その7―
京太を学校へ送り出してから、美紗は急いで警察署へと向かった。
向かう途中の彼女の心情は、動揺と恐怖と悲しみで
警察署に着くと、担当の刑事が彼女を出迎えた。
「お待ちしておりました。こちらへ」
刑事はある部屋の前へ案内した。
「この部屋でご主人がお眠りになっています。お辛いかと思いますが、ご本人かの確認をしていただきたいので、お会いになってもらえます?」
中に入ると、ベッドに横たえられ見えないようにシーツをかぶせられた遺体があった。枕元には線香が一本立てられている。
監察医と思われる白衣の男が、顔が見えるところまでシーツを外した。
間違いなく、その顔は康夫のものだった。
美紗は気を失って倒れた。
「奥さん、大丈夫ですか! 気を確かに!」
刑事に呼ばれて目を覚ますと、今度は体が震え始めた。
「一旦部屋を出ましょう」
体を支えられながら、美紗は会議室のような場所に連れてこられた。
椅子にかけると、美紗の目から止めどなく涙が流れだした。
「ご主人は何者かに撃たれたと思われます。心臓を的確に撃ち抜かれています。どうも素人の犯行とは考えにくく、プロの手によるもののようです」
やはり下田による犯行だろう。彼女は仕事を見事完遂したのだ。
「これからご自宅でご主人の遺品などをお調べしたいのですが、お時間はありますでしょうか?」
美紗は返事をしたかったが、声が出せなかった。うなずくことで賛意を示した。
「ありがとうございます。奥さんへの事情聴取もそちらで行わせていただければ」
数名の警察関係者が自宅内を捜索していた。念のためか鑑識官が指紋の採取を行っている。
先程の刑事がこの雑踏の中で美紗に聴取を始めた。
「落ち着かれましたか?」
「はい、取り乱してしまって申し訳ありません」
「急なことですから、仕方がありません。お答えができないことがあれば、無理せずにお答えいただく必要はありません」
「分かりました」
「先程警察署でもお話ししましたが、今回の事件はプロによるものだと踏んでいます。奥さんは、ご主人が何かそうした組織に狙われるようなことに心当たりはありませんか?」
「知りません。普通そんなこと考えないですし」
もし何でもない時にこのようなことを訊かれたら、有り得ないことと一笑に付しているところだろうが、今回は自分に大きく関わりがある分、美紗の内心は冷えていた。
「どうして刑事さんはプロの犯行だと?」
「ホテルの窓ガラスに穴が開いてました。ご主人が亡くなられていた場所との兼ね合いを考えれば、そのホテルの向かいにある廃ビルの屋上から狙撃された可能性が高いんです。そのようなことが素人でできるとは考えにくいですし、そもそもスナイパーライフルを持ってないとできないですからね」
「でももしプロだとしたら……それだけ主人が恨まれていたということでしょうか?」
「そこまでは分かりません。ですので、奥さんが何かご存じないかと」
「ごめんなさい、主人と家庭のこと以外の話をほとんどしなかったもので。ただ彼の能力が認められていたというのは知ってます」
「そうですか」
ふと美紗の頭に気になることが浮かんだ。
「あの、主人はいつ亡くなったんですか?」
「解剖の結果を見ないとわかりませんが、発見時の深夜2時頃かと思われます」
「じゃあ主人は一人で泊まってなかったということでしょうか?」
刑事の顔が一瞬曇った。何かを隠しているのだろうか。
彼は少し考えてから言葉を続けた。
「奥さんはご主人から、今回のお出かけをどのように聞かされてましたか?」
「どうって……出張と聞いてましたけど。場所も聞いてましたし、期間も三日間だと」
「そうですか……」
「あの、出張じゃなかったんですか? 何かあったのなら教えていただきたいんですが」
ちょっと失礼、と言って刑事は席を離れ、近くにいた別の刑事と軽い相談を始めた。戻ってきた彼は覚悟を決ているようだ。
「こういう事情ですから、本当はもう少し日数を空けてからお話ししたかったんですが」
「なんでしょう?」
「まず、ご主人のお出かけになった理由は出張で間違いありません。こちらでも調べはついております。ただですね……」
「ただ?」
「ご主人は今回の出張に部下の方を一人連れていました。女性の方なんですが、かなりご主人も信用されていたんでしょう、ご主人の希望で一緒についていくことになったそうです」
「ええ」
「ご主人の遺体を最初に発見されたのは、この部下の方です。彼女が……彼女がご主人のお泊まりになってる部屋の浴室から出てきた時に発見されました」
美紗は刑事のこの言葉の意味に気づいた。同様と恐怖と悲しみの涙が、怒りと悲しみの涙に変わって流れ出した。
彼女の考えを肯定するように、刑事の言葉が続いた。
「今回の出張は、この方との不倫旅行も兼ねていたようです」
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